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一期一会の出会いだから。

その(をみな)、出会う

この古い本の匂いが好きだ。


カビ臭いから嫌いと言う人もいるけど、私にとっては懐かしい匂いなのだ。

幼い頃、入ってみたいと強請って、特別に入れてもらった祖父の家の、あの蔵の匂いを思い出す。

何か素敵な出会いがありそうな、あの雰囲気が好きだった。



安くてお洒落な大手雑貨店、量販店や100円ショップ、さらには居酒屋、カラオケ店まで立ち並ぶ大きな通りから一つ脇道に入ると、コインパーキングや更地の間に古びた建物がポツポツと建っている。

その多くはシャッターを下しているが、中には辛うじて開けている店舗がある。

その一つがこの古本屋だった。


私がこの店を発見したのは本当に偶然だった。

ただでさえ休日は人が多く集まるこの通りがその日は歩行者天国になっていて、イベントが行われていた。

歩道も車道も人で混雑していて、通り抜けるにはかなりの時間と体力を浪費すると判断し、私は脇道に入り、迂回してこの通りの先にある目的地を目指すことにした。

天性の方向音痴が発揮されないうちに、出来るだけ真っ直ぐ道を進むことを心掛けて歩いていると、ふと目についたのが一昔前の雰囲気を残す建物だった。


外から見ただけでは店が開いているのか閉まっているのかさえ分からない。だがシャッターが上がっているのを見る限り、たぶん開店しているのだろう。

見上げると雨風に汚れた看板には『岡古書堂』の文字。

「古本屋さん!」

店の中に入って、どんな本が並んでいるのか見てみたい欲求が自分の中でむくむくと大きくなっていくのが分かる。

しかし仕事中にサボって寄り道をする度胸もなければ、そんな時間の余裕もないので、その日は泣く泣く諦めた。


数日後に休日を使って、あの古本屋さんに行ってみようと思い立った。

何度か迷い、あれは夢か幻だったのかと諦めかけたとき、あの独特の店構えと薄汚れた看板が目に入ってきた。

店に入って本棚を眺めていると、まるでタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。

昔読んでもらった絵本や初めて学校図書で借りて読んだ懐かしい伝記の本、高校時代にみんなで回し読みした恋愛小説。

もちろん新しい本との出会いもあった。読もう思っていたのに書店で見かけなくなってすっかり忘れていた推理小説や一時期大流行したあの有名人の自伝。

そこにはもう、それはそれはたくさんの本との出会いがあった。


台に登らなければ上まで手の届かない背の高い本棚。その下には棚に入らなかった本が見やすいように籠に並べて入れられて床においてある。

狭いながらもどこか落ち着く、そんな空間の居心地の良さと相まって、何度訪れても一日中いても飽きることはなかった。



ある日の休日、いつものように古本屋さんに行くと、店の奥でレジの前に座る中年の男性が迎えてくれたた。

とはいってもいつもこちらをちらりと見ただけで、すぐに視線は手元の本に戻ってしまうのだけど。


その日、店内には私のほかにお客さんがいた。

このお店にお客さんがいるのは珍しいことではないが、その男性のような上質なスーツを着た人を見かけるのは初めてだった。後ろ姿しか見えないが、営業の外回りの時間つぶしに寄ったサラリーマンではないようだ。

しかし得られる情報はそれくらいなので、私は本来の目的を果たすべく、本棚からその本を取り出した。

最近は少し古い歴史小説に嵌っている。図書館や書店ではお目にかかれない作家さんのものもある。


どれくらい時間が経ったか定かではないが、集中力が途切れて周りを見渡す。

店主は相変わらず奥に座ったままだ。あのスーツの男性はいつの間にか消えていた。


まだ名前も知らない貴方と私のはじまりの物語。

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