離宮2
(あの人はどこ?なぜ来てくれないの)
あの人って、当時の国王陛下のことだよね…。
でも、どうしてこの女性はこの離宮へ?
「あの、どうしてその女性はこの離宮に来たんですか?」
「詳しいことは知らないが、その女性は命を狙われていたらしい。それで、当時の国王はこの離宮へ送ったらしいが、その女性がこの離宮へ来て数日経った頃に、国王が暗殺されたらしい」
「それで、国王が亡くなったことを悲しんで自害したの?」
「いや、違う」
「違う?」
「その国王の正室、つまり王妃が国王が亡くなったことを知らせるな、と言ったらしい」
「それは、嫉妬?」
「だろうな」
国王が亡くなったことも知らされず、ただただ国王が、この離宮へ来てくれることだけを楽しみに、この離宮で過ごしていたのかもしれない。
これは、まずは国王が亡くなったことを伝えないといけないな…、あぁ、やっぱり厄介だ。
「皆さんはここで待っていて下さい」
「ここまで来たんだから、俺達も行く」
「手柄を自分だけ独占するなんて、ずるいんじゃない?」
「はぁ……じゃ自分の身はちゃんと自分で守って下さいね」
本当に……足手まといには、ならないで下さいよ。
私は部屋のドアを開けた。
中はとても埃っぽく、湿っぽい。部屋には、高価な調度品があるが、どれも埃を被り本来の輝きはない。
部屋を見回していると、ベッドに女性が座っている。
(どうして、来てくださらないの…陛下)
死んでもなお、一途に陛下を愛しているのね。
「おい、女はどこにいる?」
「そうそう、誰もいないじゃん」
「ちゃんとベッドにいますよ。あなた達には見えないだけです」
「それじゃ、俺達意味ないよね?」
ジミーさんの言うとおり。
「だから、部屋の前で待っていて下さいって言ったんです」
全く……亡くなってるんだから、普通の人に見える訳がないでしょうに…。
仕方ない…。
「三人ともここに集まって下さい」
「なんだ?」
「いいから早く!」
三人は、渋々私が示した場所に集まった。
「“ショール”」
「なんだ!?」
「出られない。何をした」
「まぁ、それはあらゆる攻撃を防いでくれます。いわばシールドですね、見えない敵と戦うのは無理ですからね、皆さんはそこにいて下さい」
ま、見えるようにすることも出来るんだけど。
それをしたところで、この人達が使えるとも思わないしね。
さて…。
私は、少しずつ女性に近付いた。三人がいるのは、ベッドから最も遠い部屋の隅。あそこなら、そんなに攻撃もあたらないでしょ。
「すみません」
(あなた、誰?私の姿が見えるの?)
振り返った女性は、とても可憐な女性だった。
(どうして、ここに?)
「貴女を救いに来ました」
(救いに?陛下ではなく、貴女が?)
「はい、陛下は…亡くなりました。貴女がこの離宮へ来て、数日後に」
(……嘘、嘘よ、私はこの離宮へ来て何年も陛下と手紙をやりとりしていたのよ!)
「それは、その手紙は陛下の筆跡だったのですか?」
すると、女性はベッドサイドにある小さな引き出しから何通かの、手紙と思われる紙を取り出して、見比べていた。
(違うわ……字が、違う。陛下の字ではない…。ならば誰が…誰がこの手紙を?……まさか、王妃様?)
「たぶん……」
(どうして…どうしてこんなことを)
部屋の窓や、調度品が揺れ始めた。
(でも、あの人ならやりかねないわ。城でも様々な意地悪をされた、それでも王妃でこの国の母であるのに。こんなひどい仕打ちを…)
だんだんと、揺れが激しくなってきた。
これは、まずい。
「落ち着いて下さい!」
(黙れ!小娘!)
バリィン!
突如、突風が吹き完全に窓が割れた。
目を開けていられなくて、目を閉じて風が止むのを待った。そして目を開けると、女性が凄まじい早さで私に向かって来ているのが見えた。
私はそれをなんとかかわし、女性と距離をとった。
「いたっ!」
体に痛みを感じ、体を見ると至るところが切れて少し血が出ていた。
まるで、かまいたちだな。彼女は、風使いだったのかもしれない。
この世界には、少数だが私のように魔力を持った人達がいる。その人達は、それぞれ属性を持っていて、火、水、木、風、土と、稀に光と闇がある。その人達は、“使い”と呼ばれるのだ。
風を扱う風使いは、女性が多い。
その女性は、また攻撃を仕掛けようとしている。
「待って下さい。私は貴女を傷つけようとは思ってません。ただ陛下にもう一度、会わせようと思っただけです」
(陛下に会わせる?お前がか?)
「はい、この姿を見て分かりませんか?」
たぶん、この女性の時代なら…。
(…月の、女神様…)
「そうです。貴女なら分かりますよね?」
(本当に、もう一度会わせて頂けるのですか?)
「はい」
月の女神は、死者の魂でさえも支配する。
この女性のいた時代は、たぶんこの国でも月の女神は信仰されていたのだろう。
女性は、手で顔を覆ってしまったが手で隠しきれなかった涙が、絨毯を濡らす。
(お願い、します…)
「はい、承りました」