兄と夕食
夜。夕食の席には珍しく兄たちの姿があった。
珍しい、とは言ったが別に素行が悪いわけではない。むしろその逆だ。
義父であるフェリクシス・ラ・ウォルスリーブと談義しているのは長兄、フロールクス・ラ・ウォルスリーブだ。柔らかそうな焦げ茶色の髪と爽やかな若草色の瞳に、実父譲りの輝くような笑顔と柔らかな物腰をした好青年である。しかも女の子たちが放っては置かないだろうスポーツマンタイプのイケメンだ。だがその本性を知ってるがためにわたしにはただの大変残念な人にしか見えないのだが。
フロルの隣に座り優雅な動作でカップを口元に運んでいるのは次兄、ネルバトルス・ラ・ウォルスリーブだ。くせのない濃紺の髪を肩口で切りそろえ、空色の瞳をした彼はその兄とは対極のようにも感じられる、クールビューティー系の美男子である。こちらもご婦人方にはきゃーきゃー言われていそうだが、やっぱりちょっと残念なところを知っているわたしとしてはただの変人でしかない。
現在、十五歳のフロルと十二歳のネルはふたりともに学術院へ通っている。フロルは来年、十六歳を迎えるとともに卒業することが決まっており、その後は義父の手伝いをしながら仕事を覚えていくそうだ。実地研修というやつだろう。ネルも卒業を待って兄の手伝いをするつもりのようで、今から学術院で予習をしていると言っていた。
見た目と中身が伴わない残念な兄たちだが、家族のことはちゃんと考えているのだ。
「お久しぶりです、フロル兄さま、ネル兄さま。お変わりありませんか」
そう声をかけながら近付こうとすればいち早くフロルが立ち上がる。
「セぇラあぁぁぁああぁ!」
叫びながら突進してくるフロルにとっさに身構えるがそれより早くネルがその動きを封じた。
「うるさいですよ、兄さん」
何がどうなったのかはわたしにはわからないが、床に突っ伏した長兄の上で優雅に紅茶をすする次兄を見て、取り敢えず詰めていた息を吐き出した。
「おふたりともお変わりないようで」
「セラもな。寝込んだりはしていないか?」
ためらいなく兄を足蹴にしながらネルがわたしの前で膝を突く。
「…ネル兄さま、地味に後ろ足でフロル兄さまの頭をぐりぐりやるのはやめてあげてください」
一応の助け舟は出してわたしは席に着いた。隣にディーが、更にその隣に義母が着席し、兄たちも席に戻る。そうして夕食の配膳が始まるのだ。
「セラの食べるものはいつも野菜ばかりだな」
右斜め前に座っているネルがわたしの前に置かれた皿を見ながら呟いた。そこに盛られているオードブルは温野菜とスモークサーモンのグリーンソース和え。わたしはひとりだけ別メニューなのである。ちなみに本日のわたしのメニューはスープにカボチャのポタージュ、メインは鶏肉の香草蒸しだ。これでデザートにベリーのタルトでもあれば文句はないのだが。
別にこの世界の料理が不味いわけではない。確かに甘党であるわたしにしてみれば全体的に辛いかもしれないが、子どもでも食べることができるレベルの辛さだ。
ならば何が問題かというと、この世界の料理は全体的に油っぽいのである。それが悪いとは言わないが、残念ながらわたしの口には合わなかったのだ。
離乳食が終わり初めて固形物を食べたわたしは、申し訳ないことにその場で吐いてしまった。まあ、初めて口にする固形物がステーキってどうよ、そこは普通、果物とかだろうよとは思ったが。おかげでてんやわんやのものすごい騒ぎになりましたとも。食べた肉に毒が入ってたんじゃないかとか、料理長をクビにするとか。その結果、わたしひとりだけ別メニューということになったのだ。まあ元々、前世でも油っぽい料理は好みじゃなかったのでヘルシーな野菜中心の料理になったのはありがたかったけどね。
ああ、もちろん肉に毒なんて入ってなかったし、料理長もクビにはならなかった。こればっかりは体質だからね。
この世界の人々は結構がっつり食べるんですよ、肉を。男だろうが女だろうが、子どもだろうが老人だろうが。そんな中で野菜中心なわたしの食事はひどく異様に見えるのだろう。いうなればホホシロサメが海藻をもっしゃもっしゃしているようなもんだろうしね。うん、わたしだってそんなの見たら自分の目を疑うと思うよ。
しかしこれだけは譲れない。わたしの健康と命のために。
夕食を終えて自室に戻りお風呂の用意が整うのを待っていると兄たちがやってきた。そして開口一番。
「「一緒にお風呂入ろう!!」」
目をキラキラさせながら言う台詞じゃないと思うのはわたしだけだろうか。