車輪の父
ウソ歴史
実在する個人、団体等とは一切関係ありません。
「もうイヤだ! こんなパーティー」
男の悲痛な叫びは、周囲の歓声にかき消された。
男が心血を注ぎ作り上げた力作を、嫪毐というお調子者に汚された。
男自身が厳選した苗から育てた樹で作られた馬車の車輪。それが宴の余興として無慈悲にも男根に貫かれ、晒し物にされたのだ。
嫪毐はどうだと言わんばかりの仁王立ち。車輪は宙に浮いている。
当然ながら手は腰にある。つまりは男根のみで車輪の重みに耐えているのだ。恐るべき固さである。
嫪毐が仲間に目線を送ると、そいつは心得たとばかりに車輪を廻し始める。縁に両手をかけてゆっくり振り下ろし、縁を叩いて徐々に加速させる。
クルクルと、小気味良く廻る車輪の速度に合わせて歓声が増す。その滑らかな回転は男の腕によるものか、嫪毐の軸の賜物か。
時は、紀元前240年頃。物語の舞台は秦国。
中国統一を目指す秦の幼き王に隠れて、王の母と王の恩人である権力者、呂不韋が密通を重ねているとの噂がささやかれ始めた頃の話である。
男は嫪毐への復讐を誓う。しかし武器を手に挑もうにも嫪毐の腕っぷしに加え、脱ぎっぷりが示す度胸には到底敵わない。
何より武に頼っては生産職としての恨みを晴らせず仕舞いではないのか? きっと悔いが残る。
毒殺はどうか? 嫪毐――名前は毒に似て異なれど、体内を巡る潤沢な陽の気が数多の毒を跳ね除けるだろう。
他の手を探そう。この無念が晴らせるのなら、何年掛かろうと構わない。男は策を練り続ける。
男の復讐、初めの一手。
まずは宴会のたび、徐々に車輪を重くすることで嫪毐を鍛えた。
そして今のステータスがこれだ。(左は初期値)
名前:ロウアイ(+6)
称号:お調子者
大きさ: 6→24
かたさ:12→18
男は根っからの生産職であり、何事にも手を抜かずコツコツ育てるのが好きだった。
成長限界への挑戦、称号:名伯楽への羨望。良好な育ち具合に、男は嫪毐の可能性に一職人として心惹かれた。
しかし記憶が男を立ち返らせる。男を知った軸受けに余人はバカ受け、大盛り上がり。許せる筈が無かろう。
「いや、大き過ぎてはいけない」
かぶりを振って未練を断ち切る。そろそろ次の策に移る頃合いだ。
第二手として呂不韋の男性機能を弱らせる。少しでいいのだ、それこそ手っ取り早く毒でも用いればよい。
折り良く耳にした呂不韋の醜聞。下に対する嫌悪からか、男は己の復讐との下繋がりに妙な胸騒ぎを覚え、散財惜しまず噂の裏取りを済ませていた。呂不韋が危険を冒してまで密通を続けるのは王の母の求めに仕方なく応じているに過ぎないのだと。
その密通に支障の兆しを感じれば呂不韋は身代わりを探し始め、きっと嫪毐を見出すはず。
そう、優秀な呂不韋なら、男が推薦するまでも無い。
はたして男の読み通り、呂不韋が嫪毐に身代わりを持ち掛ける。
「危険だが、秦国の命運の掛かった大事なのだ。それに究極で救国の急所とは男冥利に限りなし」
呂不韋の勧誘に、嫪毐は二つ返事で了承した。
このお調子者は身の危険を本当に理解しているのだろうか。男は策がはまり過ぎて逆に心配になってきた。
どうやら目利き随一の大商人、呂不韋に己の男を認められて舞い上がっているらしいが、それが慎重な男には到底理解できない。
仇討ちを待たずして自滅するのでは、そんな懸念が湧き上がる。
◇◇◇
そして数年の月日が流れる。男の懸念とは裏腹に嫪毐は健在だ。
偽宦官として後宮に住む嫪毐に呂不韋からの貴重な届け物だと嘘をつき、男は自ら調合した飲み薬を届けた。
嫪毐は薬の入った盃を付き人を介して受け取る。
「これは……、気休めのウコンか?」
嫪毐の問いに、男は参ったという具合に苦笑いを浮かべる。それを見て嫪毐はしたり顔だ。
「それは……」
男が言い淀む内に嫪毐は薬をあおった。
「コウテイ液にございます」
男が発した言葉を耳にした途端、嫪毐は喉をゴクリを鳴らし、正面を見据えカッと目を見開く。
嫪毐は眩暈に襲われる。コウテイという甘美な響きに酔った。
しかし、その夢見心地が一瞬にして誰かに打ち破られた。
邪魔をしたのは独裁者”始皇帝”だ。
十七年後の未来、秦王は中国統一の暁に始皇帝と名乗り、自らを朕と称す。朕の独り占めだ。
「それがどうした、俺はちんちんだ!」
嫪毐は思った。この薬は呂不韋が俺を、秦王を倒すに相応しい男だと認めたという言外の証なのだと。そして俺はこの薬がもっと欲しい。
”究極 対 始皇”、これぞ宿命と嫪毐は奮い立った。
◇◇◇
果たして嫪毐の飲んだ薬にウコンは含まれていたのか? 今を生きる我々には確かめる術はない。
ミネソタの某博士はウコンをPANIS(広範な試験法に干渉する化合物)と断じた。
ならば薬の正体とは、男が後宮に入るために支払った代償ではなかろうか。
ウコンには無くとも、Penisには未来すら垣間見せる程の驚異の薬効が無いとは言い切れない。
憶測はさて置き、嫪毐の付き人が語ったこの出来事は後に始皇帝が不老不死薬に執着する一因となった。
一つ確かな事は、嫪毐は毒に強くとも、お世辞と暗示にすこぶる弱かった。
お調子者の嫪毐は秦国の端に毐国を興す。彼の反乱は容易く鎮圧され捕縛の後、処刑。
ご自慢のちんちんが招いたのは電車ではなく車裂きの刑であった。
車輪が教示する、お調子者の行く末を。
あなたのパーティーは健全ですか? 生産職のガス抜き出来てますか? 粗忽なお調子者は居ませんか? 軸は元気ですか?
石橋を叩いて渡る大切さ、それは現代にも通じる。タイヤの空気圧は適切ですか?
(完)