ep.011 pm9:02 北海道恵庭市 道央道
pm9:02 北海道恵庭市 道央道
氷室は、ステアリングを左に切りながら。
「実は、今、ロシア・マフィアの大物が札幌に来てまして。その為に、警察庁や防衛省の依頼の元、下忍たちは市内某所散って警備に着いてます」
皐月は、呆れ顔でフーッと煙草の煙りを吐き、
「何だそんな事?どうでもいいわ」
氷室はため息を吐くと、
「その男が、セルゲイ・コルサコフでもですか?」
「!!!」
皐月は、ギリっと奥歯を噛み締め、
「アイツが!日本に」
「ええ、そうです」
珍しく皐月は苛立ち、
「今のミッションが無ければ、私が見付けだして鉛弾ぶち込んでやるのに!」
珍しく氷室が皐月を窘め、
「皐月、忍びは私情や私念で動いてはならん」
皐月はハッとして、
「そうでした、氷室教官。すいません・・・」
どうやら、氷室は皐月の教官をしていた事がある様だ。
氷室は安心した様子で、
「思い出してくれれば、それでいいんですよ。大事なのは、今使えている主人に与えられた使命を冷静に遂行する事。今のご主人はどんな方で?」
皐月はクスッと笑い、
「今の私のご主人は、鷲尾桜子様。もっとも、ご本人様はその事を知らないけど」
「鷲尾というと、あのバイク・メーカーの?」
「そうよ。何でも烏丸のご先祖が、鷲尾様のご先祖様のお世話になった事があって、その関係で」
氷室は頷き、
「成る程、本人が知らないって事は、まだお若いんでしょうね?」
皐月は、桜子を思い出しながら、
「ええ、まだ17歳。使えて一年経つけど、私利私欲に決して走らない、いいご主人様よ。真っ直ぐ過ぎるのが、欠点と言えば欠点かしら」
氷室は、ニヤリと笑い、
「でも、それが魅力なんでしょ?鷲尾様の」
「あら、理解る?」
氷室はバックミラー越しに皐月を見て、
「はい、その皐月様の顔を見れば、想像は容易です」
あえて話の腰を折るが、忍びは通常自分のプライベートや雇い主の事を決して話さない。
同じ組織とはいえ雇い主によっては、いつ敵味方になって合い見えるか判らないからだ。
皐月と氷室がこんな会話をしているのは、師弟関係にあったからである。
皐月は脚を組み替え、昔を懐かしむ様に、
「そういえば、氷室さん。奥さんと琴葉ちゃんは、お元気?」
刹那、氷室の背中が微かに動いたのを、皐月は見逃さなかった。
暫くの沈黙の後、氷室はポツリと漏らす。
「二人は亡くなりました」