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公爵夫人

 

 大丈夫だとは言ったが会場の輪の中に突入するだけの勇気も気力も流石になかったので、現在はネルとディーを伴って大人しく壁の花だ。フロルとお祖父さまは挨拶回りに出ている。わたしから離れる際、フロルがものすごくうっとうしかったのは言わずもがな。


「声をかけられても知らない人について行っちゃダメだよ?」

「迷子になったら壁際に居る兵士さんに声をかけてその場から動いちゃダメだからね?」

「何か口にする時は給仕の人にちゃんと聞いてからにするんだよ?」

「疲れたら会場の端の方に椅子が用意されているからね。無理しちゃダメだよ?」

「帰りたくなったら直ぐに言うんだよ?我慢しちゃダメだからね?」


 などなど。周りにいた人たちが呆れるくらいの過保護っぷりだった。まあ、それを増長させるようなことをしてしまったわたしが悪いので大人しく注意事項を聞き、笑顔で送り出してあげた。

「兄さま、頑張ってきてくださいね」

 の一言を添えて。

 たったそれだけで俄然やる気のフロルはキラキラ度が五割増しくらいになってちょっと引いたけど。そのせいで周りにいたご婦人方はもちろん、なぜか男性も数名ノックアウトされていたのは見なかったことにしようと思う。ネルなんて呆れを通り越してもう諦めている様子だし、ディーに至っては(はな)から眼中にないみたいだし。


 とまあ、一悶着はあったが今のところ(おおむ)ね平和だ。会場の入り口でパニックを起こしてしまったのに随分と気力体力ともに消耗してしまったようで、現在は会場端にあるソファに座ってりんごジュースのようなものを飲んでいる。

 未だに多くの視線には(さら)されているが少し慣れてきたかも知れない。時折、全身がぞわりと粟立つような視線を感じるが気にしないようにしている。というか、いちいち反応していたらまたパニックを起こしそうなので気にしないようにしているだけなのだが。

「何か食べるか?」

 左隣に座り、飽きることなくわたしの髪を撫で付けたり指に絡ませたりしているネルが問いかけてくるのに緩く(かぶり)を振る。それにネルは「そうか」とだけ答えてわたしを挟んだ右隣に居るディーへ同様の問いかけをした。するとディーは困ったような表情でわたしとネルを見比べる。どうしようか悩んでいるのだろうか。

 「うぅー」と唸るような声を漏らしているディーに声をかけようとした時だった。



「少し、宜しいでしょうか?」


 それほど大きくはないその声が会場の喧騒の合間にわたしたちへと向けられる。わたしはびくりとし、ネルは素早く立ち上がって相手を真正面から見据えた。ディーは状況がわかっていないようできょとんとしている。

 わたしたちに声をかけてきたのはひとりの青年…だろうか。明るい金茶の髪にところどころ赤い色が混じった、所謂(いわゆる)ストロベリーブロンドと呼ばれるような髪色をしている。にっこりと穏やかな笑みに細められている目は暗い色のよう。誰かの従者のような服装だがわたしの目から見てもそれはとても立派な造りをしている。

 フロルとネルを足して二で割ったような感じのする人物は流れるような仕草で丁寧に一礼し、頭を垂れたままで口を開く。

「ウォルスリーブ家の方々とお見受けいたします。宜しければ我が(あるじ)がお話をしたいそうで」

 言いながらその人は半歩身を引いてある一角を手で示す。そこには一組の男女がいた。

 男性の方は白髪の混じり始めた栗毛に銀縁の眼鏡をしている。服装はフロルやお祖父さまと似たデザインのもので色はアッシュグレー。遠目に見ても随分とお年を召しているのがわかるがその背筋はピンと伸びていて威厳のようなものが感じられる。

 その男性の腕を取って並んでいる女性は一言で表すならば『美女』だ。淡く明るい金の髪に力強い眼差しの瞳はサファイアのような深い蒼。きりりとした面立ちと空色のドレスに包まれた体はなかなかに豊満だ。隣に並ぶ男性と比べると親子ほどの年齢差を感じるがそういう雰囲気がないのでもしかしたら年の差夫婦なのかも知れない。


 わたしたちが視線を向けたのを受けて女性の方がにっこりと笑みを浮かべる。とても美しい笑みなのだがどうにも落ち着かないのはわたしだけだろうか?

 ネルが一度ぴくりとだけ反応し、すぐさま佇まいを改めたのにわたしも慌てて立ち上がりディーもそれに続いた。それを確認するように男女はゆったりとした足取りでこちらへとやってくる。目の前の人物も自分の主人が近づいて来るのに数歩下がって待機した。

 そしてわたしたちの前に男女が立ったのにネルは深々と頭を垂れる。わたしやディーも困惑ながらにできるだけ丁寧な礼をするとそれを満足そうに見た女性がネルに声をかけた。

二子(にし)のネルバトルスですわね?顔を上げなさい」

「はっ」

 女性の言葉にネルはゆっくりと姿勢を正し真正面から目の前の二人組を見返す。しかしすぐに再び、今度は軽く頭を垂れる。

「お初にお目にかかります、ルットフェッツェル宰相閣下、並びに公爵夫人さま」

 そう言ったネルの言葉にわたしは驚いて思わず顔を上げてしまった。慌てて頭を下げようとすると女性の方、公爵夫人さまと目が合い、なぜかにっこりと微笑まれる。

「貴女がセラフィローネね?本当に髪も瞳も黒いのですのね」

 わたしの顔をまじまじと見つめながらそう言った女性は興味深そうにわたしの髪を一房すくい上げ、そして不意に懐かしむような表情を浮かべるとそっとわたしの頭を撫でた。

 女性は次いでディーにも視線を向け、わたしやネルと同じく名前の確認をすると楽しそうな笑みを浮かべてディーの頬をぷにぷにと(つつ)く。気持ちはわからなくもないがディーが困惑しているのでできればやめてあげてほしいな、などと考えていると横から声がかかった。

「サフィーアさま、ご子息たちが困っていらっしゃいますよ」

 呆れたような声は先程の人物からだった。やや疲れたように小さく溜め息を吐くと苦笑混じりの表情をわたしたちに向ける。

「改めてご紹介させていただきます。こちらは現在宰相を務めておられます、ルットフェッツェル家当主、オルグランド・ラ・ジェイフリー・ルットフェッツェル公爵さまです。隣に()られるのは我が主、サフィーア・ル・アナスタシア・ルットフェッツェル公爵夫人さまです」

 それぞれが紹介されると男性の方、ルットフェッツェル公爵さまがしわの多い顔に穏やかな笑みを浮かべた。

「君たちはリグファーバル殿の縁者だろう?彼とは知らぬ仲ではない。そう畏まる必要はないよ」

 優しい声音でそう言った公爵さまは「それに…」とわたしに視線を向ける。

「君はあまり顔色が良くない。座って楽にしていなさい」

「で、ですが……」

 困惑に言い淀むわたしに答えたのは奥方さまだった。

「構いませんわ。気にする必要はなくってよ」

 にっこりと微笑みながら言い切り、次いで「シアン」と待機している従者殿に声をかける。当人はすぐさま頭を垂れると「承知致しました。しばし失礼致します」と告げ音もなくその場を離れた。それを見送った奥方さまは公爵さまからするりと腕を離し、わたしの手を取ると有無を言わさずソファに座らせその隣に自らも腰かける。元々自分の場所だった位置を取られて頬を膨らませたディーはすぐさま反対側、ネルが座っていた場所を確保した。その様子を公爵さまとネルが苦笑を浮かべながら見守る。



「改めて、サフィーアですわ」

「セラフィローネ・ル・ウォルスリーブです。公爵夫人さま」

 名乗られたので名乗り返すとなぜか不満げな表情をされた。

「とても他人行儀ですわね。貴女たちはスタン…いえ、スタットリスとフィリアの子でしょう?ならばわたくしにとっても家族同然。気軽にサフィーアと呼んでちょうだい。なんだったらアニーかシアと呼んでくれても構わなくってよ?」

 とても楽しそうにぐいぐいと押してくる公爵夫人さまに困惑を隠せず助けを求めてネルへと視線を向けるがこちらも困ったような表情を浮かべている。どうしたものか、と途方に暮れていると覚えのある声が。


「全く…お主は変わらんのぅ」


 呆れたように言う声に視線を向ければ(いか)つい熊のようなオジサマを発見。覚えがあると思ったら。

「ダグデス小父(おじ)さま」

 バーンのお祖父さまである豪傑(ごうけつ)オジサマこと、ダグデス・グリード・ルフトヴァル子爵さまだ。浅黒い肌と初夏を思わせる明るい緑の髪に薄紅色の瞳をした熊のように大柄な人物である。お祖父さまに用があるとかで何度かお屋敷でも会ったことがあり、その度にお祖父さまを怒らせては楽しそうに笑って帰っていく御仁でもあったり。その際に仲良くなって「ダグデス小父さま」と呼ぶようになった。

 仲良くなったことで可愛がってくださるのは嬉しいが、出会い頭に天井に届くかというくらい豪快に放り投げる“高い高い”は本気でやめてほしい。心臓に悪いったらないって。

 流石に今はTPOをわきまえてくれたらしく、近付いて頭を撫でるに留めてくれた。相も変わらず加減というものがなく首がもげそうではあるが。

 そんなオジサマだが今日は見慣れない服装をしていた。ネルが着ている軍服と似た形のもので色は濃紺。立襟(スタンドカラー)や袖口などに金や赤で細やかな刺繍がされていて、肩には金のモール、胸元には赤と白を基調とした勲章がいくつも付けられている。ただ、ネルと違ってその腰には帯剣しているが。

 取り敢えず。

「小父さま」

「ん?」

「カッコイイですっ」

 ぐっと拳を握りしめながらそう告げる。

 兄たちは確かに美男子(イケメン)かも知れないがやはりまだ若く青い。それが悪いとは言わないが、歳を重ねるからこそ得られる、渋みと言うか、独特のかっこよさがあるのもまた事実。わたしはそういうのが結構好みだったりする。

 そんな思いを込めて感想を口にすると一瞬きょとんとした小父さまは次の瞬間には弾けるような笑い声を上げた。視界の端でネルがちょっと落ち込んでいるようだったがどうかしたのだろうか?わたしの隣ではわたしを()る相手が増えたことにディーがむくれているが少しだけ我慢してもらおう。後で一杯相手してあげるからね。


 ご機嫌でわたしを撫でる小父さまに公爵夫人さまも呆れ顔だ。

「貴方こそ相変わらずですわね」

 流石に限界が近いので必死に小父さまの手から逃げているのに気付いた公爵夫人さまがやや強引ながらも助け出してくれて乱れたわたしの髪を手櫛で(くしけず)る。そうして一旦の区切りが付いたと取ったらしい公爵さまが小父さまに声をかけた。

「ダグデス殿もご健勝のようでなにより。しかしその恰好……」

 言って公爵さまは小父さまの服装をまじまじと眺め、そして一言。

「いつお戻りに?」

 そう問われた小父さまはどこかばつが悪そうな表情だ。

「戻ったわけではないのだがな」

「ですがそれは近衛師団のものでしょう?」

 公爵さまの言葉に小父さまは大きな溜め息をひとつ。そんな男性陣など知ったことかという風に公爵夫人さまはわたしに声をかける。

「ねえ、セラフィローネ…セラと呼ばせてもらっても?」

「あ、はい。是非」

「ありがとう。では、セラ。少し、会場を回ってみませんこと?貴女みたいな可愛らしい子が壁の花なんてもったいないですわ。わたくしの知り合いたちに見せびらかしに行きましょう」

 とても楽しそうに告げる公爵夫人さまの言葉にびくりと全身が強張った。目の前の人物はそれを見逃すような方ではないようで。

「……やはり、怖い、かしら?」

「…申し訳、ありません……」

 優しく静かに問いかける声にわたしは微かに震える返事しかできなかった。けれど公爵夫人さまは怒ることも呆れることもなくにっこりと笑んでわたしの頭を撫でる。

「貴女が謝ることはありませんわ。残念だけれど…そう、仕方ないですわね。――シアン!」

「ここに」

 公爵夫人さまが呼びかけると間髪容れずにすぐ近くから返事があり、いつからそこに居たのか気付かずわたしもディーもびくりとしてしまった。見ると先ほどどこかへ行ってしまっていた従者殿が公爵夫人さまの傍らに控えている。ホント、いつの間に……。

 心臓バクバクのわたしを余所に公爵夫人さまは従者殿の姿を認めるとにっこりと微笑み爆弾を投下する。


「それではセラ、貴女の兄弟たちを借りていきますわね。代わりに従者兼護衛としてこのシアンを置いていきますわ。貴女の手足のように好きに使うといいですわよ」


 「それではまた後ほど」と言い置くと見事な手際でディーの手とネルの腕を取ると足取り軽く立ち去って行った。あまりにも突然のことにネルでさえ反応できず連れ去られて行く。公爵さまも苦笑気味にその後を追い、小父さまも「やれやれ」といった風に皆を追いかける。

 後に残ったのはぽかんとするわたしと疲れたような呆れたような溜め息を漏らす従者殿だけだった。


 

夫人のようなタイプの人は結構好みだったりしますww

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