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四十而不惑

五十路間際男、語りて曰く


海外出張から帰ってきた日、混雑した朝の駅で思わぬ人に会った。


その人は馴染みにしている古書店の客で、店主に紹介される以前から見かけていた女性だった。名前を秋津京さんと言う。

それ以来時々店で顔を合わせることがあり、他に客が来ないのをいいことに、店主の漆野を入れた3人で古い本や画集、作家について話をすることもしばしばだった。



「よかったね、漆野。」

「何だ、突然。」

「秋津さんに怖がられなくて。」

「は?」

話し上手でもなければ愛想もない、決して商売人に向いているとは言えない友人だが、秋津さんとは親しくしているようだった。さらに珍しいことに漆野もまた彼女のことを気に入っているようで、興味のありそうな本を紹介したり、時には饒舌に語る姿も見られた。

だが秋津さんの変化に富んだ表情や反応、本の話を嬉々として聞いている姿を見れば、漆野の珍しい様の理由も頷ける。


「この前道を聞きに来た若い女性の対応に出たら、その人、お前の顔見て怖くなって逃げちゃったんでしょ?」

「え、」

「保坂!てめぇ余計なことをペラペラと、」

「嘘じゃないし」

「店主さんは…確かに雰囲気は怖いけど、親切でとっても良い人ですし、人は見かけじゃないと言いますし…」

思わずそう口にしたはいいが、外見に関してはあまりフォローになってないと気づいた彼女は、どうしたものかと慌てはじめる。

長年付き合って来た友人をそう評価されて悪い気はしないし、彼女の優しさが伝わってきて、心が暖かくなるのを感じた。


「良かったねー漆野。」

若い女性に懐かれるなんてそうあることでもないだろうとからかうと素直に認めはしないが、満更でもない様子だった。



そして人々がせわしなく行き交う朝の駅でスーツを着込んだ彼女の姿を見た。

服装や髪型がいつも古書店で見かけるものと違うが、それよりも彼女の纏う雰囲気は研ぎ澄まされた鋭利さを含んだものだった。しかしそれは声をかけてみれば、店で見かける春の日のような穏やかな雰囲気へ変わる。


最初に彼女を認識したときに感じたその違いは相変わらずのようだった。

そもそも女性は化粧の仕方ひとつで印象に大きな変化をつけることができるが、それだけではない何かが彼女にはあるのではないかと思っている。



荷物を置いてから友人の店へ顔を出すつもりだったが、朝のこともあって、その日は駅から直接足を運んだ。

「どうした荷物もそのままに。急用か?」

「いや、そういう訳じゃないよ。ただ何となくね。」

「ところで保坂、お前、今晩暇か?」

朝の邂逅は更なる邂逅を呼び込むことになった。



+++



「お、珍しい奴がいるな。」

新しく店に入ってきた旧友たちは自分を見るとそう言って皺の刻まれた顔で笑った。

さらに見回せば並ぶ懐かしい顔ぶれ。皆風貌は変われど雰囲気はかつてのままで、大学を卒業して以来全く会っていなかった友人もいたが、すぐに顔と名前が一致すると忽ち数々の記憶が甦ってきた。


やがて話題は仕事の話から家族の話になる。

娘が恋人を連れてきたんだ、結婚するんだと。赤ら顔でポロリと零したのは大学を卒業してすぐに結婚した男だった。

早いなー、切ないなーなんて会話が飛び交う。



「もう四十代も終わるってのにまだフラフラして。独身貴族を謳歌するのはいいが、早く身を固めろ!」

それから話題は仲間内で唯一の未婚者である自分に向いた。

ビールジョッキを勢い良くテーブルに置いて、何処かで聞いたような説教が始まる。


どうにか話を逸らそうとするが、悪酔いした連中の勢いは止まらない。

「昔っから一番モテてたのは穣太郎だったのにな。分からないもんだな。」

「今だってもてないわけじゃないだろ」

「恋人は?」


「出会いも無ければその必要性も感じないからね。」

お前らしいな、と酔った顔で皆が笑う。だが、大して酔いが回っているわけでもなければ、誤魔化されもしない男が一人。

「出会いが全く無いわけじゃないだろ、保坂」

「漆野、」

余計なことをと思ったがすでに遅し。

逸れたと思っていた話題がまた戻ってくる。



陸人(りくと)の知り合いなの?」

「どんな人?美人系?可愛い系?」

「俺の店の客で顔見知り名だけだ。まぁそこそこ美人だな、歳はまだ25,6だったか?」

いつも良いようにからかわれている意趣返しのつもりなのだろうか、珍しく緩んだ顔がこちらを見ていた。


「彼女は、そんなんじゃないよ」

確かに気になってはいるが、秋津さんと自分の間にあるものは、連中が言うような下世話なものじゃないと自分では思っている。


「へぇー、随分若いのを捕まえたねー」

「穣太郎は学生の頃からの不惑の年を迎えたような男だったからな。」

「ようやく春が来たんだなー」

「しかも若い女か。羨ましい限りだ。」

「だからそんなんじゃないって。」

とは言ってもこちらの話など聞いてやいない。

この酔っ払い連中に何を言っても無駄か。

観念して元凶をもたらした、漆野を恨んだ。




四十而不惑(しじゅうにしてまよわず)

四十歳のことを不惑(ふわく)と言うのは、これが語源なんですね。初めて知りまして、使ってみました。

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