二度あることは三度ある。
その男、出会う
『どこかで会ったことがあるような気がするが、思い出せない。』という経験は最近よくあることだった。
職業柄、人と会うことは多いが、その中で会った人ではないと思う。
仕事以外となると範囲は絞られてくるのだが、如何せん思い出せない。
もう年なのかな、そんなことを考えつつ本を手にレジに並ぶ。
こうした大型書店に長居するのはあまり得意ではない。
人の気配が多すぎて本に集中できないこともあるが、一番は並んでいる本に対して、今すぐにでも読みたいという強い興味が湧かない。
面白そうだと思っても、後で時間が出来た時に読めばいい、くらいにしか思えない。それでも本を買う自分を友人たちは偏屈なやつだと笑う。
その友人たちが店主をしている店になら、いくら主に邪険にされたとしても、何時間だって居座ることができるのに、と心中で自嘲してみる。
そこでふと一つの情景が思い出された。
そうだ、彼女は…
不躾にならない程度にその人を観察してみる。
思い当たる節があり見たが、服装が違うだけではなく、彼女を包む雰囲気が以前とは異なる。
勘違いだったかと思い、目を離そうとしたとき、ちょうどその人は積まれた本を手に取ったところだった。
そのときの一瞬の表情の変化は、あの古書店で見かけたものとまるで同じだった。
数日前、馴染みの古書店で本を探していると、誰かが店内に入ってくる気配があった。
しかしその時は気にも留めなかったが、本を抱えて店主のもとへ向かう時に、その人物が女性だったと気づいた。
「しばらく来ない間に客層変わったの?」
「ふざけたことをぬかすな。」
珍しい若い女性のお客さんのことを茶化すと、案の定、友人兼この店の店主からは悪態がかえってきた。
「そういえば、一か月前にふらっと来て以来よく顔を見せるようになったな。」
「こんなマニアックな品揃えの店に来るなんて、よっぽど物好きなのかな。」
「さぁな。俺にはどっかの変人のように他人を観察する悪趣味なんてないから、分からん。」
「それって僕のこと言ってる?」
「お前の他に誰がいるんだ?」
ついつい他に人がいることを忘れて話し込んでしまってから気づいて、女性の方を見る。
ずいぶん本に集中しているのかこちらの会話などまったく耳に入っていないようで、少しほっとする。
様子を見ていると、考え込むような表情をしたかと思えば、次にはニヤリと笑みを浮かべる。だがそれもすぐに変わり考え込むような表情に戻る。その繰り返しが何度か続いた。
表情の豊かな人だなぁと思った。
着ている服や纏う雰囲気が違っていても、よく動く表情の変化は同じだった。
スーツに身を包み、古書店では下していた髪も今は結び、全体の雰囲気はまるで別人のように鋭い。しかし本を読みながら変わる表情の豊かさは、あの店で見たものと同じだった。
早めに店を出るつもりだったが、立ち読みをするふりをして彼女の様子を窺い見る。
纏う雰囲気の鋭さと、コロコロと変わる表情。
その違いに思わず見入ってしまった。
ふと隠し切れないほどの笑みがこぼれそうになる。
バサリ
口元を隠そうとした時、持っていた紙袋が落ちた。
音に気づいた彼女がこちらを向いた。
反応が遅れた私の代わりに、彼女がそれを拾い上げる。
「ありがとございます。」
受け取った私の言葉に静かに会釈を返した。
その表情は先程までの豊かな表情から一変した凛としたものだった。
本当に表情の豊かな人だ。
それが彼女の第一印象だった。