新しい友だち
お屋敷に変化が訪れたのは、何の変哲もない秋の夕暮れだった。
「いいかいシャロン、君は今日からしばらくここで暮らすんだよ」
応接間の扉越しに聞こえてくる主様の声に、私たちは息をひそめて耳を澄ます。
「しばらく? それは、おとうさまとおかあさまもご一緒ですか?」
「いいや、シャロンのお父様とお母様は遠くへ行ってしまったんだ。それで、僕が君をしばらく預かることになったんだよ」
よろしくね、と主様が優しく囁く声に、私の周りにいた友人たちは応接間の人物に気づかれないよう静かに喜んだ。
このお屋敷に新しい住人が来た。新しい友達が増えるのだ。
それはここではさほど珍しいことではなかったけれど、プレゼント用に包装された箱を開けるときに似たワクワクがあった。
それに遊び相手は多い方が楽しい。
私たちは浮足立ちながらもこっそりと子ども部屋に戻って、新しい友達はどんな子かと思いを巡らせ、そしてこんな子だったらいい、こんな遊びは好きかしら、と嬉々として語りあった。
私たちが住んでいるこの大きなお屋敷には、私を含め41人の子どもがいる。それも今日で42人になるようだ。
年齢は5歳から14歳までバラバラで、みんな血がつながっていない。みんな主様に連れてこられた。それは私も例外ではなく、今から4年前の5歳のころ、主様に連れられてこのお屋敷へやってきた。
ここに来る理由は人それぞれで、先ほどのように親が遠くにいる間だけ預けられている子どももいれば、いま私に話しかけている友人のように災害孤児として拾われた子どももいる。
主様は子どもが大好きな慈悲深いお方で、行く当てを失った子どもや、家庭の中で孤独に苦しんでいる子どもを見捨てることができない。
そんな主様に育てられたからか、私たちも次々と来る新しい友達を何のためらいもなく喜んで迎え入れるのだった。
新しく来た友達と私たちが正式に顔を合わせたのは、夕食の時間だった。
食事の準備をし、全員が着席を終えたダイニングに、主様はいつもより上機嫌な様子で現れた。
傍らに、それはそれは綺麗な男の子を連れて。
「シャロン・ケルクジュール・レヴナントと申します」
あふれる気品、やわらかい声。あどけない笑顔を添えて自己紹介をした彼は、まるで職人が丹精込めて作った人形のよう。
その美しさに食事を前にした誰もが空腹など忘れて魅入っていた。ほう、とため息をつき、シャロンと呼ばれた彼の一挙一動に夢中になっている。それは私も例外ではなく、私の瞳に映る彼は何もかもが輝いて見えた。
けれど、ふと。
彼の幼く円い頭を優しくなでる大きくてふくよかな手を辿り――ひじ、肩、首――そしてそのさきにある主様の表情を見て、ぞくり。私は戦慄した。
彼は、次のアロイスだ
今日からこのお屋敷に住む、新しい私たちの友達。どうやら私より一つ年上らしい彼は、きっと私たちとは違い一人部屋を与えられ、主様の催すお茶会に招待されるのだろう。主様と語りあい、上品な香りで包まれた焼き菓子をつまんで。春の晴れた日には穏やかな日差しを浴びながら主様にご本を読んでもらうのだ。
そして彼は、その美しさを永遠に損なうことなく主様の傍で微笑み続けるのだろう。
震える手をテーブルの下に隠して、必死に口角をあげる。私は上手に笑えているだろうか。
主様の三日月に歪められた瞳の奥で狂気を孕んだ悪魔が舌なめずりをしていることに、一年前の私なら絶対に気づくことはなかっただろう。
窓の外では、空が綺麗な橙色に染まっていた。