暴走?
遺憾なく壊れていくフロル兄さまににやにやが止まらないwww
いきなりのバーンの奇行にわたしはぽかんとして固まった。ついでに言うならルークさん含む周りにいた人たちもバーンの突然の行動に唖然呆然の体だが。
そんなわたしたち周りの人々など気にした風もないバーンはさっさと立ち上がると高い位置からわたしを見下ろし、そして傍目にもわかるほどの微笑を浮かべた。この“微笑”というところがバーンらしい気もするが、残念なことにわたしは今それどころじゃない。
「い、今、わらっ……!?」
今さらながらにバーンは普通に美男子だ。ワイルド系とでも言おうか。フロルのようなアイドル系とも、ネルのクールビューティ系とも、ディーの子犬系とも違う美男子で、こぅ…なんだ、硬派で義理堅い感じの…そう、剣道部とかにいそうな部類である。
基本的に無表情、口数も少なく近寄り難い雰囲気をまとう人物(美男子)が不意に見せる笑みの破壊力のなんと凄まじいことか。
これが所謂ギャップ萌えってやつですね!と心の中で拳を握り締める。しかも笑うとちょっと可愛いとかどんだけですか!
ひとりほくほくとしているわたしの周りが一瞬で騒然となったのにも納得である。ふー、イイモノ見たわー。
式が始まり、わたしはネルの膝の上。
…いや、わたしが座りたかったわけではないんだ。用意されている座席に座ると壇上さえ見えなかっただけなんだ。だから、ね?
皆さん、こっちを見ないでよ。
内容としては“日本”の卒業式とあまり変わらなかった。
式の開会宣言に始まり、国歌や校歌の斉唱はなかったが、代わりに神々への祝辞が述べられる。次いで学院長により本日、卒業を許可された生徒の名が読み上げられ、ひとりひとりが壇上へ上がると証書ではなく『卒業章』というバッジみたいなものを胸に受け取るそうだ。帰ったらフロルに見せてもらおう。
卒業生皆が卒業章を受け取ると壇上には国王陛下が上がられた。遠目でよくは見えないが髪は白っぽい。お年だろうか。案外簡潔な祝辞が述べられると次いで学院長、来賓、在校生と、それぞれが祝辞を述べていく。
そうして最後にフロルが壇上に上がった。どこか遠くで歓声のようなものが上がったのは気のせいだろうか。いや、気のせいということにしておこう。
「本日はわたくしたちのためにお集まりいただき、心より感謝申し上げます」
よく通る、耳に心地良いフロルの声を聞きながらその姿を真っ直ぐに見つめる。会場のひとりひとりに語りかけるように視線を巡らせていた兄は到頭わたしを見つけ、そしてとろけるような甘い笑みを浮かべた。それに再度、今度はより大きく歓声が上がったがまるっと無視。取り敢えず、と手だけ振ってみたがさらに表情が崩れたのでそれ以上はやめておいた。緊張しているようでもないので大丈夫だろう。
残りはやや早口になりながらも演説を終えたフロルに会場からは大きな拍手が送られた。わたしとネルは残念なものを見る目でそれを眺めていたが。
最後に閉会宣言がなされ、そうして式は無事終了した。
後で聞いた話なのだが、式の最中に大勢のご婦人が倒れたそうだ。フロルのあの笑顔に中てられて。
ご愁傷様です。
そうして式終了後。
「セぇラあぁぁぁあぁ!」
わたしへ一直線に突っ込んでくるフロルを見てネルはわたしの数歩前へ出る。そして突っ込んでくる兄に対して情け容赦も遠慮もなく華麗な、しかし強烈な回し蹴りを放った。ネルの乗馬用ブーツの足裏がフロルの顔面を綺麗に捉え、我が長兄は錐揉みしながら数メートル吹っ飛ぶ。…最近思うに、兄たちのやり取りが過激化している気がするのは気のせいだろうか?
ずしゃぁ!という音を立てながら顔面から着地したフロルは大したダメージを受けていないのか、すぐさま起き上がるとキッとネルを睨む。片手で鼻を押さえながらなのであまり怖くはないが…鼻血でも出たのだろうか。
「何をするんだネル!」
「いつも言っているが、それはこっちの台詞です。何をするつもりですか、兄さん」
底冷えする声を浴びせかけられてもフロルは堪えた様子もなく口を尖らせ、次いでビシッ!とネルに向かって人差し指を突き付けた。
「こんな状況で気持ちが高ぶらずにいられようか! 否!決して否だ!!」
「もう何言ってるのかわからないので取り敢えず喋るな」
わたしにもわけのわからないことを喚いているフロルにネルは冷ややかに一刀両断するが、続いた言葉になぜかその動きを止める。
「考えてもみろ! 普段オシャレに頓着しないセラがわたしのために可愛らしく着飾ってわたしに会いに来たのに加えてわたしを見て可愛らしく手を振ってくれたのだぞ! ネル!君は同じことをされて冷静でいられるか!?」
随分と“わたし”の部分を強調している気がするが要するに、よそ行きの恰好をしたわたしを見て暴走した、ということなのだろう。常々シスコンだとは思っていたがどうやら症状はわたしが思っていたのより重度のようだ。大切にして可愛がってくれるのは嬉しいが早々に妹離れをしてほしいところである。
そんな現実逃避気味の思考をしているわたしの周りはなぜかしんっと静まり返っていた。その異様な静けさにわたしの思考が逃避から帰ってきて「おや?」と思った時。
『…イイ……』
どこかうっとりするような声が複数重なり異口同音で輪唱された。
ひとつひとつは小さな呟きだったのだろうがこれだけ重なればしっかりとわたしの耳にも届くくらいの音にはなる。
ナニをどうすればそこまで恍惚となれるのか甚だ疑問だが話の流れ的に思わずといった風に声を漏らしてしまった人々が何を思ったのかは想像に難くない。
「…幼女趣味……」
呆れて思わず半眼で人々に視線を送ると気まずいそうに目を逸らされた。ネルにも同様の視線を送ったが恥ずかしそうに目を逸らされ、図らずも次兄の残念な部分を新たに発見してしまったが。
ちなみに、フロルは両膝と片手を地面に突いて項垂れている。何かがショックだったわけではなく、空いているもう片方の手でだらだらと血を垂れ流している鼻を押さえて止血しようとしているようだ。何やら不穏な笑い声とぶつぶつ呟いているのはきっとわたしの気のせいである。
…気のせいったら気のせいだよ!




