桃太郎の凱旋【ショートショート】
島の大人たちがなにやら騒いでいる。
太助は海岸の方向へ走っていく連中の中に遊び仲間の次郎を見つけてつかまえた。
「おい、この騒ぎはなんだ?」
聞かれた次郎は意外そうな顔をして答える。
「なんだ知らねぇのけ? 鬼ヶ島に鬼退治に行った桃太郎さんが帰ってきただよ。なんでも船いっぱいにお宝の土産を積んできたらしいで、村中の人が海岸に集まってるだよ」
「お宝?」
「んだ、金銀財宝だ。のう太助、おらもう行っていいか? 早く行かねぇと人でいっぱいになってお宝を拝めなくなっちまう」
「ああ、こりゃすまん」
太助がつかんでいた手を離すと、次郎は急いで海岸に走っていった。
「そうか、桃太郎さんが……」
太助はそう言って嬉しそうに微笑むと、島のみんなと同じように、凱旋した桃太郎を見に海岸へ行ってみることにした。
太助が着いた頃には、海岸はすでに大勢の人だかりで賑わっていて、太助の位置からは肝心の桃太郎の姿は見えなかった。
太助は赤ん坊がはいはい歩きをするように、大人たちの足元をくぐって人だかりの前へ抜け出た。
見るとそこには、確かに船いっぱいのお宝と、その横に桃太郎が居た。桃太郎は集まった島のみんなに鬼ヶ島での出来事を得意気に話して聞かせている。
その様子を見て、太助はわずかに表情を曇らせた。
――なんだか桃太郎さん、思ってたのとずいぶん印象が違う人だな……それにあの宝の山……みんなは喜んでるみてぇだけども、あれは何だべ。あの人は悪さをする鬼たちを懲らしめに行ったんじゃなかったんだべか……なら、なしてあんな宝を――
太助は桃太郎に小さな不信感を覚えた。
そして太助は桃太郎のそばに歩みより、質問を投げかけた。
「あの、桃太郎さん。このお宝は一体どうしたんだべか?」
「ん、これか。これはな、鬼ヶ島の鬼どもが隠し持っていた財宝だ。奴らをぶちのめして、まるごといただいてきたんだ」
桃太郎は得意気に答え、少々下品に笑った。
「そんな、いくら相手が鬼だからと言ったって、それじゃまるで悪人のおこないじゃ」
「なにぃ」
太助の言葉を聞いて桃太郎の顔色が変わる。
「なにを言う。相手は鬼だ。鬼は人からすれば悪党だ。悪党から宝を奪ったところで、悪いことがあるものか。おまえはまだ童だから物事を知らんのだ。だからそんなことを言うんだ。もう少し大人になって出直してこい!」
桃太郎に一喝され、太助は仕方なく人だかりの後方へと引っ込んだ。
そして島の者たちから少し離れた岩場に腰をおろし、賑わう人だかりをぼんやりと見つめながら考える。
――桃太郎さんはああ言っとったが、おらにはどうしても納得できねぇ……鬼は確かに悪い奴かもしんねぇけど、これじゃおらたちのしていることも悪党と変わらねえでねぇか。桃太郎さんがあんな人だったなんて……――
その時、突然人だかりの中心から悲鳴が聞こえてきた。見ると、そこで一匹の鬼が暴れている。
「うわぁぁーっ! 桃太郎が鬼に化けちまったぁぁ!」
「どうなってんだぁー、一体!」
島人たちはそう叫びながら逃げまどう。
なんと、太助や島人たちが桃太郎だと思っていた男は、鬼ヶ島からやってきた一匹の鬼だった。鬼は桃太郎に化けて島人を集め、集まったみんなを一網打尽にしようとしていたのだ。
「な、なんてこった! あれは桃太郎さんじゃなくて鬼だっただか……」
太助は驚いた。しかし、同時にあの悪人のような桃太郎が本物ではなかったということが、嬉しくもあった。
「よ、よーし……んならおらが」
そう言って太助はすくっと立ち上がり、海に向かって走り出した。
その間も桃太郎に化けていた鬼は、島のみんなを相手に、宝が山積みになった船を背にして暴れていた。
太助は海を泳いで船の裏側に回り込み、宝の山をよじ登る。
宝の山のてっぺんまで登った太助は、船の櫂(『かい』※船を漕ぐ棒)を手に取り、両手で持って振り上げた。
「おい鬼っ! よくもみんなを騙しただな! 本物の桃太郎さんが、おめぇみてぇなウソつき悪党であるわけはねぇべっ!」
そう叫んで、太助は宝の山から飛び降りながら鬼めがけて櫂を力いっぱい振り下ろした。
「ぎ、ぎぃやぁぁーーっっ」
櫂は爽快な音を立てて鬼の顔面にぶち当たり、これにはたまらず鬼も泣きべそをかいて海へと逃げていった。
――その後、数日して、優しい良い心を持った本物の桃太郎が島へ無事に帰ってきた。
桃太郎は、島人からの話で、ニセ桃太郎の騒動があったことを知ると、わざわざ太助の所へ出向き、「島を守ってくれてどうもありがとう。君が居てくれてよかった」と、頭を下げてお礼を言った。
それから桃太郎は、竹から産まれた『かぐや姫』と結婚し、親友の『浦島太郎』と『金太郎』、そして『改心した一人の鬼』、その他にも『乙姫』や『一寸法師』、犬、猿、キジ、などの仲間たちと一緒に、楽しく愉快に暮らし、島には再び平和な時間がおとずれましたとさ。
むかーしむかし、『桃太郎』にまつわる、島人たちを救ったもう一人の小さな英雄のお話……。
了