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兆し

 スタットは我が子に慈悲の神・セーラの名を取って『セラフィローネ』と名付けた。“神の真名の加護”がなくとも、健やかに、安らかに育つようにと。

 フィリアも同じ思いで、願うような気持ちでいつも彼女の名を呼ぶ。

「おはよう、セラ。ご機嫌いかが?」

 揺り籠の中で自分を見つめる愛しい我が子にフィリアは微笑みかける。“神の真名の加護”を授からないセラフィローネはなんと見目もまた珍しいことに、髪と瞳、ともに漆黒であったのだ。

 黒目や黒髪と呼ばれる色は確かに数は少ないが決して珍しい色ではない。しかしこれほどまでに純然たる漆黒は珍しく、また、髪と瞳が同色であることもその珍しさを際立たせていた。



 フィリアはセラフィローネを抱き上げ、食事の用意された卓へと着いた。セラフィローネはきょとんとした顔で自分を抱き上げているフィリアの顔を見た後、その視線を下腹部へと移した。その動きを追っていたフィリアはセラフィローネが大きくなりだしたお腹をその小さな手で撫でたのに目を見張った。

「セラ、わかるの?」

 まさか、という思いで声を上げたフィリアの顔をやはりきょとんとした表情で見たセラフィローネはまたすぐにフィリアのお腹をゆっくりと撫でる。その動作になぜかフィリアの目には涙が溢れ、ぽろぽろと零れ落ちていった。

 一歳を迎えてなお未だまともに言葉を発したことのないセラフィローネにフィリアは言いようのない不安に駆られていたのだ。まだ月に一度は熱を出すことの多いセラフィローネだけに、その熱が何か悪い影響を及ぼしているのではと気が気でなかったのだ。

 しかし、それがどうだろう。意味がわかっているとは思えないが、それでも意味のある行動を取れるということは、そういうことである。

 フィリアはようやくやっと何かしらの行動を示した我が子をぎゅぅっと抱き締めた。






 セラフィローネは隣の揺り籠の中を興味深そうに覗き込んでいた。最近になってようやくひとりで動き回るようになったセラフィローネにフィリアも不安要素がひとつ減り、少しばかり余裕が持てるようになりつつあった。今も隣で眠る弟をまじまじと見つめるセラフィローネを横目に見つつ、フィリアはゆったりと午後の紅茶を味わっている。

 と、セラフィローネがそろそろと腕を伸ばしているのにフィリアが様子見していると、その小さな指先が更に小さな頬を恐々といった風に(つつ)いていた。何が興味をそそったのか、楽しそうに同じことを何度か繰り返していたが、セラフィローネが飽きるより早く弟であるディーネランスの方が耐え兼ねたように泣き声を上げた。それに小さな体が面白いくらいに飛び跳ねた。

「あらあら」

 思わずといった風に漏れた声とともにフィリアの顔に笑みが浮かぶ。席を立って歩を進め、泣き叫ぶ末息子を抱き上げたフィリアは視線を感じてそちらへと顔を向ける。するとセラフィローネが揺り籠の縁から隠れるようにして半分だけ顔を出し、上目遣いにフィリアを見上げていた。その黒曜石の瞳には自分が悪いことをしたという認識と反省の色が見て取れる。そんな姿を見ただけでもフィリアは心が満たされる思いに頬を緩めたのだった。


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