「迎えにきたよ」
不意に聞こえた電子音に意識が浮上した。付けっぱなしのテレビに単色のカラーバーが映っている。どうやら放送休止時刻になったようだ。
3時を示す時計を一瞥して、僕は再びソファーに沈み込んだ。
いつからこうしているのだろう。
それが数時間なのか数日なのか。感覚の麻痺した脳では分からない。
理解しているのはただ一つだけ。
彼女が―――早苗がもういない。
「……早苗」
物静かで、穏やかで。
なのに時折驚くくらいに甘えたがりだった早苗。
八重歯を見せるあの笑顔が僕を見る事は、もうない。
あの夜。
早苗が僕の家に来て、いつものように料理を作ってくれて。夜勤帰りでクタクタの僕は、彼女に感謝しながら温かいご飯を頬張っていた。
いつも通りのはずだった。
帰り道、通り魔に襲われた彼女が帰らぬ人間となるまでは。
「早苗……」
ひとりにしないと言ったじゃないか。
なのにどうして、いなくなってしまうんだ。
結局君も、同じ言葉を吐いて消えていった人間達と同じだったのか。
「置いて、いかないでくれ」
瞼を閉じると再び頭が霞がかっていく。
どうやら酷く憔悴しているらしい。
最近はいつもこうだ。気が付けばこうしてソファーに沈み込んでいる。
そろそろ仕事にも顔を出さなければならないし、ちゃんと神経を休めないと。
腰を上げて寝室に向かおうとするも、テーブルに足がぶつかった。
カツンと落ちたものを拾おうと腰を屈めて、僕は首を傾げる。
「……何だこれ」
白い小さな欠片だ。
先が尖っている。それに、黒ずんだ赤いものが微かに付着している。
触れようとして頭に鈍い痛みが走った。
やっぱり疲れているのだ。
もう良い、寝よう。
得体の知れないものがあるのは気味が悪いが、今は休養が優先だ。
もう、何も考えたくない。
立ち上がるとインターホンが鳴った。
……誰だろう?