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迷路の先

 本当に行くの? 何度そう尋ねても、彼は頷くだけ。

 私たち二人きりで? そう聞けば、彼は私の首に大きなマフラーを巻きつけながら、誰にも内緒で、と微笑んだ。


 その日は朝からどんよりと薄暗く、地面に積もった雪も、厚い雲を広げた空も、それを映したお屋敷の窓も、みんな灰色に染まっていた。昨日の晩からとめどなく降る粉雪は、このまま降り続けたらお屋敷の玄関が開かなくなってしまうのではないかと思うくらいだ。彼の手つきを追うようにして伏せていた目を窓に遣り、曇天をガラス越しに見上げる。憂鬱だ。


 お昼ご飯を食べ終わって、みんなが暖かい子ども部屋にあつまるころ。マリーたちにとってはお昼寝の時間だ。私は彼の部屋にこっそりまねかれて、分厚いコートを着せられたり、ふわふわの帽子をかぶせられたり。少しばかりサイズが大きく感じるのは、彼との体格差のせいだろうか。

 どうして貴方のを着る必要があるの? と問えば、私を着付け終わって今度は自分の身支度を始めた彼が、だってきみのより僕のものの方が上等であたたかいもの、とうれしくないことをサラリと言ってのける。確かに私が持っているコートより今着ているものの方が上等だ。マフラーだってこんなに柔らかくない。


「主様にいただいたの?」


 鏡の前に立ってくるりと一回転をした後、彼の方へと向き直る。


「そうだよ、彼はなかなかお金を持っているみたいだね。彼にもらったコートがまだクローゼットに3着もある」


 するするとボタンをはめるしなやかな指。うつむく彼の長い睫毛。こんなに陰気な日でも彼は全ての行動を優美にこなし、立ち振る舞いは未だ貴族のご子息の影をなくさない。シンプルな装いにもかかわらずこれほどまでに美しいのは、主様がわざわざ彼に似合うものを選んでいるのか、それとも彼が何を着ても似合うのか。もしかしたら両方かもしれない。

 羨ましい気持ちを抱きながらぼんやり見つめていれば、ふいに視線がすみれ色の瞳とぶつかり、それに一瞬驚いた顔を見せた彼は手を止めて目元を和らげにこりと笑んだ。

 ああ。こんなに優しい表情ができる人なのにどうして。どうして、彼はときおり強烈な負の感情をむき出しにするのだろう。


 いこうか、と手が差し出される。

 それを見つめて思案していると、彼は困ったように笑った。


「そんなに不安そうな顔をしなくてもいいのに」

「だって…」


 出掛けるぶんには構わない。私だってときどき内職で作った商品をお金と引き換えに街へ行くくらいだから、街へ行くのに抵抗はない。二人で、というのが問題なのだ。主様は今日も朝早くから出掛けたからまだいいとしても、フェリシカやローザ、デイジーたちが私や彼を探したらどうしよう。

 私たちが二人で街へ行っていることがみんなにばれたら?

 フェリシカやローザは嫉妬し、その騒ぎが主様の耳に入れば、主様のお気に入りに手を出した者として私は消されてしまうのではないか。

 それに私はやはり彼に触れるのが怖い。彼の手を握って、私はミイラになってしまいやしないだろうか。


「大丈夫だよ。いままで僕たちが二人きりで会っていたのを誰か知っている人はいるの?」

「…分からないわ」

「きみはこの時間、たいてい一人でいるし、僕だって長い間みんなの輪からはず

れていることがあるけれど、何も言われたことがない。大丈夫だよ。行こう」


 いつまでも動かない私の右手を颯爽と攫うように取り、彼が部屋の扉を開ける。一瞬ひやりと背筋が凍る思いだったけれど、今度も私は朽ち果てることなく――

 彼はどのようにしてバラを枯らしたっけ。

 あの冬を思い出しながら引っ張られるままにお屋敷の広い廊下を歩いているあいだ、不思議と誰にも出会わなかった。

 こっち、と、ときどき彼は呟き、赤い扉から西へ向かって3番目の柱、花を持った女の人の絵が飾られている手前の角を曲がるんだよ、と、まるで私に道順を教えこむように迷路のような通路を歩く。普段あまり行かない場所だからか他所のお屋敷へ来たような不思議な気分だ。こっそりと二人で歩くお屋敷の薄暗い廊下。着なれていないコートが少しだけ重く、大きなマフラーが鼻をふさいで気持ち息苦しい。


「それで、ここを曲がったら、突きあたりの奥から2つ目の部屋。この部屋に入るんだ」


 きい、とゆっくり開けられた扉の向こうは、あまり使われていない普通の客間。


「入って右手の壁に見える扉があるでしょう? そこの向こうは書斎だよ。いこう」


 私たちは何をやっているのだろうか。お屋敷の探検? 彼は街へ行きたいのではないだろうか。頭の中に疑問符を浮かべながら右肩のほうで聞こえる声を聞き流し、手を引かれるままに部屋を横切り、扉の前に立つ。

 またしても静かに開けられた扉の向こうは、確かに彼の言うとおり、今は使われてはいない様子なものの小ぢんまりとした書斎が広がっていた。


「それで、あそこの扉。あそこが秘密の通路だよ」


 あまり見たことのない書斎に目を奪われている私の手を引いて彼はまた違う扉へと歩み寄り、かたりと扉を開ける。

 そこに広がるのは雪景色。外へと続く扉。そこから見える灰空の下にひろがる雪と、白をかぶった木々。

 驚いた。今まで5年間ほど住んでいたけれど、こんなところに道があるなんて。

 雪が降っていて道が見えないものの、林の中にぽっかりと空いた道筋を指さして、彼は言った。


「ここから街へ行けるんだ。さあアミディア、エディ・ヘデラにとっておきのプレゼントを用意しに行こう」

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