終わりと始まりと見守る者たち
気が付けばたくさんのお気に入り登録が……
なんとまあ酔狂な(←失礼なっ)
まあ、当分終わらないでしょうし、どこまで続くかわかりませんが、お付き合いいただければ幸いです<(_ _)>
※文中の誤字脱字、言葉の誤用などが目に余るようでしたら遠慮なくご指摘ください
まだ少ししゃくり上げながらも眠ってしまった孫娘を見下ろし、リグファーバルは頬を緩めた。四歳とは思えぬほどの聡明さを見せる少女に当初は驚きも多かったが、今となってはそれがセラフィローネという少女なのだという認識が伯爵家の者の中には根付き始めている。
部屋を出て行ったバドッグが戻り、部屋を整えさせた旨を受けてリグファーバルは小さな体を抱き上げた。同じ年代の子どもに比べてかなり小柄なセラフィローネは、下手をすると弟であるディーネランスよりも年下に見えてしまう。子ども特有の大きな頭を支える首や身体、その四肢も小枝かと思うほどに細いのだ。
セラフィローネを抱えて廊下に出たリグファーバルの前には少女の兄たちが並んで立っていた。長兄であるフロールクスは常の笑顔を消し、射るような鋭い眼差しをリグファーバルに向けている。その隣に立つ次兄のネルバトルスは常時の無表情からさらに感情を欠落させた、底冷えするような表情でその兄と同じ眼差しを向けていた。今はいないが、もしもこの場にディーネランスがいたならば、兄たちと同じ眼差しをしていたことだろうとリグファーバルは内心で苦笑する。
「どうした」
彼らの眼差しから用件を察するのは簡単だったがリグファーバルは敢えて問いかける。すると口を開いたのはフロールクスだった。
「セラの泣き声が聞こえました」
その言葉を聞いてリグファーバルは呆れとも感心ともつかない溜め息を零す。確かにセラフィローネは声を上げて泣いたが、それが扉を超えて他の部屋にまで届くとは到底思えない。もうここまでくると何か特殊能力でも備えているのでは、と勘繰ってしまいたくなるほどだ。
「お祖父さまがセラを傷付けるとは思っていません。それに、わたしたちは本当の意味でセラを守ってやることができなかった。今それができるのはお祖父さまかルフトヴァル子爵さま…後、大変不本意ですが、ルフトヴァル子爵さまのご令孫くらいだと思っています。先ほどの泣き声もそういったものだとわかっています。ですが―――」
まくし立てるように言うフロールクスの言葉をネルバトルスが続ける。
「ですが、それでも俺たちはセラに泣いてほしくはないのです。それが嬉し泣きだろうとなんだろうと。セラはその小さな体には収まり切らないほどのモノを持っています。ふとした拍子にそれが溢れ出てしまえば恐らく、セラは『セラ』でなくなってしまう。『セラ』でないセラなど、俺たちには存在する意味がない。だから俺たちはセラを慈しみ、守っているのです」
こちらは冷静に、しかし荒れ狂う感情を撫で付けたような声音で言い切った。彼らの胸の内はその纏う空気にありありと示されている。それを静かに聞いていたリグファーバルはゆっくりと頬を緩め、セラフィローネを片腕に抱き替えると空いた腕を伸ばしてフロールクスを撫でた。突然のことにきょとんとしたフロールクスに小さく笑ったリグファーバルはネルバトルスにも腕を伸ばし、兄と同じように撫でる。
困惑の表情を浮かべるまだ幼い兄弟を真っ直ぐに見てリグファーバルは言う。
「お主たちの言葉、確と聞き届けた。だが言うだけなら簡単だよのお」
挑発するようなリグファーバルの言葉に彼らは再び眼光を鋭くした。それを愉しげに見つめたリグファーバルは廊下の先へと足を向けながら続ける。
「結果が伴わねばただの戯言。結果を伴わせるために―――お主たちは何をする?」
意地悪く口角を上げながら肩越しに振り返り、その顔を確認してさらに口角を上げたリグファーバルはそのまま静かに廊下を進む。垣間見えた未来にほくそ笑みながら。
健やかな寝息を立てるセラフィローネに掛布を引き上げてやりながら、リグファーバルはそっとその頭を撫でる。数奇な運命の下に生まれたであろう孫娘を思うと自然と眉間が寄ってしまった。
「似ているのは見た目だけではなかったな」
静かに独り言ちながら、先ほど焚き付けた孫息子たちを思い浮かべてリグファーバルは思わず苦笑する。
「さて、『鬼が出るか蛇が出るか』…か。わしものんびりはしていられんだろうな」
小さく柔らかな頬に残る涙の痕を親指でなぞりながらリグファーバルは懐かしんで目を細めた。
「―――サヨ―――」
囁くようなその呼びかけに答える者はいない。
リグファーバルは自嘲に顔を歪めながらセラフィローネの前髪を優しく掻き上げ、小さな額にそっと口付ける。
「わしも可能な限り力になろう。もう誰もお主を独りになどはさせぬ。絶対に、だ」
空中を鋭く睨み付けたリグファーバルは最後にもう一度セラフィローネを優しく撫で、そしてその場を後にした。
眠るセラフィローネを蕩けるような甘い笑顔で見下ろしていたフロールクスが可愛い妹を撫でようと伸ばした手を、セラフィローネを挟んだ向かい側にいたネルバトルスが叩き落とした。その横、セラフィローネの横ではディーネランスが姉と一緒に眠っている。
「何をするっ」
「それはこっちの台詞です。何をするつもりですか、兄さん」
ぎろりと睨まれフロールクスは幼い子どものように口を尖らせた。しかしすぐにその表情を改め、慈しむような眼差しをセラフィローネに向けたる。
「この子は女神の落し物だ。本来ならば女神の許で生まれ、世界に愛されるはずだった。けれどなんの間違いか、わたしたちの家族として生まれ、世界に疎まれ、こうして今、ここにいる」
「女神にとっては失態だったかも知れないが、俺たちにとってはこれ以上ないほどの幸いだ。セラがいるから今の俺たちがいる」
ネルバトルスも優しげな表情を浮かべて眠るセラフィローネをそっと撫でた。その光景を眩しそうに見たフロールクスは神妙な面持ちで頷く。
「わたしたちの許にセラがいるからこそ、今のわたしたちがある。だからこそ―――」
フロールクスが口にしかけた言葉を呑み込んだのと同時にセラフィローネがそっとまぶたを持ち上げた。それを見た二人はそれぞれがそれぞれに極上の笑顔を浮かべる。
「わたしは全てのものからセラを守る盾となろう。セラが何者にも脅かされず、何にも憂えることのない、ただ心の底から笑って生きていけるような、そんな世界のための、絶対の盾となろう。
『神の名の許に、違わぬ誓いとして』」
言ってフロールクスはセラフィローネの片手を取るとその甲にそっと口付けた。しかしそれにネルバトルスが即座に反応し、フロールクスの側頭部に勢い良く振り抜いた平手打ちを見舞い、スパンッ!という音を部屋に響かせる。
殴り飛ばされて伸びている兄を冷ややかに見下ろしながらネルバトルスは言う。
「兄さんが全てのものからセラを守る絶対の盾となるのなら、俺は兄さんからセラを守る盾となろう。…口にしてしまえば一番重要なものの気がしてきた」
「恐ろしい」と呟きながらもネルバトルスはセラフィローネの片手を取るとその甲に自身の額を押し当てた。
「俺はまだその地位にはないが…。
『神の名の許に、違わぬ誓いとして我が剣を捧ぐ』」
流れるような動作でその指先に口付けたネルバトルスは再び眠りに落ちたセラフィローネを見てふわりと微笑む。
セラフィローネを優しく優しく撫でながら、ネルバトルスは小さく小さく呟いた。
「お帰り、セラ。お疲れ様」