表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/32

再会

 


「随分と目立ってるなあ。まあ当たり前か」


 かけられた声に振り返ると、そこにはひとりの少年が立っていた。

 ワインレッドの髪に栗色の瞳をいたずらっぽく輝かせ、にやにや、という表現がぴったりの笑みを浮かべてわたしを見下ろしていた。その笑みに思わず眉根を寄せていると彼がこちらに足を向ける。すかさずわたしと少年の間に入ったルークさんを見た彼は一瞬うっとうしそうな顔をしたがそれ以上歩を進めようとはしなかった。

 しばらくじっとわたしを見ていた少年はいきなり大きな溜め息を吐く。なんと。失礼な。確かにわたしは美少女ではないが人の顔を見て溜め息を吐くとは。

 思わずむっとしていると少年は落ち込んだ声で呟く。

「やっぱ覚えてないかぁ」

 その呟きにわたしが首を傾げていると少年は自身の頭をがしがしと乱暴にかき乱し、再度深めの溜め息を吐くと視線をわたしに向ける。

「まあいいや。ネルんところに行くんだろ?送ってってやるよ」

 なんとっ。ありがたいが着いて行って大丈夫なのだろうか。とっさにルークさんを見上げるが彼はいつものように困ったような顔で小さく嗤っただけだった。

 どうしようかと視線を少年に戻すと彼は苦笑気味に言う。

「大丈夫だよ。ちゃんと送ってってやるから。アンタよりセラの近くに行かなきゃ問題はないんだろ?」

 少年はルークさんを見ながら問いかける。突然のことだっただけに彼も困惑の表情を浮かべてわたしと少年を見比べていたが、しばし少年を観察した後に結局は頷いた。それを見た少年はほっとしたように小さく息を吐いたがすぐに口角を上げるとわたしを真っ直ぐに見つめる。

「おれはグラネール。グラネール・ターニャだ」

 歯列がはっきりとわかるほどに笑んで少年は「今度こそ忘れんなよ」と言った。




 わたしはグラネールの後ろに続きながら先ほどからずっと首をひねっている。


『やっぱ覚えてないかぁ』

『今度こそ忘れんなよ』


 そう彼は言った。ということは、彼はわたしと面識があるということに他ならない。しかし先ほどからずっと思い出そうとしているが、該当する人物が思い浮かばないのだ。

 こう言うのもアレだが、わたしはこの世界で生まれてこの方、言うほど人に会っていない。数えていけば二三十にも満たないんじゃないだろうか。だがその中にグラネールらしき人物は思い浮かばないのだ。そもそもに血縁者でなく歳の近い人物はバーンにしか会った覚えがない。

 ネルに会えばわかるだろうかと考えているとその当人が前方に見えた。

「ネルー!」

 グラネールが声を上げて呼ぶとネルはこちらに顔を向け淡く微笑む。しかしわたしはその向こうに見えた人物に声を上げていた。

「バーン!」

 久し振りに見るバーンの姿にわたしは思わず駆け出す。バーンと最後に会ったのはあの誘拐まがい騒動の時なのだ。あれ以来会っていないので四ヶ月ぶりだろうか。

「バーン!!」

 勢い余って抱き付いたわたしを易々と受け止めたバーンはほんの少しだけ口角を上げた。おっ、笑ったね!?珍しい。だがじっくり観察するより先にネルによって引っ剥がされた。

「俺より先にそっちか?」

 わたしの両肩を掴んだままのネルがやや苛立たしげに、けれどどこか呆れたような口調で言う。それに振り返りながら答える。

「バーンと会うのは久し振りなのですもの。バーン、元気でしたか?怪我などしていませんか?風邪を引いたりはしていませんか?」

 勢い込んで問いかけるわたしに対してバーンは頷くだけで答えた。そして一言。

「お嬢さまは」

 いつにも増して簡潔かつ端的な問いにわたしも頷く。そしてようやくグラネールのことを思い出して振り返った。

「ここまでありがとうございました。…えっと、ターニャ…さま?」

 思わず首を傾げながら言うとグラネールは困ったように苦笑する。

「さまはいらないなあ。おれ、貴族じゃねえし。グラネールでいいぜ。呼び難いならグランと呼べばいい」

「では、グラネールさんで。改めて、ありがとうございました」

 淑女の礼で感謝を告げるとネルが不思議そうにわたしを見、次いでその視線をグラネールに向けた。それに彼は再度困ったような苦笑を浮かべる。

「いや、無理に思い出させることもないかなと思って。それにあの時のセラはもっと小さかったし、覚えてないのも当たり前かなあ、と。思い出さなくてもそれでいいし、おれはその方がいいとも思うしな」

 「また覚えてくれればそれでいいさ」と笑ったグラネールにネルは複雑そうな顔をしていた。




 ネルとグラネールがわたしから少し離れて話し始めたため、わたしはバーンと用意されている座席に腰かける。

「本当に久し振りですね。元気そうで何よりです」

 隣に腰を下ろしたバーンを見上げながら言うと彼はひとつ頷いた。座席の斜め後ろにはルークさんが控えている。

「お嬢さまも、お元気そうで」

 そう言って彼は再び微かに口角を上げた。どうやら今日は随分と機嫌がいいらしい。いつものネガティブオーラが微塵も感じられないところを見るに、そのおかげで感情も表に出やすいのだろうか。

 珍しくバーンの表情筋が動いているのを観察しようと思ったが彼の言葉に「あ」と声が漏れた。

「そうです。バーン。その“お嬢さま”っていうの、やめませんか?」

 わたしがそう言うと彼は「なぜ?」と問うように首を傾げて見せる。

「以前は我が家に仕えていたのですから仕方ないですが、今は我が家やわたしに仕えているわけではないのですから、その“お嬢さま”というの、やめませんか?ルフトヴァル家は我が家の従事家ではないのですし。何より、わたしはバーンのことを呼び捨てにしてしまっていますし、バーンはわたしより年上です。年上の者が年下の、それも従事している相手でもない女児に対してへりくだるということは必要ありません。違いますか?」

 そもそもに、わたしは“お嬢さま”と呼ばれるのが嫌いというか、苦手というか。考えても見てほしい。現代日本女性が“お嬢さま”などと呼ばれる機会が一生のうちにどれくらいあるだろうか。…いや、そういう嗜好の方ならいくらでもあるだろうが……。

 一方的にまくしたてるように告げるとバーンはどこか困惑したような表情をしていた。なのでさらに言い募る。

「それとも何か問題があるのですか?…わたしは“セラ”と呼んでほしいです。いろいろと無理を言ったり迷惑をかけたりはしたと思いますが、わたしはバーンを友達だと思っています。友達は名前で呼び合うものではないのですか?」

 言いながら、なかなかに恥ずかしいセリフだなと自分でも思った。けれどやはり、わたし、“セラフィローネ”にとって恐らくは初めての『友達』なのだ。仲良くなりたいし、よそよそしくあってはほしくない。

 そんな思いを込めて言ったのだが、なぜかバーンは驚いたように軽く目を見張っている。思いもしなかった反応にわたしの方も思わず驚いてしまったが、よくよく彼のことも考慮して思い至った答えに情けなくも眉尻が下向く。

「……それとも、友達だと思っていたのはわたしだけなのですか?バーンにとってわたしはやはり“お嬢さま”でしかないのですか?」

「っ、違うっ」

 わたしの問いにとっさのようにして出たバーンの声は初めて耳にする焦ったようなものだった。伸ばされようとした手は空中で止まり、しばし逡巡(しゅんじゅん)した後、恐る恐るといった風に引っ込められる。

 その、何かを怯えるような彼に違和感を覚えながらも「違う」と言ってくれた言葉を信じ、他にもなにか言ってくれるかと言葉を待ってみるがなかなか次の言葉は出てこない。どうしようかと考えていると全く意識の外だったところから声がかかった。


「僭越ながら、お二方の認識に差異があるようですので、いっそのこと、今この場で改めてご友人となられてはいかがですか?」


 びっくりして思わず肩が跳ねる。声をかけてきたのは後方に控えていたルークさんだ。あまりにも突然のことだったのでぽかんと彼の顔を見上げてしまったが、その提案に理解が行き着いたと同時に勢いよくバーンに振り返る。

「ルークさんがいいことを言ってくれました!そうです。友達になりましょう!今、ここで!」

 自分で宣言しておきながら、友達って「友達になりましょう」でなるものなのか?と疑問に思ったのは、まあ、置いておこう。

 わたしは座席から立ち上がりバーンの真正面に来ると右手を差し出しながら告げる。


「改めて。わたしはセラフィローネ・ル・ウォルスリーブです。バーンバルド・ルフトヴァルさん。わたしと友達になってくれませんか?」


 今の自分自身に可能な限り真摯に、切実に、思いの丈を込めたその言葉に、なぜかバーンの瞳が怯えるように揺れた。

 ……ダメ、なのだろうか……。

 そんな風にわたしの気持ちが揺らいでいるとバーンが(おもむろ)に立ち上がった。本当に十一歳かと疑うほどの体躯には圧倒的な存在感と押し潰すような威圧感を覚えると同時に、間近で顔を見るとなるとわたしには些かキツイものがあるのでできれば勘弁願いたいななどという思いもあるが今はどうでもいいことだろう。

 揺れる深紅の瞳を真っ直ぐに見つめていると彼は一度まぶたを閉じ、ぐっと力強く両手を握り締める。そうしてゆっくりと持ち上がったまぶたの下から現れた瞳はもう、揺れてはいなかった。


「……………俺で、いいのですか?」


 消え入りそうなほど小さな確認の声はどこか複雑そうな色をしていた気がする。けれどわたしの答えはすでに決まっているし覆すつもりも毛頭ない。だから答える。


「わたしは、バーン、あなたがいいのです」


 揺るぎない自信と確信を持って答えたわたしの言葉に再度バーンの瞳が揺れた。何かマズっただろうかと思う間もなく彼はわたしが差し出していた手をその大きな両手でそっと包み込むとその場に(ひざまず)き、(うやうや)しく(こうべ)を垂れ、そうして(うた)うように宣誓する。


「今ここに、我が名を()って誓約する。()の方が求め、欲し、願うのなら、その意のままに。我は今一度の盟約の(もと)、彼の方が揮う剣となり、彼の方を守る盾となり、彼の方の支えたる杖となろう。これより我の持ちたる全ては彼の方とともに。

 『神の名の許に、違わぬ誓いとして我が名を捧ぐ』」


 

今回登場した新キャラは序章を読み直していただければどこの誰かわかると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ