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007 ある日の練習風景

 ひゅーひゅー

 なんかヤバい呼吸音が体育館に響き渡る。5月3日憲法記念日。だが、高校生である俺達に何の記念日かはどうでもいい。カレンダーの日付の色が赤か黒かが重要なのだ。

 そのせっかくの休みの日だが、部活ガチ勢の我がバレー部は当然の如く練習だ。そして現在、練習場となっている体育館には10名以上の女子高生がそれぞれの姿で突っ伏している。どうしてこうなった。


==========

 松原女子高校の部活で体育館を使用する部活はバレーボール部の他にバドミントン部とバスケットボール部がある。演劇部や英会話部といった部活が時々ステージを使ったりするが、時々であるし、そもそも利用場所はステージである。アリーナを使用する部活は先ほど挙げた3つの部活である。


 3つの部活の部員数だが、一番多いのは部活エンジョイ勢のバドミントン部である。(正確な数は多すぎて数えられないが)ぱっと見た限り50名近くはいるだろう。活動日は月、火、木、金の4日で、水と土日祝日は休み、朝練も無し。時間も午後6時には切り上げて終了となる。

 バレー部は部活ガチ勢で部員数は8名。活動日は月火水木金土。平日は当然朝練もある。本音で言えば日曜日も練習をしたいところだが県立高校の悲しさ、定められた公立校の規則があってそれはできない。まあ先生にも休日は必要だしね。

 最後のバスケ部もバレー部と同じくガチ勢で部員数は7名。活動日はバレー部と一緒。

 一方で体育館のアリーナ使用権はバレー部とバスケ部の部員を足して3倍してもなお多いバドミントン部が全体の3/4を使用でき、残った1/4をバレー部とバスケ部が分け合うことになっている。

 一応、松原女子高校には第二体育館というものもあるが、あれはその昔、生徒が大勢いた頃に使用していたもので、今は体育でも使用していない。その為か電灯も半分は切れたまま放置という状態である。それ以前に物理的に遠いし、ぼろいので出来ることなら使用したくない。

 だが、メインとなる体育館をバレー部は1/4しか使用できず、さらにそれをバスケ部と共有して使用しなければならない以上、利用せざるを得ない。具体的には月、火はバレー部が、木、金はバスケ部が第二体育館を使用することになっている(補足:水曜日はバドミントン部が休部のため、どちらの部活も第一体育館を使用できる)。


 もう想像がついたであろうか。つまるところ、バレー部とバスケ部は近くてきれいな第一体育館のアリーナ使用権をめぐり、敵対関係にある。本当はそこまでひどくなかったのだが、バスケ部に入部した新1年の一人、前島(まえじま)未来(みらい)さんとバレー部の明日香が中学以来の不倶戴天の敵らしく、顔を合わせるたびに言い争いをしている。


「はっ。たった8人しかいない弱小バレー部なんてずっと第二体育館でこっそりやってればいいのよ」

「なによ。そっちなんて7人しかいないじゃない。私達が弱小ならそっちはポンコツバスケ部じゃない」

「なんだと?」「なによ」

 週のはじめ、月曜日。部室棟で着替えて第二体育館へ向かおうとしたら、同じく着替え終わって第一体育館へ向かうバスケ部の面々とすれ違い、このやり取りである。



「ほら明日香。周りからアホの子だと思われるから行くよ」

 毎度毎度よく飽きないなと感心半分、げんなり半分で俺は明日香の手を引っ張る。

「優ちゃん!ここはガツンと言わないとダメなんだって!」

 どうでもいいが、明日香は俺のことは優ちゃんと呼ぶ。ちなみにユキはユキちゃん、玲子は玲ちゃんだ。

「明日香。言い争うだけ時間の無駄。早く練習に行く」

 ユキも呆れている。

 こっちはこっちで明日香をなだめるが、向こうは向こうでなだめていた。


「未来。あんたも毎日毎日飽きないねえ」

「今日は平日に第一体育館が使える貴重な日なんだからこんなところで油を売ってないで早くいくよ」

 信じられるか、このやり取り、ほぼ毎日やってるんだぜ。



「エリ。ごめんね。うちの1年がやんちゃしちゃって」

「こっちの一年生もやってるし、お互い様だよ。愛」

 この会話はバスケ部の主将、奥村先輩とうちの主将、エリ先輩の会話。元々仲の良い友達であり、今の元気すぎる新1年生に手を焼く主将同士ということでよくこんな会話が聞こえる。



 さっきの表現でわかった人もいるかもしれないが、バレー部ではお互いに名前呼びすることになった。原因はもちろん立花姉妹(俺達)である。

 立花ではどっちのことか分からず、かと言って俺と陽菜だけ名前呼びなのはどうかということで、部員全員がお互いのことを名前呼びにしよう、となった。最初は気恥しかったが、2週間ほどで慣れた。

 なお、名前呼びに際し、


「私のことはエリでお願いね♪」


 と板垣恵理子主将は言ってきた。なぜだろうと思う間もなく、


「わかりました。エリ先輩。その代わり私のことはユキでお願いします」

「わかったわ。よろしくねユキ」


 後で聞いて分かったのだが、恵理子や雪子の『子』はダサくて嫌らしい。そんなものなのか?と『子』のつく玲子に聞いてみたが

 

「私はそう思ったことはないな。まあ気にする人がいる、ということだろう」


 とこちらは気にしていなかった。


 さてバレー部の練習だが、これも俺達が入部したことでかなり変わったらしい。

 目下こちらが勝手にライバル視しているのは今年の1月に春高に出場し、県内ではほぼ3年間公式戦負けなしの姫咲高校なのだが、その姫咲高校の女子バレー部OGの一人が俺の姉の一人、美佳ねえなのだ。

 その姉から、姫咲高校女子バレー部の練習メニューを聞き、さらには大学で学んだアスリート学なる学問に加え、全日本に選ばれた際に教えてもらったというフィジカルトレーニングメニューも聞き出し、それを部内に展開した。


 現主将のエリ先輩は体育会系の人物とは思えない程、温厚で人の話を聞いてくれる人物で、こうした強くなるために練習メニューは変えた方がいい、という前向きな提案はどんどん聞き入れてくれた。後輩の癖に生意気だ、とかは一切言わない。

 同じく3年生の唯先輩と美穂先輩は「今の1年が来てから練習が厳しくなった」と苦笑しながら言っていたが、それでも積極的に協力してくれた。

 ……ここ、本当に運動部だよな?なんというか俺が男だった時に所属していたハンドボール部や、同級生の野郎達から聞いていた体育会系の部活動における先輩後輩が圧倒的に緩い気がする。これは女子だからなのか?

 ともかく練習メニューは俺達が美佳ねえから聞き出したものにだいぶ変わっている。


 その練習メニューだが、「体力が中学生とそう変わらない1年生と、部活をやっていたとはいえ全国出場校レベルにまでは鍛えていない3年生」向けに基礎体力向上を第一としたメニューになっている。俺達が来るまで一世代以上古い筋トレが中心だった基礎練習もかなり様変わりしたが、これに目を付けたのがバスケ部であった。

 体育館の使用条件上、水曜日は広い体育館をボールがお互いに飛び交わないように間仕切りネットだけで区切ってバレー部とバスケ部はお互いに部活をするわけだが、区切っているのはネットなのでお互いに何をやっているかは丸見えなのである。

 例によって向こうの問題児(バスケ部の前島さん)こっちの問題児(バレー部の明日香)にいちゃもんをつけた。最初はなんだったか。確か、美佳ねえ直伝の練習メニューがしんど過ぎてへばっていた時の話だったか?

 間仕切りネットの向こう側から


「へいへいへーい!!バレー部ショボいね。そんな簡単な筋トレもできないなんて!」

 ……体幹トレーニングは見た目に反してやるとしんどい。が、それを知らない第三者からすれば確かにショボく映るだろうな。

 俺や陽菜、ユキに玲子といった面々は無視していたのだが、明日香だけはかみついた。


「そんなに言うならやって見せなさいよ、絶対に出来ないんだから」

「はっ。そのくらいちょちょいのちょいとやって見せるさ」


 もちろん出来なかった。


 この光景を見て向こうの奥村先輩が動いた。こっちの練習メニューはなに?今まで見たことないんだけど?といった形から入り、親友のエリ先輩が1年生が持ってきた全日本女子バレーの練習でやっている最新鋭のフィジカルトレーニングメニューの一部だと答えると、フィジカルトレーニングならこちらも取り入れたいと言ってきた。

 こちらも断る理由はないので公開することとなった。


 そして迎えた5月3日、祝日。この日体育館を使うのはバスケ部とバレー部だけであり、さっそく午前中から例の基礎体力メニューをこなすことになったわけだが、バレー部のアホの子(明日香)バスケ部のアホの子(前島さん)が何故か部活対抗の競争だと言い出し、どうせやるならばと悪ノリした両主将の意向もあってトレーニングがなぜか競争になった。


 その結果、基礎体力メニューが終わった段階で呼吸をする死体が10体以上、生まれることになった。

この日は5月とは思えないほど気温が高く、最高気温予測は28度。体育館もめっちゃ暑い。そんな中で動き回ったのだ。俺だって結構きつい。


 涼をとるために上着をバタバタさせている部員もいるが、焼け石に水だろう。というかブラチラしてる。はしたない。

 先ほどから床に突っ伏しているバレー&バスケ部員がいるのも、まだしもひんやりしている床との接触面積を増やして涼をとろうとしているに過ぎない。

 後は男がいないのも理由だな。さすがに男性がいたらこんなみっともないことはしないだろう。


「あ~もう。暑い!」

 なんとバスケ部の一人が上着を脱ぎ始めた。ちょっと待て。それはアカン!

「ダ、ダメです。先輩、いくらなんでもそれはダメです!」

「え~いいじゃん。大丈夫大丈夫。ここには女子しかいないし、来そうな男と言えばうっちん……えっとバスケ部の顧問の上杉先生くらいだけど、あっちはもう1時間はしないとこっちに顔を出さないし」

 いや、目の前に元だけど、男がいるんですよ。そんなところでブラチラどころかブラモロはしちゃいかんのですよ!

 だが、俺の意見は聞き入れてもらえそうもない。仕方ない。俺が出ていくか。

 俺は靴を履き替えて体育館外の木陰に移動した。が、ここでも休憩は出来なかった。なぜなら……


「優莉。ちょっと付き合ってくれ」


 声をかけてきたのは練習の鬼、玲子。手にはバレーボール。言わんとするところはわかった。俺に声をかけてきたのは俺が一番体力に余裕がありそうだからだろう。

 

 

「休憩中に休憩するのもちゃんとした練習なんだけどね」


 飛んできたボールをオーバーハンドパスで返す。


「これは休憩中の遊びのようなものさ。それにボールに慣れていない私達が追い付くには練習しかないからな」


 玲子はこちらからの返球をアンダーハンドレシーブでこちらに返す。何の変哲もないただのラリーだ。相手に取らせることを前提としているので本当に練習強度は低い。

 が、バレーボール初心者の俺たち二人には『ボールに慣れるのも大切な練習』(by美佳ねえ)ということでこうした練習をよくする。と、ここで風が吹いてボールが流れた!

 俺は持ち前の無茶な運動能力を生かしてジャンプして強引にレシーブ!だいぶ乱れた返球だったが、これも玲子がナイスレシーブ!

 入部した当初の一か月前だったら今の動きは出来なかったかな?

 それを考えれば少しはボールに慣れたのかもしれない。



「二人とも、それじゃダメ。レシーブは腕じゃなくて膝で運ぶ、忘れないで」

 慣れたのは気のせいだった。俺達はレシーブの師匠からダメ出しを食らった。いつの間に来たんだよ?

「前にも言ったと思うけど、二人とも力があるから腕を振り回せばある程度望む方向にボールを飛ばせる。でも、それじゃいつか行き詰まる。しっかり丁寧に膝でボールを運んで」

「師匠、ありがとうございます。ほかに何か気になるところはありましたか?」

 玲子の口調が堅くなる。真面目人間め。

「ボールの下に入ることを忘れないで。それがアンダーハンドレシーブの基本だから。今のラリー練習もボールの下に入ることを癖づけるためのものというのを忘れないで」

「『レシーブの基本はボールの下に入って膝で運ぶ』ですね!」

「そう。……二人とも、特に玲子は私より30cm以上大きい。これはそれだけ玲子の手の届く範囲が広いということ。玲子がきちんと技術を身につければ私なんかよりずっとすごいレシーバーになれる」

「師匠を超える私は到底見当もつかないな……」


 俺もユキ以上のレシーバーになるなんて想像がつかない。少なくともIH(インターハイ)県予選が始まる6月まであと一ヶ月。それまでには超えるどころか並ぶのも無理だろう。せめてこの小さな師匠の教えのひとかけらでも習得したいところだ。


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