月に酔う
夜空を見上げる。
そこには大きくて丸い月。
月を見ているのは好きだ。
気持ちが高ぶる。
いつも満月の夜にはこうして一人で公園へと行く。
「ねえ、君一人?」
ああ、まただ。
どうして邪魔をするのだろう。
一人でゆっくりと月を眺めたいのに。
仕方なく、ため息をついて振り返る。
ニヤけた顔をした男が立っていた。
女は男に向かって微笑む。
男は脈ありと思った瞬間、倒れた。
自分に何が起こったかも分からず死んでゆく。
「ふふふ、やっぱり満月には赤がぴったりね」
女はそう言うと微笑んだ。
学校の側の公園で殺人があったらしい。
この殺人はいつも満月に起きている。
不思議な殺人。
私立和泉高等学校では今日から一ヶ月をかけて文化祭の準備が始まる。
蘭は天文部の副部長をしている。
部員は全部で5人。
一年生が二人、二年生が二人(蘭は二年生)、三年生が一人だった。
小さなこの部活では、星の観察の記録や、小さなプラネタリウムを作ることになった。
「これから帰りが遅くなるから気をつけないとね」
「そうだね」
一年生の伊藤大輔と山本透子だ。
二人は仲が良いようだ。
「最近、ぶっそうな事件が近くで起こっているから、本当はあまり遅くまでは残って欲しくないのよね」
顧問の小川成美は眉をひそめた。
確かに、あまり遅いのは良くないだろう。
蘭も頷いた。
「そうですね、あまり遅くまで作業はしないようにしましょう」
帰りは絶対に一人で帰らないこと、小川はそう念を押した。
それでもやっぱり作業をしていると時間を忘れてしまう。
気付いたらもう8時を過ぎていた。
「ヤバイ、そろそろ帰らないと危ないね」
蘭は部員に声をかけた。
「伊藤君は山本さんを送っていくでしょう?
それから亜衣は先輩に送ってもらうといいよ」
「蘭はどうするの?」
同じ二年の亜衣が眉をひそめて蘭を見る。
「私は平気。家はすぐそこだから。
亜衣は駅まで行くでしょう?
危ないから送ってもらいなよ。
いいでしょ、先輩?」
「…ああ、構わないが。
やっぱり、君が心配だよ」
部長である卓が納得しない、と言う。
「じゃあ、三人で帰ればいいじゃん。
それで先輩は納得できるでしょう?」
亜衣が妥協案を告げる。
それを聞いて卓は満足そうに頷いた。
三人はとりあえず蘭の家に向かった。
先に蘭を送り、そうして卓は亜衣と共に駅まで行く、ということになった。
「この公園、危険だからあまり近寄るなよ」
蘭の家の近くの公園、そこは殺人があった現場だ。
卓の言葉に蘭は頷く。
そうして空を見上げる。
今日は満月だ。
殺人があったというのも満月だという。
蘭は身震いした。
「蘭、どうしたの?」
亜衣が声をかけてきた。
それになんでもない、と答える。
ふと携帯の着メロが響く。
「悪い、俺だ。少し待っていて」
そう言うと卓は二人の傍を離れた。
「…ねえ、私ね、卓先輩に告白したんだ」
突然の亜衣の言葉に目を見開く。
亜衣は笑っていた。
「どうなったか知りたくない?」
「…別に、私には関係ないわ。
二人がつきあおうとなかろうと」
「無関心なフリ?
私、蘭のそういうところが凄く嫌い」
亜衣はそう言うと口を歪めて笑った。
そうして手に輝くナイフを握る。
「!」
「こんな綺麗な満月には真っ赤な血がよく似合うと思わない?」
亜衣は蘭に切りつけた。
ナイフは蘭の右腕を軽く切り裂いた。
「ふふふ、ほぉら、綺麗でしょう?」
亜衣はそう言うとまたナイフを蘭にむけた。
蘭はそれをなんとか避け、亜衣を突き飛ばして逃げた。
一体どういうこと?
公園であった殺人の犯人は彼女だというの?
蘭は混乱した。
慌てて卓に駆け寄る。
蘭の様子を見て卓は驚いた。
右腕から血が流れている。
「どうした!もしかして襲われたのか?!」
「…大丈夫よ。逃げたから。
それより気をつけて。
満月の夜は危険だわ。
決して外へ出ては駄目よ」
蘭は卓にしがみ付いて言うと気を失った。
あれから亜衣は普通にしている。
まるであの日は何事もなかったようだ。
みんなで頑張った文化祭も成功した。
「今年も楽しかったな。
今日は片づけをしたら少し騒ごうか!」
そう言って卓はビールを見せた。
「未成年の飲酒は禁止ですよ」
蘭の言葉に卓はニヤリと笑う。
「まあまあ、今回だけは見逃してよ。
最後の文化祭なんだ、思い出にしたいんだよ」
しょうがないな、と蘭はしぶしぶ承諾する。
そうしてこっそりと部室で行われた飲み会は9時近くまで続いた。
「さて、そろそろ帰るか」
皆で外へ出ると満月が浮かんでいた。
伊藤君と山本さんが蘭たちとは反対方向へと向かう。
残りの三人はまた蘭の家へと向かった。
ああ、ヤバイなと思った。
満月には亜衣が暴走する。
卓はそんな亜衣を見たことがない。
どうすればいいのだろうか?
「綺麗な満月ですね?」
亜衣がにっこりと笑っている。
怖い、その笑顔が怖かった。
「先輩、少しだけ二人にしてくれませんか?」
亜衣が卓に告げる。
「でも、危険だ。
またこの前みたいに襲われたら」
「平気ですよ。ここは公園ではないですし、灯りも沢山あるので」
卓は少し悩むと、5分だけだぞ、と言って二人の傍を離れた。
「…亜衣、あなたは何がしたいの?」
「分かっているくせに。
私は蘭が嫌いなのよ。
だから死んで欲しいの」
そう言うと亜衣はナイフを蘭に向けた。
すばやい動きだった。
蘭の頬が切れる。
「満月は人を狂わせると言うわ。
知っている?
私もそうなのよ、満月を見ると血が見たくなるの。
先輩が血に汚れた姿も見たいわね」
「亜衣…!」
蘭の声は聞こえていないようだった。
「結局、殺人の犯人は亜衣だったってこと?」
あの夜、襲われている蘭を卓は助けた。
亜衣は狂っているようで、手がつけられなかったのだ。
亜衣は保護され、今は病院にいるという。
「…分からない。
本人は否定しているみたいだけれど」
「…」
蘭はため息をついた。
そんな蘭を卓は慰める。
「ごめん、やっぱり傍にいれば良かった」
卓は何となく分かっていたそうだ。
亜衣の様子がおかしいことに。
蘭は首を横に振った。
頬の傷が痛々しい、と卓は蘭の頬に触れた。
「でも良かった。
襲われたのが先輩じゃなくて」
蘭は卓の手を握ると目を閉じた。
本当に良かった。
亜衣は卓を傷つけたいと言っていた。
それだけは許さない。
だって、それは私がやりたいことだもの。
「先輩、満月は人を狂わせるということを知っている?」
蘭はそう言うと微笑んだ。