イノシシ娘、深く落ち込む
学校に行くのに強い憂鬱と緊張を感じながら、柚希は自転車を漕いでいた。
昨日は思わず逃げ出してしまったが、彼女が翔を傷つけてしまったのは間違いない。
謝りたいと思うが、柚希にもどうしても譲れないものがある。
彼の手をどうしても借りたいのだ。けれどそう頼み込むのには勇気がいった。
(いや、お願いの前にとりあえず謝らないと)
だがその機会はなかなか訪れない。
翔は相変わらず休み時間には消えてしまうし、後ろめたさがあって柚希自身がどうしても図書室に足を向けることができないのだ。
二・三日すると、休み時間に追いかけることさえ出来なくなってしまった。
それどころか、ふと何かの拍子に翔と目が合うと、柚希のほうが思わず逃げるようになってしまったのだ。
元気に翔を追いかけ回していた柚希が教室にいるようになると、クラスメイトたちはいったい今度はどうしたのかと不思議がるように見てくる。
だが柚希の落ち込みっぷりを見て、何があったのかと訊ねてくる人はいなかった。
例外は親友である知穂だけだ。
「いったいどうしたの? 柚ちゃん」
「……ちょっとした自己嫌悪中ー」
二時間目終了の休み時間、机に額を打ち付けたまま柚希は答えた。
「元気が取り柄の柚ちゃんなのに」
「取り柄が発揮されないときだってあるんですー」
「元気だけが取り柄なのに」
「……地味に酷いから」
恨めしげに顔を上げると、知穂はころころと笑った。
「難しいこと考える前に動くのをモットーにしてるんでしょ」
「考える前に動いちゃうのは癖でして」
「癖が直ったの?」
「直ってない」
直ってたらちゃんと謝れているだろう。
頭では謝らなくちゃと思っていても、条件反射で逃げている辺りがものすごく情けない。
「イノシシな柚ちゃんが可愛いのに」
「…………酷いからー」
身も蓋もない言われように机へと顔を戻した柚希の頭を、知穂は悪びれもせず撫でてきた。
***
よく喧嘩をした。だが仲直りは早かった。
お互いに知っていたのだ。互いが傍にいないと駄目なことを。
文句を言いながらお菓子を分け合って、転んだら手を伸ばし、立ち止まったら背を叩き、泣いたときは抱きしめ合った。
それが私たちの生き方だった。ずっとずっと続くと思っていた。
***