初めてのおしゃべり
私は決して賢い方ではなかったけれど、このお屋敷でうまく生きていくすべは自然と身に着けていた。
みんなに違和感を与えないように、主様に異変を気づかれないように、私は無邪気に笑い、子どもらしく振舞い、それでいて主様の目に留まらないようにひっそりと静かに過ごしてきた。
そのため、主様のお茶会に招かれるメンバーはいつもコロコロと変わるけれど、私は一度も誘われたことはない。
彼と関わることも避けていた。主様は彼の全てを把握しようとする人ではないけれど、万が一にも彼と話す姿を見られてその果てに目をつけられたらおしまいだ。
だから主様のお気に入りである彼と関わりを避けるため、私はいつも細心の注意をはらい、彼の視界に極力入らないように努力してきた。それなのに。
「遊ばないの?」
それなのに、突然木陰から姿を現した彼。
客間の窓辺にいた私は、突然の声にギョッとして何と返事をすればいいのかも分からない。
「何をしているの?」
遊ばないのかと私に問うならあなたも遊びに行けばいいのに、と思うものの黙り込んでしまっている私のもとへと彼はさらに近づいてきて窓枠にたどり着いた後、私の手元と机に広げられたものを交互に見ながら不思議そうに首をかしげた。
たったこれだけの動作なのにどこまでも品を感じさせる人だと思う。
「それは何?」
重ねられる質問。いつまでも黙ってはいられない。私は頬を染めるでもなく、青ざめるわけでもなく、ただ普通に、へたに印象を与えないようにできるだけ普通を装って、ニコリとわらった。
「これは造花よ」
「造花?」
「つくり物のお花のことよ。これが貴族のひとたちのかみかざりやブローチになるの」
出来上がった1つを手渡すと、彼は受け取ったそれをまじまじと見つめた。
「へえ、とても精巧できれいだね。誰かにあげるの?」
「いいえ、これを作ってお小遣いをかせいでいるの」
お小遣いを、と、少年は大層驚いたようだった。
私たちお屋敷の住人は決して貧しいわけではないが、何でも好きなものを買えるほど裕福でもない。だから時々、欲しいもののためやプレゼントを用意するために内職をしてこづかい稼ぎをすることもある。
しかしこの反応からして、やはり彼は裕福な家庭の人だ。きっと欲しいものは小遣い稼ぎなどしなくても手に入れることができたのだろうし、そもそも普段の生活において子どもがお金を稼ぐ必要などなかっただろう。
「どうしてお金を? ほしいものでもあるの?」
彼は私が渡した完成品をこちらへと返しながら、6つめの質問を重ねた。
「ええ、ひみつだけれどね」
「教えてくれないの?」
「私だけしか知ってはいけないの」
「誰かがそう言ったの?」
「私がそう決めたのよ」
「不思議なひとだね、きみは」
「そうかしら」
「僕はシャロン。きみは?」
「私はアミディア」
「アミディア? それが名前?」
「ええ、そうよ。変?」
予想外の反応をされたからただ純粋にそう問いかけてみると、彼はあまり聞かない響きだったから不思議に思ったのだと曖昧に笑ったあと、窓枠にひっかかった黄色い落ち葉を拾った。
伏せられた睫毛が、何か物思う様子ではあったけれど、深入りはしない方がいい。仲良くなるわけにはいかない。私は黙ってその様子を見ていた。
「それにしてもここは静かだね、誰もいない。落ち着くなあ」
彼は少し遊び疲れたのだと言った。だからここで休もうと思う、と。
どうせならどこかに座って休めばいいのに、ここではないどこかで、ほら、ローザたちがいつもおままごとをしている場所のそばにはベンチがあるはずよ、とは言わなかった。今は主様が外出中とはいえ、なるべく会話をしたくなかったからだ。
「ここにいてもいい? 邪魔はしないから」
「…どうぞ」
窓越しの会話。相手が私ではなくてフェリシカならまるでおとぎ話に出てくるお姫さまと王子さまのようだったろうな、と頭の端で考える。
綺麗なすみれ色の瞳。彼の瞳は主様をどのように映しているのだろうか。
少しずつ冬へと移ろい始めた景色は蜜色に染まり、緑色の窓枠がよく合う。そしてそれに肘をついて木の葉をもてあそぶ彼は、木枯らしの妖精のようだった。
柔らかな髪に秋風を絡めて、綺麗な指先で落ち葉を巻き上げる無邪気な木枯らしの妖精。まるで絵本の世界にいるよう。
次のアロイス。主様の新しいお人形。
どうか、美しいあなたを見捨てる醜い私を許してください。