宴の席で
………。
どうしてだろうか…。
セラ視点だとバーンが病まない……。
っていうか、セラの方が情緒不安定気味で病んでそうな雰囲気になる(汗)
兄たちも帰ってきて夜のパーティーのために着替える。わたしが夜も出かけると知ったディーが断固として付いてくるということで兄弟全員が正装に身を包むことになった。
フロルの服装は足下から、磨き上げられた革靴に細身のスラックス、真っ白なシャツに合わせるのは濃紺のベストとコートのような丈長の上着だ。幅五センチほどのスカーフタイをヒスイのタイピンで留め、両手首にはタイピンと揃いのカフス。最後に純白の手袋をはめれば美男子度が常の三割増でキラキラしいったらない。柔和な物腰や穏やかな笑顔など、そのままなら文句の付けようがないほどにカッコイイ。そのままなら。
ネルは学術院の制服で、昼間に見た枯草色の普段着ではなく、正装の白いの軍服みないな服装だ。詰め襟には数種類の徽章、肩や胸元にも赤のモールや勲章のようなものがいくつも見受けられ、襟や袖口には金糸で細やかな刺繍が施されている。足下は膝下まである焦げ茶のブーツだ。今回出番はないが寒い時には同じ作りのロングコートを羽織るそうで。想像したらめちゃくちゃカッコよかった。いつもの落ち着いた美しさに加えて凛々しさまで兼ね備え、もうその見た目だけで誰も彼もを悩殺できそうなほどのインパクトがある。
ディーは出かける前に見た正装とは違う服装をしていた。足下から、柔らかい布のブーツに七分丈のスボンはサスペンダーで吊るしてある。ボタンのラインと袖口にレースがふんだんにあしらわれたドレスシャツに上着はお尻を隠すぐらいの長さで袖も子ども服らしくやや短めだ。今回クラバットはなしだがそれでも十分に可愛らしい。というか子どもらしくて可愛いのでわたし的にはこちらの方が好みだ。
斯く謂うわたしは昼間と違って落ち着いた雰囲気のものを着ているが。濃い紫のドレスの裾は足首より拳ひとつ分ほど高く、その下に少しだけ踵が高くなったヒールのようなものを履いている。ドレスの袖口と裾の部分は紫紺色のレースがあしらわれ、ふわっふわしていて若干うっとうしいと思ったのは内緒だ。ところどころに真っ赤なリボンが縫い込まれていていいアクセントとなっている。なぜかウエディングドレスのベールのようなヘッドドレスを付けられ…まあ、あれだ。簡単に言い表すならゴスロリドレスという感じだ。
全員が着替え終わるのを待ってわたしたちは大きめの馬車に乗り込む。お祖父さまとフロルが対面で、わたしとネルでディーを挟むようにして座っている。
フロルとお祖父さまは今夜のパーティーで挨拶をしておかなければいけない人たちの最終確認のようなことをしていて、失礼ながら、ちゃんと仕事してるんだ〜、なんて感慨深げにその様子を眺めた。もちろん、フロルに対しての感想だが。
ディーは遠足に行く子どものようなはしゃぎっぷりでネルに再三怒られているが気にした様子はない。すでに疲れたような顔をするネルがかわいそうだったのでわたしからも注意をすると「はい、ねえさま」と素直に大人しくなった。語尾にハートマークでも付いていそうな感じの返事だったがまあいいだろう。ネルがどこか遠い目をしているのも気にしてはいけないのだ。きっと。
そんなこんなでやって参りましたパーティー会場。
引き合いに出せるものがちょっと記憶にないのでなんとも言えないけれど、例えるなら野球のドームだろうか。行ったことがないのではっきりとはしないが、多分そんな感じだと思う。もっと身近なもので例えるなら巨大な体育館?
建物自体は高くても三階くらいまでしかないと思われるが、その横幅が恐ろしいことに端が視認できないときた。どんだけ大きいんでしょう……。
若干、現実逃避気味なのはすでに心が折れそうになっているからで。
「ぅぅ……見ないでよぅ……」
心の声が口から出てしまうくらいに追い込まれているようです。誰がって、わたしが。
「セラ、大丈夫だから、ね?」
フロルが懸命に声をかけてくれているが今はそれどころじゃないんです。全く違う意味で穴があったら入りたい。誰かこの視線の嵐を止めて!!
知らず知らずの内に涙が目尻に溜まっていくのを見てフロルとディーがあたふたする。助けを求めて伸ばそうとした手が面白いくらいに震えているのを知って、胸の前で両手を握り締めた。
怖い。
見られている。ただそれだけが無性に怖い。その視線がどんな感情を含んでいるのかなんてわからないけれど、このままだとわたしの大切な何かが失われてしまうような気がして。
―――母さまのように―――
ぎゅっと目をつむりその場にしゃがみ込む。自分に向けられる言葉さえ恐ろしくて聞きたくなくて必死に耳を塞ぐ。
動きたくない。
――動けない。
逃げ出したい。
――逃げられない。
怖い。
――恐い。
誰か。
――みんな。
いなくなればいいのに!
「セラ」
不意に呼ばれた声にびくりと全身が跳ねた。
「セラフィローネ」
再度呼びかけられたのに恐る恐る目を開ける。そうして一番に目に入ったのはフロルの泣きそうな顔だった。いつものうっとうしいほど明るい表情ではなく、世界の全てに絶望したような、とても悲しそうな顔。その隣ではすでに泣きの入っているディーが同じような顔をしていた。
ふわりと頭を撫でられた感覚に視線を向ければそこにはネルが、やはりどこか痛みを堪えるような表情でわたしを見つめている。
「セラ」
フロルの声に呼ばれ視線を向ければ手袋をはめた手がわたしの両頬を包み込み、優しく優しく肌を撫であやす。
「ディーと一緒に帰る?」
心底心配そうに、壊れ物を扱うように優しく静かに問いかけるフロルの声にパニック気味だった思考と気持ちがゆっくりと落ち着いていく。
「………兄、さま………」
「ん?」
わたしが呼びかけると不安げだった表情をすっと引っ込め、いつもと同じ穏やかな、けれどわたしを甘やかす優しい笑顔を見せた。それにわたしはその首に抱き付き、ぎゅうぅっと身を寄せる。
「……兄さまたちと、一緒がいいです……」
囁くような小さな声でそう答えるとフロルのまとう空気がふわりと柔らかくなった気がした。そして軽々とわたしを抱き上げ、あやすようにそっと背中を撫でる。
「平気か?」
ほとんど目線が同じ高さになったネルが目尻に残っている涙を拭いながら問いかけてくるのに小さく頷いて返す。するとネルもふわりと柔らかく笑み、熱を持ったわたしの目尻へと軽く口付けた。
「ねえさまぁ」
ディーの声に目を向ければ半泣き状態のまますがるようにわたしへとその両手を伸ばしている。同じように手を伸ばすとフロルはそっとわたしを床に下ろそうとするがそれを待てずにディーがぎゅっと抱き付いてきた。負けじとわたしもぎゅうぅっと抱きしめ返す。
そうしてやっと落ち着きを取り戻し、恐る恐るに周りの様子を窺う。そこには、いきなり泣き出した子どもに対し憤る顔や、心配そうに見つめる顔、何事かと訝しむ顔など様々な感情が見受けられた。わたしが見た限りではそのどれもにあの時のような狂気の表情はない。
ほっとする反面、人の心はそう簡単にわかるものではないのだと思い出し、全身が竦みそうになる。
「『大丈夫。わたしはまだ、大丈夫』」
久しく口にしていなかったためちゃんとした言葉となったか疑わしいところはあるが、この場の誰もが理解することのできない、その日本語で自分自身にしっかりと言い聞かせる。
大丈夫、まだ、大丈夫。
心の中でも何度も繰り返し、最後にひとつ、大きく深呼吸をした。
「…問題ないか?」
そんなわたしを黙ってじっと見つめていたお祖父さまが真剣な表情で問うたのにわたしはひとつ、しっかりと頷いて返す。
「はい、もう、大丈夫です」
若干声が震えていたが大丈夫だ。自分自身が大丈夫だと信じていれば問題はない。気持ちの持ちようで人は変われるものだ。病は気からって言うし。
うん、大丈夫。わたしは、独りではないのだから。




