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加護のない子

 隣室から愛らしい産声が響いたのに男は勢い良く立ち上がった。十一歳と八歳の息子ふたりも父の様子に椅子から立ち上がる。長子の方は新しい家族の誕生に興奮を抑え切れない様子だが、次子はまだ実感が沸かないのか、どこか戸惑うようにしていた。

 固唾を呑んで隣室への扉を凝視していた三人の前でゆっくりと扉が開いた。中から出てきた白衣姿の女性に掴みかからん勢いで男が歩み寄る。

「男か?女か?!嫁は?赤ん坊は?!」

 あまりの剣幕に若干身を引いた女性はすぐにはっとすると慎重に口を開いた。

「お伝えしなければならないことがございます。どうぞ、お入りください」

 その真剣な眼差しに男は訝りながらもそれにしっかりと頷いた。



 息子たちを自室に戻らせた男は寝室に入り、寝台の上で上体を起こし生まれたばかりの小さな命を抱いている妻の姿を見てゆるりと頬を緩めた。しかしすぐに彼女が疲労を残しながらも不安げな表情を浮かべているのに今しがた緩んだ男の頬が強張る。

「あなた……」

「どうした、何があった?赤ん坊は無事に生まれたんだろう?」

 今にも泣き出しそうな妻に男は素早く寄り添い肩を抱き寄せながらその腕の中を覗き込んだ。泣き疲れているのか、今はすやすやと眠っている赤ん坊は素人目に見ても生きているのがはっきりとわかる。何が問題なのだろうかと、出産に立ち合った白衣姿の巫女へと視線を向けた男に巫女は固い表情のまま口を開いた。

「出産に関しましては奥方さま、お嬢さまともになんら問題はございませんでした」

「なら一体何があったのです?」

 焦れたように問う男に巫女は一度深呼吸で息を整えると意を決したように告げた。


「今お生まれになったお嬢さまは“神の真名の加護”を授かることができませんでした」







「………え?」

 言葉の意味が分からず間抜けな声で問い返した男に巫女は沈痛な面持ちで同じ言葉を繰り返す。

「今しがたお生まれになったお嬢さまは“神の真名の加護”を授かることができませんでした」

 “神の真名の加護”―――それはこの世のすべての人がこの世に生れ落ちるとともに神から授かるもの。魂に刻まれ、世界に根付くためのもの。それを、“神の真名の加護”をこの赤ん坊は、男たちの娘は授かることができなかったと巫女は言う。

「…なぜ……」

 愕然とした表情で男はうわ言のように呟いた。のろのろと巫女に向けていた視線を赤ん坊へと向け、幸せそうに口元を緩めるその顔を見下ろす。“神の真名の加護”を授かれなかったということは、それはつまり―――――

「……この子は…この子は生きられないということなのか?」

 自問のように呟いた男の言葉に到頭(とうとう)妻が泣き崩れた。


   ---今生まれたばかりなのに---


 妻の心の声が聞こえたような気がした男は彼女の肩を抱く手に力を込める。世の中に広く伝わっているわけではないが、“神の真名の加護”を授かることができなかった赤ん坊はこれまでにも居なかったわけではない。ただ、数百年にひとり居るかどうかという極めて少ない数であったのに加え、その誰もが生まれて数年以内に亡くなっているのだ。楽観的に見たとしてもそう遠くない未来に別れが約束されているようなものであった。

 泣き崩れる妻をより強く抱きしめながら男は一縷(いちる)の望みをかけるように巫女を(かえり)みる。

「何か、何か手立てはないのですか?」

 しかし巫女は何も答えず、やはり沈痛な面持ちで男を見返すだけだった。それでも男は我が子を見す見す死なせる気には到底なれず、せめてもの願いを名に込める。



 男は我が()に慈悲の神・セーラの名を取り、『セラフィローネ』と名付けた。

 “神の真名の加護”がなくとも、健やかに、安らかに育つようにと。

 願わくば、己が死する、その時まで………。


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