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一年五組、嵐の予感

 ふと目が合った気がして、(ゆず)()は目を見開いた。

 相手の方も驚いたように目を丸くし、やはりこちらを凝視している。

 数秒の空白、先に目を逸らしたのは相手の方で、まるで何も見なかったようにカーテンを閉めた。


「ちょっと、待って待って待って」


 柚希は慌てて相手のいた二階の窓に取りすがったが、その日、中からなにかしらかの反応が返ってくることは終ぞなかった。




 ***

 自分たちは雨の日に生まれたらしい。

 もちろん当時のことは覚えていないが、それでも確かなことが一つだけ。

 ――傍らにはいつだって彼女がいたこと。

 ***




 自転車をかっ飛ばして風を切る。

 いくつかの裏路地を駆使し、寂れかけた商店街を抜ける。

 緩やかな下り坂の突き当たりを左に曲がり、緩やかな上り坂を登ってたどり着くのが柚希の通う高校だ。

「おはよう、柚ちゃん」

「おはよっ」

 声をかけてきたバス通学のクラスメイトに追い越しざま返事をする。

 いつもなら自転車を降りて一緒に登校するのだが、この日はそれどころではなかった。

 登校ラッシュには早い時間帯だ。

 まだそれほど多くの生徒がいないのをいいことに、柚希は自転車置き場に着いてもいつも自分の自転車を置いている場所までこぎ続けた。

 急ブレーキをかけて飛び降りるように自転車から降り、サドルを持ち上げて車体を方向転換する。蹴っ飛ばすような乱暴さでストッパーを下ろすと、自転車が抗議するように喧しい音を立てた。

 二歩、走りかけたところで鞄を持っていないことに気づき、慌てて戻って籠から飛び出している持ち手を引っ掴む。

 朝っぱらから全速力で走る女子高生に、欠伸をしながら歩いていた生徒たちが何事かと振り返った。

 それらが視界に入る前に走り抜けた柚希は、下駄箱につくと上履きを取り出しながらローファーを脱いだ。

 だが急いでいるときこそ手が滑るもので、踵を指先に引っかけていたローファーは脱いだ拍子にすっ飛んでいった。

「ああ、もう!」

 苛立たしく文句を言いながら靴を拾い、投げ込むように下駄箱に入れる。

 上履きに足を突っ込むと、きちんと履くのももどかしくて、踵を踏みつぶしたまま柚希は教室に向かって走り出した。


 一年五組。

 教室のドアを力任せに開ける。ピシャンと派手な音がしたが、柚希の聴覚には入ってこなかった。

 教室の窓側一番後ろ。さぼりたがりの生徒たちがこぞって希望したがるその席に座っているのは、(こう)(さか)(かける)という男子生徒だ。

 彼は教室に入ってきた柚希を見て一瞬目を瞠ったが、何も見なかったかのようにすっと目を逸らした。

 

 翔はたいていのクラスに一人はいる、協調性のないクラスで浮いている生徒である。

 容姿は整っている方だし、体育の授業を見る限り運動神経も良い。成績も比較的上位にいるかなりハイスペックな生徒だが、決定的に愛想がなかった。

 話しかけてもほぼ無視。笑ったところなど誰も見たことがないし、生意気だと絡んできた上級生を返り討ちにしたこともある。ときどき顔に痣を作って登校してくることもあり、喧嘩をしているという噂だ。

 もちろん友人は皆無。作る気もなさそうだ。

 最初は女子に騒がれてもいたが、入学して六ヶ月、そうして誰もが遠巻きにする生徒になっていた。

 いままで柚希も特別仲良くなろうとしたことはない。

 他の人たちのように敬遠する気持ちはないが、それは興味がなかっただけである。

 ――だがそれも昨日までだ。

 

 柚希はいつもどおり机に頬杖をついて窓外を見ている翔にずかずかと近づいた。

 早くから教室に来ているクラスメイトたちが、常とは違う柚希の剣幕に首を傾げているが、今は気にしている余裕もない。

 整然と並んだ机を縫って翔の前に立つ。

 その段階になっても、彼は外に向けている視線を戻す様子もなかった。

「高坂くん」

 柚希が声をかけても、翔は外を見ている。いったい外のなにに興味があるというのか。

 柚希はバンッと両手で彼の机を叩いた。

 机の中の物が跳ねたような音をさせる。思ったよりも両手が痛かったが、ようやく翔の顔をこちらに向かせることに成功した。

 柚希はすぅっと息を吸い込むと、教室中に響き渡るような声で叫んだ。



「わたしに、付き合ってくださいっ!」



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