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お屋敷での生活

 このお屋敷に、大人は主様しか住んでいない。そしてそんな主様は昼のあいだはお屋敷にいないため、料理や洗濯を含めた家事全般は子ども全員が協力して交代で行っている。

 ただ、交代と言っても5歳もいれば14歳もいるため、それぞれの年齢に合った役割を最年長者たちが私たちに割り当てている。例えば料理においては調理が年長者で、私たちは食材の下ごしらえ、年少者は配膳といった具合だ。


「シャロン、そんなんじゃ実がなくなってしまうよ」


 彼はお屋敷の一員として迎え入れられてからすぐにその環境に溶け込み、みんなと仲良くなったようだった。


「ごめんね。包丁のあつかいがどうもまだ分からないんだ」


 たぶん彼は今までこのような手や服が汚れる仕事をやったことがないのだと思う。綺麗な発音をする少年。もしかしたらこの屋敷に来る前はどこかの貴族のご子息だったのかもしれない。

 普段は上品に食事をしているけれど、私たちが作った手造りの料理が彼の口に合っているのかどうかは謎だ。


「あんまり力を入れずにむくんだ、あ、だめだめ、親指を立てていたら怪我をしてしまう」


 きっと家事なんてしたことなかっただろうに。一生、窓ガラスの土埃や野菜についた泥なんて触ることなく綺麗な手のままで過ごすはずだったろうに。


「あ、そうなんだ、なるほど。ありがとう」


 けれど彼は文句も不満も言わず、自分の与えられた仕事を全うしようとしていた。純粋なひとなのだと思う。一生懸命なその横顔は無垢で美しい。


「怪我には注意してね、シャロン。あなたの手に傷がついたらその時はカラヴァさんが大慌てなんだから。大切なお茶会のメンバーだもん、もしかしたらシャロンを部屋に閉じ込めちゃうかもしれないわ。外にいくと怪我をしてしまう!って」


 ジャスミンが冗談めかして彼に笑いかける。それに周りのみんなもそうだねと賛同するからか、彼は少し困ったように笑った。


 彼は、カラヴァ・ヘデラ――主様のお気に入り。

 主様の大切なお人形。

 次のアロイス。

 私の予想に反することなく、彼は一人部屋をあてがわれ、主様の催すお茶会の常連になった。ご本を読んでもらっているのかは知らないけれど、随分と大切にされているのは誰が見ても明らかだった。

 けれど私を含むお屋敷の子どもたちはみんな、彼の特別待遇に不思議と妬んだり悔しがったりはしなかった。むしろ愛らしくかけがえのない存在として彼を好んだ。彼が笑えばそれを見たみんなも微笑むし、彼が花を摘めばみんなで花瓶に生けて楽しく眺める。彼が掃除で失敗しても誰も怒らないし、むしろ優しく丁寧に指導する。

 それは彼が持っている気品と純真さがもたらしたものであり、また、主様がお気に入りは持つもののみんなを惜しみなく愛し笑顔を与え、そして私たちを、他人を受け入れることを厭わない人に育てたからだと思う。


「ポピー、お湯沸いた!」

「よし! じゃあ今つくったものを茹でようか!」

「ゆで時間は?」

「“ごはんの準備の歌”が終わるまで、くらいかな?」

「こっちの料理も後は盛り付けるだけよ。よーし! ちびっこたち、テーブルにお皿を並べてきてちょうだい!」

「もうおひるごはん、できたの?」

「そうよ。じゃあみんなで“準備の歌”を歌いましょうか」

「はーい」

「いくよー、さん、はい」


 お屋敷はいつもみんなの歌声と笑い声であふれていた。光り輝き、幸せに満ちた温かな空間がつねにそこにはあった。

 そこで生活をしている間は世の中を憂うことも明日を生きるための覚悟も必要はなく、影などないようにさえ感じた。

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