未定
Ⅰ
昼休み、ある席の周りに人が集まっていた。黒姫冷亜の席だ。
その中心で冷亜は、周りの視線を気にせず溜め息をつく。周りの質問責めにより疲れきった彼女は、自身の感情を示そうと行動していた。
「戻ってもらえないかな。疲れた」
しかし、冷亜の一言でどうにかなるわけではないようだ。誰一人として戻ろうとしないのだから。
「あぁ、もうっ……」
暫くの間、冷亜は疲労を蓄積していった。
Ⅱ
HRが終わり、数多の生徒が教室を後にする。
休み時間の度に人が集い質問責めにあっていた冷亜の周りにも、話しかける者はいない。
冷亜は現在、気だるげそうに机に突っ伏している。余程疲れているのか、今にも目が閉じかけている。
「黒姫さん、大丈夫?」
突然、冷亜は声をかけられる。
冷亜が瞬きを繰り返す目を擦りながら声のした方へ向くと、声の主らしき少女が心配そうに見ていた。
その少女は冷亜の隣席にいた。
「疲れてる、よね?」
「別に、大じょ………」
答えようとしたところで冷亜の意識は途絶える。
冷亜の体は、少女の方へ倒れ、ある地点で止まる。
「ふぇ!?黒姫さん!?」
ある地点。そこは、少女の膝上だった。
「寝てる、の?…………どうしよう?」
当然、少女は困惑した。
だが、冷亜は少女の困惑などに構わず眠り続ける
「まぁ、仕方ないか」
少女も状況を認め、膝上の冷亜を撫でる。
「眠ってる黒姫さん、可愛い……」
Ⅲ
沈みかけた夕陽の光が差し込む教室。時計の針が時を刻む、小さな音と動きだけが存在せし部屋の中に、新たな音が生まれる。
「んんん…………」
細く弱々しい、けれども部屋全体に響き渡るような声だ。
「私……寝てたのか?」
声の主、黒姫冷亜が寝惚け眼を開ける。
そして、目の前に見えるものと顔に伝わる感触に違和感を覚えて飛び起きる。
「痛っ」
冷亜が頭を動かし始めると同時に聞こえた声は、彼女のものではない。だが、声の出所も理由も彼女にはわかっている。
「悪い。大丈夫か?」
何故なら、理由は冷亜が作ったのだから……。
「あはは…大丈夫だよ」
笑いながら答えたのは、今まで冷亜に膝を枕のように使われていた少女。
「寝た上にぶつかって…悪かった」
声の理由は、冷亜が言った通り少女にぶつかったことだ。
「えっと……名前、教えて貰ってもいいかな?」
「橘舞桜です。これからよろしくね、黒姫さん」
Ⅳ
沈みかけた夕陽の光に照らされながら、二人の少女が歩いている。冷亜と舞桜だ。
「言っちゃ悪いけど……黒姫さん、怖い人かと思ってた」
「そう、見えるか………?」
教室を出て廊下を歩きながら、二人は話し合っている。
「うん………ごめんね」
「いや、大丈夫……」
徐々に沈黙が増していく。しかし………
「あっ!黒姫さん、ここが視聴覚室だよ」
その空気を打開しようと、舞桜が冷亜へと言う。これまでの道中、クラス教室以外は同じようにしていたこともあり、自然に空気の流れは変わる。
「視聴覚室か………あまり使い道は知らないな」
「そういえば、私も今まで滅多に使ってないなぁ」
「そういえば……」
「どうしたの?」
舞桜が問いかけると、冷亜は立ち止まり、舞桜の方を向く。舞桜も同じようにして、不思議そうに首を傾げると……
「職員室、教えてくれないかな?」
真剣な眼差しで冷亜が舞桜へと問う。
Ⅴ
「ここが職員室だよ」
「……ありがと」
数分経って目的地へと到着した二人。冷亜は面倒臭そうに、舞桜は不思議そうに目の前の扉を見ている。
「職員室に何かあるの?」
舞桜が問う。冷亜が何故ここに行きたかったのか、その訳を。
「ん?……あぁ、ちょっと呼ばれてて……」
冷亜の返した答えは、舞桜へ何か違和感のようなものを感じさせる。だが、舞桜はあえて疑問を口に出さなかった。
「では、私は此所でお待ちしています」
「ありがと……」
そして、冷亜が入室する。
Ⅵ
「来てやったぞ」
職員室に入ってすぐ、冷亜が口に出した言葉は、一人の女教師を行動させる。女は、それまで使用していたPCを閉じ、冷亜へと向かい歩き始める。
「随分時間がかかったようだな。」
冷亜の正面まで来て、女教師が言った。
「色々あってな………」
「まぁいい、ついてこい」
女教師に言われ、冷亜は彼女の後を追い、歩く。そして、隣接する部屋へと入る。
「それで、私に何のようだ?」
扉を閉め、女教師の正面に立った冷亜が問う。
「その前に黒姫冷亜、君は言葉に気を付けた方がいい」
「言葉に……気を付けろ?」冷亜が可笑しそうに言う。
「考慮しておく。それより用件を聞かせろ」
冷亜が話を本題へ戻す。そこで二人の目が少し鋭くなる。
そして―――
「黒姫冷亜、君には生徒会の下で働いてもらう」
女教師が冷亜に告げる。
「嫌だ」
それを聞いて、冷亜が一言で答えた。
「クックク、ハハハッ」
女教師が突然笑いだす。
「何が可笑しい?」
「ハハハッ……君に拒否権があるとでも?」
女教師が冷亜との距離を近づき、掌を振り上げ、振り払う。
「痛ッ!!」
冷亜の頬へ衝撃が走る。
「何を……!?」
冷亜が女教師を睨み上げる。すると―――
「くっ………」
今度は逆の頬へと痛みが来る。
「私に逆らえば、お前は此所にはいられなくなるのだぞ。それが、まだわからないのなら」
女教師が蔑みの視線とともに言い、また掌を振り上げ―――
『やめなさい』
突然、二人以外の声が部屋に響く。
「なっ、お前は……!?」
「今すぐに黒姫さんから離れなさい。さもないと……」「……橘さん?」
冷亜が振り向くと、そこには橘舞桜が立っていた。しかし、先程までとは全く違う雰囲気だ。
「理事長の娘だからと言って、何が出来る?」
「父と母が居ない間であれば、どんなことでも」
舞桜からは、仄かな殺気さえも感じられる。それほどまでに、違って見える。
「くっ………」
「今日は、これで終わりです。いいですよね?」
「あ、ああ……」
女教師が圧され気味に答える。
「黒姫さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ……」
冷亜も女教師と同じように答える。
「よかった!」
舞桜が笑顔を作る。何一つ違和感のない笑顔だ。
「じゃあ、帰ろうか」
「そ、そうだな」
冷亜と舞桜が退室した。
Ⅶ
「どうして……来たんだ?」
廊下に出てから、恐る恐る冷亜は問いかける。
「全部、話しますね。まず、私は理事長の娘なんです」
「ああ、それはさっき……」
「それで、私の両親が居ない間は代理を任されているんですが……教師側に色々ありまして……」
舞桜の声は段々重くなっていく。
「私に対して批判的な人も多くてですね……。職員室には監視カメラを付けているんです」
「監視カメラ……?」
「そう、それで……全部見てたんです。……ごめんなさい」
舞桜が謝る。本当に、申し訳なさそうに。
「いいや、ありがとう」
だが、冷亜は舞桜へ感謝の言葉をおくる。舞桜を真っ直ぐ見つめて。
「私は……何も……」
舞桜は少し照れたように言って、頬を赤く染める。
「それより、もう一ヶ所案内してもらえるかな?」
冷亜が、舞桜へと頼んだ。今日最後の案内を。
Ⅷ
「まさか、同じ部屋だとは……」
舞桜に案内され、学生寮へと来た二人は、同じ部屋に入った。そう、同室だったのだ。
「そうか……今日から黒姫さんと二人か……」
「嫌だったか……?」
その問いに対して舞桜は――
「嬉しいよ。これからよろしくね、黒姫さん!!」
笑顔で答えた。