孤独少年、魔が差す
数日ぶりの静かな生活に、翔は物足りなさを感じて眉を寄せた。
高坂翔は特異な体質をしている。
それゆえになるべく人と関わらず、目を合わせず、喋ったりしないことを心がけている。
だが別に独りが好きなわけではない。
けれど翔の行動は人を遠ざけ、ときに反感を買うのだ。
なにかしたわけではないのだが、絡まれることも多く不可抗力で喧嘩も多くなった。
そうなると余計に普通の人は近寄ってこない。こういう生活をするようになって長く、人との関わり合いを諦めたのもとっくに昔のことだ。
そんな翔の生活に、突然現れた少女。相澤柚希は、クラスでも明るい人気者の女子だ。
可愛らしい顔立ちに、常に元気に動き回っている姿は小動物のようで、クラスのマスコット的に可愛がられている。
自分とは対局にいる存在だと思っていた。
そんな彼女が急に翔へ近づいてきた理由は、なんとなく察している。
だが協力する気にはなれなかった。そっち系の問題事を徹底的に回避し続けた結果、翔のいまの独りの生活が確立したのだ。
いまさら変わろうと思わないし、変われないだろう。
だから柚希に付きまとわれるのは迷惑だ。
それなのに、僅かに感じてしまう寂しさに翔は小さく舌打ちした。
あの日、柚希の機嫌が悪かったのは感じていた。
だが彼女が翔の逆鱗に触れたのがわざとでないのも分かっている。
誰ともまともに接していない翔の家庭事情を、彼女に察しろという方が間違っているのだ。
家に居にくいから朝早く学校に来て、家に帰りにくいから図書室で勉強している。それら全ては彼の事情だ。
柚希の必死さは伝わってきたが、彼女に厄介事を持ち込んで家に来られるわけにはいかなかった。
だから思わず睨みつけてしまったのだが、決して怯えさせたかったわけではない。
あれから柚希は翔に接触してこない。
翔の方にだって気まずい気持ちはあるが、それでも放課後変わらず図書室に来ているのは、心の底で彼女が来ることを期待しているのかもしれなかった。
なんだか色々なことが馬鹿らしくなって、翔は広げていた勉強道具を片付けた。
この学校の図書室は気に入っている。それほど混み合うわけではなく、かといって閑散としているわけでもない。
ほどよく人がいる中で、翔を気にする人もおらず、翔も気を遣う必要がない。
だがその静けさが、この日は彼の感に障った。
柚希と目が合わなくなってから四日。
人がそばに居る状況に慣れては駄目だと思っていたが、どうやら手遅れだったようだ。
(でも、そのうち慣れる)
また独りの生活に戻るだけだ。
だから帰り道の途中、たまたま彼女を見つけたとしても声をかけるべきではなかった。
バスで停留場を五つ行った先が、翔の家の最寄りのバス停だ。バスを使うのは主に電車と併用している生徒たちだが、翔はなるべく自転車を使わないようにしているため、バスか徒歩での通学になる。
バス停で下りても、すぐに家へ帰る気にはなれなかった。
かといってただ歩いていると絡まれることがあるので、いつもは真っ直ぐ帰るのだが、今日は普段よりも時間が早い。この分なら変な奴もいないだろうと、翔は適当な方向に歩き出した。
柚希の姿を見つけたのは、バッティングセンターの脇を通ったときだった。
馴染みの制服姿のまま、電柱の横にしゃがみ込んでいる。
側にはいくつかの犬種が混ざったような中途半端な顔をした雑種犬がいた。
「そうだよね、分かるよ。この裏道、けっこう自動車飛ばすもんね」
柚希は、なぜか犬に話しかけていた。
こちらに背を向けている彼女は翔の存在に気づいていないようで、うんうんと犬に向かって頷いている。
「小学生の通学路にもなってるし、危ないよね」
危ない人になりかけているのは彼女だろう。
思わずそう思った翔は、柚希の背中に話しかけてしまった。
「お前、なにやってんだ」
翔の声に、弾かれたように柚希が振り返る。
大きな瞳が驚いたようにまん丸に見開かれ、こちらを凝視している。
その姿に既視感を覚え、翔は眉を寄せた。
「こ、高坂くん」
「犬に話しかけんなよ。馬鹿に見えるぞ」
久しぶりにしっかりと目を合わせてくる柚希に、知らずさらに話しかけてしまった。
思わず出た言葉は酷いものだったが、柚希はそれを気にした様子もなく周りをきょろきょろと見回し始めた。
「なんだよ」
「あ、あのね」
逡巡するように首を傾げ、彼女は立ち上がった。
考えるように一度目を伏せたあと、真っ直ぐこちらを見つめて言う。
「あのね、ちょっと黙って付いてきてくれないかな」