***とある、雨の日***
冷たい雨。固いアスファルト。飛ばされた傘。
バンパーのひしゃげた軽自動車は、少し離れたところで電柱に張り付いている。
雨の夜だ、野次馬はいない。気絶しているのか、運転手が外に出てくる気配はない。
スマートフォンは鞄の中に入ったまま、道路の先へ滑っていってしまった。
いますぐ鞄に駆けよってスマートフォンを取り出し、119番するべきだと頭の冷静な部分では分かっていた。
けれど、腕の中の体を放り出していくことがどうしてもできない。
温度のない体。雨のせいなのか、流れていく赤い血のせいなのか。
「……どうして」
自分と同じ顔の少女は、固く瞼を閉じたままぴくりとも動かない。
双子の片割れ。生まれたときからずっと一緒だった存在。――どうして目を開けてくれないのか。
「おや、そちらの子になりましたか」
降りしきる雨の音しかしなかったその場所に、場違いなほど穏やかな声が落ちる。
初めは気づかなかった。耳の奥には、先ほど聞いた車の急ブレーキ音と自分と片割れの悲鳴、双子が地面に叩きつけられる音がこびりついていたから。
何拍か置いて、そこに誰かがいることに気づき、顔を上げた。助けを呼んでもらわなければ。
すぐそばに立ってこちらを見下ろしていたのは、真っ黒な男だった。
髪や瞳はもちろんのこと、シャツもズボンも靴も底なしの闇のような黒だ。
夜の闇に溶け込むような全身の中、浮かび上がるように白い顔はこの世のものとは思えないほど整っていた。
美しく尖った顎のライン、切れ長の涼やかな目元、高い鼻梁と酷薄そうな薄い唇。
――死神だ。鎌は持っていなかったが、そう思った。
大雨の中、傘も差さずそこに立つ男は彼女たちを見下ろして微かに口角を上げた。
感嘆しているようにも、嘆いているようにも、哀れんでいるようにも見える笑みだ。
「本当なら死ぬのは君のはずでしたが、人の運命とは移ろい変わるもの。こういうことはよくあるんですよ」
死神は自分に言ったのだろう。意味がゆっくりと脳へ回ってくる。
本当なら、死ぬのは片割れではなく自分だったのだ。
あの瞬間、車が突っ込んできたのに気づいた片割れが飛び出したりしてこなければ、確かに死んだのは自分だっただろう。
「面倒ですが、臨機応変に対応するのも僕たちの仕事ですからね」
溜め息をつきながら死神が彼女の片割れに手を伸ばしてくる。
彼女はぐったりとして力の入らない双子の体を強く抱き寄せた。
手を伸ばしたまま目を瞬かせる死神を見つめ、――――雨の匂いのする空気をすっと吸い込んだ。
新連載です。
お付き合いくだされば嬉しいです。