「娘が欲しいが嫁はいらない」と叫ぶ護衛騎士と、伯爵令嬢(婚活中)は話が噛み合わない
お嬢様、聞いてください。
娘とはいかに素晴らしいものかを。
まず、無垢であること。
その辺の女のように男に貢がせようとか、人を顔や金で判断しようとはしません。俺の存在だけが最高なのです。
そして、父親を熱心に慕うこと。
「パパ大好き」「パパしかいらないもん」「パパが世界で一番かっこいい」「パパと結婚したい」というのがお約束です。
俺が世界で最高の男だと主張するのです。
さらに、可愛い。
小さい女の子って可愛いですよね。特に俺の顔を引き継いでいたら絶対美少女ですから、その成長を淑女になるまでしっかり見届けることができるわけですよ。
最初に出合った時がグラフのてっぺんで、後は劣化していくだけの女どもとはまるで違います。
ゆえに、俺を食い尽くそうとする嫁なんて存在、必要ないわけです。
「そしてさらには…「もう聞き飽きたわ、フェル」」
私は扇子を閉じ、ため息をついた。
そうですか? と不満げな銀髪の男の口を、扇子の先で止め、舞踏会の会場を見渡す。
ここは舞踏会という名の婚活会場。
女の決戦場なのだ。
この頭がおかしいが見栄えだけは良い護衛騎士を連れて来た理由は、伯爵家としての箔付けと、ライバル対策のためだ。
ここに参加している男性は、中級貴族の女が涎をたらすような高位貴族が1割、まあまあ妥当な中位貴族が2割と、なかなか美味しい漁場だ。
ただ、美味しい漁場には、それだけ多くの猫が集まってくる。今日も満員御礼だ。
私は高位貴族に嫁ぎたいわけではない。
そんな家に嫁いだら、実家の格差で狭苦しい思いをするに決まっているし、うっかりすると妾にされかねない。
父が妥当だと言った家柄の中でも、実際に私も女子のお茶会で素行が宜しく、穏やかな殿方を2人ほど狙っている。
そう、今日の私の旦那様候補は、若き当主、カラデス・ジミー伯爵(23歳)様と、侯爵家の次男、ニコ・デモイール子爵(20歳)様のお2人。
同じ相手狙いのライバルは……同じ伯爵令嬢のマリー様(19歳)と、キャロル様(16歳)ね。
よし、あの子たちが相手ならば、今度こそ勝てそうだわ。
特にキャロル様は面食い。
外見の麗しい騎士と一緒に行けば、気が散って隙だらけになるに違いない。
いつもは永遠に遠ざけておきたい娘崇拝者だが、本当に顔だけは良い。
鍛え上げられた長身に、伯爵家従属の騎士の制服をきっちりと着こなし、プラチナに輝く銀髪と、秀麗な面差しに栄えるアクアマリンの瞳。
黙っていれば、氷の精霊のような美貌と評判だが、なんてことはない。
中身は単なる娘愛好者だ。
まずは、会場の左側で男性同士で談話をしているカラデス様ね。
私は準備運動を兼ねて、より腰が細く見えるように腹式呼吸を始めた。ひっひっふー。
「姉さん、目が肉食獣だよ……。怖いからその気合いはやめようよ」
隣で弟のリヒャルドが怯えている。
双子の弟は、今日は私のエスコートで来ているのだが、すでに女性陣の醸す、殺伐とした笑顔のオーラに気後れしているようだ。
せっかくの肩で切りそろえた金糸のような髪も紫の瞳も、幾分かくすんで見える。
「あなたも早くこの雰囲気に慣れなさい。女は結婚が全てなの。この勝負一つ一つが、将来の安定に繋がるのよ。せめて女性を見る目を培わなくてはね」
「でも、僕を見つめる女の子たちの目が怖いんだよ……」
「おかわいそうにリヒャルド様。無理に近寄る必要はありませんよ。あれらは本当に心も体も獣ですから。うっかりすると小部屋に連れ込まれて、頭からバリバリと食われかねません」
フェルがリヒャルドをかばう。
気弱のリヒャルドは、「フェル~」と頼もしい助っ人に縋りついた。
「ちょっと。私からも庇っていない?」
「気のせいですよ。ちょっと目の具合が悪いのか、エイダお嬢様に悪鬼が憑いているように見えますが。あ、失礼。皺の間違いでした」
「全くフォローになってないわ! それに私はまだ18歳! ピッチピチの乙女よ!」
「じゃあ、あと2年で生き遅れのババアですね。ふう」
「なにため息ついてるのよ! 本当に失礼な男よね。パパに言って、クビにしてやるんだから!」
「できるものならどうぞどうぞ」
「ぐぐ……」
フェルが当家にやってきた14年前から、私はずっとずっと、こいつの解雇をパパに訴えてきた。
しかし私のお願いはなんでも聞いてくれるパパが、なぜかこの件だけはうんと言ってくれない。
だって本当に失礼な奴なのだ。
何かにつけて、私をディスる。
『お嬢様ももう10歳。ババアですね』
『お嬢様は化粧品で顔を誤魔化すことを覚えられた。後は劣化の一途ですね』
『お嬢様、コルセットですか。それくらいで寸胴が隠せるとお思いですか。これだからババアになるというのは』
……思い返せば返すほど、腹が立ってきたわ。
冷静を取り戻し、再度気合いを入れてカラデス様にご挨拶するためにも、フェルに飲み物を取ってこさせる。やつをあごで使ってせいせいする。
そしてカクテルをグビグビと飲みながら周囲を伺った。
今回の会場は、国で一番権力のある公爵のお屋敷。
巨大なシャンデリアがいくつも連なるホールには、きらびやかな黄金とクリスタルの装飾がされており、老若男女の貴族たちが、華やかな衣装に身を包み会場を彩る。
顔ぶれを見渡す限り、ここで一番位の高いリリエンヌ侯爵令嬢やヴィオレッタ公爵令嬢は同レベル以上の男を狙っているようだな。
あ、リリエンヌ様は第4王子を狙っている。いつでも王子の横でうっかりヒールを躓かせられるように準備しているぞ。
やるなあ、私も頑張らないと。
さて移動しようかと歩き出すと、会場が沸いた。貴族社会で噂の人物が遅れてやってきたらしい。
お、あれが噂の庶民!
貴族の学校に謎の特待入学をし、入学した途端に高位貴族たちを骨抜きにし、最後には第3王子の婚約者の座を手に入れてたと有名な!
一度そのテクを学んで勉強したいと思っていたのよね。
隣のフェルがなぜか嫌そうな顔をしているが、よく見ると彼女は結構な幼顔。
「なんて顔しているの? あなた好みの幼女じゃない」
「エイダお嬢様。俺を勘違いしていませんか? 俺はロリコンじゃない。結婚せずに娘だけが欲しい、しがない普通の男なんです」
「いい男が娘娘連呼するのって、恥ずかしくない?」
「恥ずかしくないです。女女連呼するやつらよりも、よっぽど崇高で純粋ですっ」
「しー! 私まで変態と見なされるからやめて!」
思わず扇子を広げて押しつけ、護衛騎士の口を塞ぐ。
時々こうして暴走するから、放っておけないのよね。
冷や汗をかきながら、周囲を見渡した。
確か、私をカラデス様に紹介してくださるチャタレイ公爵夫人が、左のバルコニーの近くにいたはずなのだけど……。
そこに、会いたくない人物が現れてしまった。
「おや、エイダ。相変わらず氷の騎士と仲良しで妬けてしまうね」
なんとなく言い方が粘っこい、見た目も頭もいささか品の悪い、ドーエス侯爵の次男で放蕩息子のライルだ。
昔からこいつは私に絡んでは、セクハラばかりをする。
幼い頃は婚約話もあったのだが、私が泣いて嫌がり話は流れた。
成長するに連れてライルの素行の悪さも有名になったので、再度婚約話は浮上する心配はなくなった。
だが、私が舞踏会にデビューした14歳からずっと、ライルは私にしつこく絡んでは、狙った相手のとの仲の邪魔をする。
今日も似合わない白いタキシードを来て、私ににじり寄ってきた。
目の端に今日の舞踏会の真のパートナー、チャタレイ公爵夫人の露出多めで艶やかなドレス姿が映る。
あ、ハンドサインで「やるわねあなた」ってされた!
ちがいます、誤解ですから!
「エイダ。いい加減に機嫌を直してくれないか」
ライルが何を言い出すのか、濃い顔を押し出して私に懇願してきた。近づかないで!
「俺のことを愛しているのに、他の男に気のあるそぶりをして。もう試されるのも限界なんだ。ほら、俺の胸に飛び込んで来いよ」
「やめて!」
両手を広げて迫ってくるので、思わずフェルの後ろに逃げた。
棒のように突っ立っている護衛騎士の後ろから、顔を出して叫ぶ。
「全く愛してないし、好きだなんて一言もいったことがないわ!」
「ふう、本当に君は俺の心を惑わす子猫ちゃんだな。ただ一言、俺に『ごめんなさい、愛します』って言えばいいんだよ」
「本当にやめて! なんでそんな妄想ができるのよ!」
「ほらほら、周りの皆も君の本心からの返事を期待しているよ」
「え……」
周囲を見回すと、好奇心でいっぱいのチャタレイ侯爵夫人に、ライバル窮地を見て笑っているマリーとキャロル。
噂の庶民も、第3王子の視界から外れたところで、可愛い顔に嘲笑を浮かべている。
「なあに、修羅場?」
「あれってノーマル伯爵家のエイダ様じゃない?」
「放蕩息子で有名なライル様と、しょっちゅう痴話喧嘩しているんですって」
「4年前からやってない? あの人たち。懲りないわねえ」
「それなのに舞踏会で男漁りかしら? 節操がないんじゃなくって」
「ふしだらね」
「さっさとあの次男坊と結婚して、舞踏会から居なくなればいいのにね」
そして、縋るようにカラデス様とニコ様を探すと、2人は肩をすくめて私に呆れていた!
また婚活は失敗なの!?
舞踏会デビューをして苦節4年。
あの2人を逃したら、本当に私、自分に合いそうな結婚が出来なくなっちゃうかもしれないのに!
弟が慌てて駆け寄ってくる。
「姉さん、まずいよ。今日は馬鹿ライルがあちこちに『俺のエイダとの日取りについて』って言いふらしていたんだって!
今姉さんがライルを振り切っても、悪い噂ばかりが残っちゃうよっ」
めまいがした。
ライルはにやにやと悪辣な笑みを浮かべ、「良かったな、みんな祝福してくれるってね」と、更に一歩一歩近づいてくる。
そこに救いの救世主!
ライルの常識人の父親、ドーエス侯爵が飛び込んできて、真っ青な私の顔に状況を察してくれた。
「ライル! お前何をやっているんだ」
「やあ父さん。もうすぐ孫の顔も見せられるよ」
「女性の意思を無視する結婚は、侯爵であるわしが許さないと言ったはずだ!」
「それがね。もう王からも許可が得られるんだ」
「なに?」
ライルはくいっと顎を王族に振る。
正しくは、第3王子の腕に寄りかかっている庶民にだ。
「彼女、王のこれなんだよ」
ライルはキザな仕草で小指を立てる。
まさかの愛人ですか!?
親子共々、手の内ですか!?
今この状況でなければ、どれだけ庶民を尊敬したか分からない。
しかしこの場合、彼女は私の味方ではなさそうだ。
「やっぱり。あいつは女どもの中でも一際黒い蔭が見えていたんですよ」
でくのぼうだったうちの護衛騎士が、冷たい声で呟いた。
————黒い蔭?
私の疑問を抱く横で、ライルは自慢げに語り出す。
「あいつは俺とも良い仲でな。彼女が王に許可を貰ってくれたのさ」
ライルにも手を出したの!?
……いやあ、それは悪食ではないかと。
というか、許可って……。
「結婚の許可!?」
「当たり前だろう? これで俺とお前は夫婦になるのさ……。本当に待ったよ、子猫ちゃん」
「私は私が結婚に最適と思った人がいいの! だから婚活を頑張っているの! あんたはその対極よ!」
私の主張に、ライルの機嫌が悪くなり、口調ががらりと変わる。
目つきが凶悪に変化した。
「好かれた男に尽くすのが、女の生き甲斐だろうがよ」
「自分が好きになれそうな殿方ぐらい、自分で探すわっ。選ぶ権利はこっちにもあるの!」
「上から目線でものいってんじゃねえよ。男から選ばれないと生きていけない生物の癖してよ」
ライルがつかつかと私を捕まえようとする。
いや!!
その手は、がしりと護衛騎士の手に阻まれた。
「何をする。雇われ騎士風情が」
「別に? 護衛をしているだけですが?」
「将来の夫が、妻に何をやったっていいだろう? 離せ」
「それは困りますねえ。彼女は昔、俺の娘にしたかったんですよ」
「はあ?」
力任せに拘束を外そうとするライルの腕を掴んだまま、フェルはうっとりと陶酔の表情を浮かべて語り出す。
「彼女に出会った時、残念ながらすでに彼女は4歳でした」
元々外国の出身で、人の念が見えたりといった特殊な力で栄えていた家に生まれた。しかし国の政変により、実家は政治的に立場が危うくなる。
特に自分は、血統による悪意や汚れといったものを透し視る能力が格段に優れていたために、一時は命も狙われた。
そうして命からがら亡命し、縁あってたどり着いたこの国。本当は貴賓扱いで、離宮に住むことになっていた。
自分の能力が強力過ぎる故に、人の悪意や汚さが見えてしまう辛さ。
人から与えられる愛情も、誠意も全てが黒くぼやけ、絶望を感じていた。
しかし、王に紹介される予定で出席した園遊会で、運命の出会いを果たす。
「エイダお嬢様の周りだけが、輝いていたのです」
男も女も黒い蔭が渦巻く世界に、一人。
トコトコとペロペロキャンディーを掴んで歩いてきた、白く汚れのない小さな女の子が、俺を見て首を傾げた。
『パパ?』
————その瞬間の。心臓が飛び出て、頭が沸騰し、全身が崩れるかという虚脱感。
「おまえ、変態じゃねえか!」
「あの年頃だと、あまり会えない親族と他人と間違えたりするよね。僕たちのパパ、昔は留守がちだったし、銀髪だし」
「あの時に『パパ、おちゅかれ。これあげゆー』と輝くオーラとともにもらったキャンディーは、今も大事にとってあります」
「というか、それ、幼女の食いかけじゃねえか!」
男たちの声が聞こえる一方で、私はフェルの告白に胸がドキドキし始めていた。
もしかして、それって私のことを昔から好きだったってこと……!?
「あのフェル、それって」
「でも無理です」
ばっさり、切られた。
唖然とする私を、もの悲しげに眺め、フェルが言う。
「私、将来黒く汚れるかもしれない女性に、声を掛ける勇気なんてないんです」
「いや、なんで俗物の姉さんが白く見えるのか不思議なんだけどさ、これでも白いのなら、もう黒くはならないんじゃないの?」
「信じられません……。女は皆、裏切るものなのです」
気が付けば私たちの周囲は、すっかり静かになっていた。
「だから、せめて。汚れのない子供を。『パパ』って言ってくれるかわいい娘がいれば……」
「はあ。僕が言うのもなんだけどさ。それなら誰かに生んで貰えば?」
「女は黒い……! 近寄れません」
「じゃあ養女でも」
「女は子供でも聡い……。私を見て、あ、ロリコンだって思っているのが分かるのです」
もう誰も、何も、突っ込めなかった。
このどうしようもない潔癖野郎に言う言葉は、誰も、持たない。
弟が呆れた顔で、私を見る。
「姉さん……。姉さんの周りってヤンデレが多いよね。それってなんなの? 病気なの?」
「知らないわよ……神様に言ってちょうだい。そういう意味なら、あんたも気を付けることね」
「え!? まさか」
バキリと、音がした。
床にはライルが伸びている。
手を叩いて埃を払ったフェルがさて、と私を振り返った。
「これで、すっきりしましたね。王族もこいつの味方になりそうですし、いい機会です。私は国外に出て行こうと思います。
同じくこのままこの国にいたらお先真っ暗な、エイダお嬢様もご一緒にどうでしょうか?」
「え?」
「お嬢様はいつも婚活婚活とおっしゃられてましたが、どうせチャレンジするのならば、何もこの国に拘ることはないでしょう?」
思わぬ提案だった。
この国の外?
「私の国に行ってみませんか? そろそろ国情も落ち着いていますし。
そして、じっくりと外の空気を吸うんですよ。
そうしてから結婚するもよし、むしろ実力で爵位や財産や愛人を掴むもよし。うちは実力主義ですからね」
ほんの少し前まで私の護衛騎士だった男は、私に手を差し出す。
「目の前のことばかりに拘泥していたら、それこそ早くババアになりますよ」
フェルの提案は目から、鱗だ。
自分で婚活するのなら、何も土地に拘ることはない。
どこまでも、これはと思うものを探せばいいのだ。
納得できそうなら、そこでようやく飛び込めばいい。
それ以外の道だって、もしかしたらあるのかもしれないし。
少なくとも自分で選べる分、最悪よりはましだ。
未来の想像図に、胸が高ぶるのを感じる。
「なにそれ。……面白そうじゃない」
「姉さん!?」
私はフェルの手を取った。
この変態に、掛けてみるのだ。
「私が黒くなるのか白いままなのか、ちゃんとその目で見ていてよ」
「いいですよ。どこまでもおつき合いいたします」
しっかりとその手を握る。
もちろん未来の可能性の中には、こいつに娘を授けてやるというのもアリだな、と思いながら。