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加護がないという意味

 フィリアは不安げに赤ん坊の顔を覗き込む。生まれてすでに半年が経過しているが未だに体は弱いままだ。月に何度も熱を出し、酷い時は飲んだ母乳を吐き出すこともある。ひとりで起き上がるどころか寝返りすら未だできない我が子にフィリアは不安よりも恐怖のほうが勝っていた。



 半年前。愛する我が子、セラフィローネが生まれたその日、出産に立ち会った巫女がその場で『祝福』と“神の真名の加護”を授けようとした。これまでふたりの息子を出産してきたフィリアは産後の疲労も気にならないほどにその瞬間を待ち望んでいた。

 巫女の『祝福』はこの世のすべての生き物からの祝福の代弁であり、また、“神の真名の加護”は神々、ひいては世界からの祝福でもあるのだ。

 今までに幾度か聞いた『祝福』の言葉を聞き終え、やっと我が子が世界に祝福され、歓迎される―――その時のフィリアはそう思い疑いもしなかった。

 しかし―――――


「?」

 “神の真名の加護”のための祝詞(のりと)を述べ終えた巫女は訝しそうに眉根を寄せた。戸惑うように数瞬置いて再び同じ祝詞を述べ上げる。どうしたのかとフィリアだけでなく、片づけを始めていた女性たちもが見守る中、突然巫女が驚愕の表情を浮かべた。

 嫌な予感がする。そう思いながらもフィリアは問いかけた。

「巫女さま、どうなされたのですか?」

 フィリアの声で驚愕から我に返った巫女は真っ直ぐにフィリアを見つめ、そしてゆっくりと口を開く。

「お気を確かにもってお聞きください」

 不安に胸がざわめくもフィリアは慎重に頷いた。それを確認して巫女は告げる。


「お子に“神の真名の加護”を授けることができませんでした」


 巫女の言葉にフィリアは己の耳を疑った。


 “神の真名の加護”

 それはこの世に生きるために必要不可欠といっても過言ではないものだ。この世に生を受けたものは“神の真名の加護”なしに生きてはいけない。なぜならば“神の真名の加護”がなければ『治癒』を受けても効果が現れないからだ。『治癒』に限らず『強化』『補助』といった“付加”も受けることができない。それらは“神の真名の加護”の恩恵であるため、“神の真名の加護”を授かっていないものにはその効果が表れることはないのである。


 突き付けられた現実にフィリアは血の気を失った。それを見た巫女は慌てたように続ける。

「誤解なさらないでください。神はお子に加護をお与えにならなかったわけではありません。どういうわけか、与えられなかった(、、、、、、、、)のです」

 巫女の言葉にフィリアは再度己の耳を疑った。そして同時に首を傾げる。困惑気味の表情をした巫女は自らも確かめるようにゆっくりと言う。

「原因はわかりませんが、神がお与えになった加護がお子の魂に刻まれなかったようなのです。 ご存じやもしれませんが、“神の真名の加護”はお子の魂に神自らが刻み込むもの。ですが此度、神はお子の魂に加護を刻み込むことができなかったようなのです。 何かの間違いかと思い繰り返してみたのですが、神ご自身が『刻めぬ』とおっしゃられました」

 驚愕で言葉も出ないフィリアを見て巫女はいくらか逡巡した後、再びゆっくりと口を開く。

「今までにも“神の真名の加護”を授かることができなかったお子はいらっしゃいます。ただ、極稀であり、文献などに残っているものは―――」

 そこまで言って言いあぐねるように言葉を途切らせた巫女は更にいくらか逡巡したが、沈痛な面持ちで意を決したようにフィリアの目を見返す。

「文献などに残っているものでは、“神の真名の加護”を授かることができなかったお子は数年以内に亡くなられています」

 巫女が告げた真実にフィリアは再び血の気を失った。

 幼い体である。体力もなく、恩恵を与えられない状態でそう長く持たないのは想像に難くない。しかしその事実にフィリアは愕然とした。


―――今しがた生まれてきたばかりなのに


 生まれてきたその時に死が定められるとはなんと(むご)いことか。長い間腹の中で眠り、ようやく目覚めることを許されたとたんに死を告げられることのなんと悲しいことか。

 まだ何も知らぬ、何も理解せぬ娘はこの絶望を知ることもなく死んで逝くのかと思うと怒りよりも恐怖の方が勝った。家族と暮らす幸せな日々も、兄たちと外を走り回る楽しさも、愛し愛される愛しさも、何もかも知らぬまま、気付かぬまま死んで逝くのかと。

 零れ落ちそうになる涙をフィリアは必死に押し留める。悲しいのは自分だけじゃない。悔しいのはきっと娘の方だ。この悲しみや苦しみ、悔しいと思う気持ちさえ知らずに死んで逝く娘の方が泣き叫びたいに決まっている。

 ぐっと唇を噛み締め腕の中の我が子を、愛しい娘を見下ろした。先ほどまで泣き叫んでいたせいで白磁の肌は痛々しいほどに真っ赤に染まっている。ちらりと見えた瞳は暗い色をしていたが、髪は何色だろう。女の子だから一緒に買い物にも行きたいな。たくさんのドレスを着せて、ああ、どんな色が似あうだろうか。


 小さな物音と向けられている視線にフィリアは顔を上げた。そこに立つのはフィリアの夫・スタットの姿だった。赤ん坊を抱いたフィリアを認めるとふわりと頬を緩めたがすぐにその表情を改める。

「あなた……」

「どうした、何があった?赤ん坊は無事に生まれたんだろう?」

 足早にフィリアの許へ歩を進めたスタットは静かに寄り添って優しくその肩を抱き寄せると、次いで彼女の腕の中で泣き疲れて眠った赤ん坊へ視線を落とす。その眼差しが愛しさで緩んでいるのに本人は気付いていないのだろう。しかしスタットはすぐに彼らの近くに立つ巫女へ問うような視線を向けた。それを受けて巫女は硬い表情のままに告げる。

「出産に関しましては奥方さま、お嬢さまともになんら問題はございませんでした」

「なら一体何があったのです?」

 焦れたように問うスタットに巫女は一度深呼吸で息を整えると意を決したように口を開いた。


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