ホントと嘘とホントの嘘
思った以上に長くなってる気がする……。
『知っている人と知らない人、どちらを信じる?』
そう聞かたら、そりゃあ、ねぇ。
人によるでしょ。
案内された部屋にいる面々を見回していると思わず眉根が寄った。その場にいる人々の大半が知らない人。内ちゃんと知っていると言えるのはただひとり、義父だけ。
というか、義父よ、なんでここにいる。
「全員揃ったな」
そう言ったのは正面、厳めしい風貌のおじいさんだった。もう元が何色だったのかわからないほど白くなった髪はすべて後方へと流し、顔の中央で周りを鋭く見据える瞳は紺碧色をしている。そしてかろうじて誰か判断できる内のひとりでもあった。
「お祖父、さま?」
リグファーバル・ラ・ベルド・ウォルスリーブ。ウォルスリーブ伯爵家現当主であり、わたしの父方の祖父にあたる人物…のはず。というのも、直接会うのは初めてなのだ。遠目から「あれがおじいちゃんよ~」的な感じで教えられただけなのではっきりとは覚えていない。
そんなわたしの呟きを拾ったのか、お祖父さまはこちらへと視線を向け、そしてほんの少しだけ目元を和らげた…ように見えた。すぐに逸らされたのでわからないが。
お祖父さまはその場にいる全員を見回して鷹揚に頷いた。
「此度は集まってもらったこと、まず礼を言おう。今日集まってもらったのは他でもない、当家の娘婿であるフェリクシスについてだ。皆も知っての通り、先日の王国裁判によりこの者の処断が決定した。証拠もはっきりとしており、弁明の余地はない。よって、ここにフェリクシス・ラ・ウォルスリーブに対する当家からの除籍処分をわしは下す。何か意見のある者は」
いきなりの展開に思わずぽかんとしてしまった。お祖父さまが皆を見回している中、目が合ったわたしははっとしてとっさに挙手する。
「よろしいでしょうか」
わたしからの発言があるとは思っていなかったのか、その場の全員の視線が集まった。だがわたしはそれにビビっている暇はない。
「いきなりのことで話がよく見えません。この場にわたしが同席する意味があるのでしょうか」
思ったことをそのまま言っただけだったのに今度は周りの人々がぽかんとした。なんだよコラ、と思わずガンを飛ばしてしまった。慌ててお祖父さまに視線を向けるとこのお方は驚くこともせずわたしの問いに答えてくれる。
「まず、この場にお主が同席する意味についてだが、本来はお主の長兄に求めたものだった。しかし奴はお主が害されることがないのなら興味がないと一蹴しよったのだ。次兄は現在、学術院に在籍しているために此度のことには関与せぬ、長兄の意見に従うとの旨を伝えてきたのみ。末息子に至ってはお主の決定にどのようなことがあっても賛成するとさえ答えた。よって、この場にはお主を召喚することになったのだ」
「ここまではよいか?」とお祖父さまが問いかけてくるのでしっかりと頷く。それを見たお祖父さまも頷き返し、今度は義父へとその視線を向けた。
「次に、この場はそこに居るフェリクシスの処断についての裁決の場である。この者は此度、王宮管理管轄内で不祥事を認められ、先日、王国裁判により爵位、並びに保有資産などの没収、加えて以後の叙爵の無効化を言い渡された。よって、我がウォルスリーブ伯爵家内でのこの者の身の振りを処断するため、此度の召喚となったのである。―――これでよいか?」
お年のわりに(年齢は知りませんけれど?)はきはきと答えてくれたお祖父さまが言い終えたのを待って口を開く。
「ご説明いただきありがとうございます。申し訳ありませんが、もうひとつよろしいでしょうか?」
わたしが問えばお祖父さまは片眉を上げただけで先を促す。
「その不祥事について教えていただくことはできないのでしょうか?」
そうわたしが問えば周りの人々が息を呑んだ。しかしお祖父さまは別段構えることなく静かに口を開く。
「ことは王家に関わる。今ここでわしの口から告げてやることはできん」
「そうですか…わかりました。色々とありがとうございます。―――ところで、お義父さま?さっきからなんでそんな微妙な顔でわたしを見るんですか?」
声をかけながら義父に視線を向けるとなぜかびくりと跳ねられる。失礼な。わたしはまだ何もしていないではないか。
「…君は本当にあのスタットの娘か?いや、君だけじゃない。兄弟全員、本当に血のつながりがあるのか?」
心底信じられないといった風に問う義父にわたしは首を傾げるしかなかった。
「それはわたしに聞いても意味のないことだと思うのですが。それにもしも血のつながりがなくとも、わたしは彼らを“家族”だと思っています。誰がなんと言おうとスタットリスという名の男性がわたしの父であり、母はフィリアという名です。ふたりの兄も弟も、今は亡き両親も、皆がわたしの自慢の“家族”です」
わたしは本心からの言葉を告げる。けれど義父はそれに驚き、他の人たちも息を呑む気配があった。
そんな中でお祖父さまがそっと目を伏せたのを、わたしは知らない。
結局のところわたしがこの場に呼ばれた意味としては、わたしたち兄弟が義父をどうするか、ということだった。しかしどうするもこうするも、判断材料が少なすぎるために口出し手出しの仕様がない。なので取り敢えず「殺さないでくれればいい」と答えると皆さん一様に驚かれる。
なんだよ。
「…そうか、お主は知らないのだな?」
向かって右手側手前で椅子に座り腕を組んでいたオジサマがそう問いかける。どこか誰かに似ているような気がするが、ひとまずは置いておく。
「知らない、というのは?」
わたしが問い返すとオジサマは義父へと視線を向けた。その眼光が妙に鋭いのは気のせいだろうか。
「フェリクシスはお主を幽閉していただろう」
「それは…わたしが“加護”を持たず、弱いから…ではないのですか?」
実際、もっと小さな頃はよく熱を出していた。言葉を覚えるための知恵熱もあったかも知れないが、大半は風邪をひいての熱である。
そもそも赤ん坊は自己免疫力が低いために体調を崩しやすい。加えてこの世界は衛生に対しての意識が低すぎるので結果としてわたしはよく風邪をひいていたのだ。
オジサマはわたしの言葉に頷きながらも続ける。
「確かにそういった意味合いもあったかも知れないが、そもそもはお主をこちら側に近寄らせないためのものだ。あ奴はお主を手元に置いておきたかったのだからな」
話の内容がみえなくて首を傾げているとお祖父さまの後方で控えていた執事らしき初老の男性が一歩前に出た。そして軽く頭を下げた姿勢のままでオジサマの言葉に続ける。
「お嬢さま。お嬢さまは“神の真名の加護”を受けておられません。そのため、中央神聖神殿よりお嬢さまに対して擁護扶助として幾何かの支援金があてられているのです。彼の方はその支援金を受け取るためにお嬢さまをお引き取りになられたのですよ」
なんと。まさかそんな裏話があったとは…全然知らなかった。これはつまり…あれか、生活保護の不正受給みたいなものか。
へぇ~と他人事のように話を聞いているとオジサマが太い眉毛を釣り上げた。
「子どもを使って金を蓄えるなど王国の民として許し難い!女神の名の許、極刑に処されるがいいのだ!!」
怒り心頭といった風なオジサマがそう叫んだのに、先ほどの眼光の鋭さは気のせいではなかったのかとどうでもいいことを考える。
「聞いておるのかッ!」
怒声とともにダンッ!と大きな音がしたのにわたしはびくりとした。どうやらオジサマが椅子の肘掛けに拳を落としたらしい。
びっくりした~とオジサマへ視線を向けるとその熊みたいな風体で情けなく眉尻を下げていた。
「済まぬ。お主を怖がらせるつもりはなかったのだ」
「悪かった」と繰り返しながらオジサマは大きな手でわたしの頭を優しくなでる。…いや、優しくしてくれているんだろうが…オジサマ、首がっ、もげそうですッ。
「しかし…何故お主はフェリクシスを庇護するのだ?」
なでる手からわたしが逃げているのに気付いたらしいオジサマはその手を引っ込め、代わりに理解できないといった風な表情で問いかける。その目は言外に「ひどく扱われたのだろう?」と言っている。
「わたしは無体を受けた記憶はありません。沢山の本を与えていただきましたし、薬学についても学ばせていただきました。食事も、わたしが食べられるようにと皆とは別のものを用意していただいていました。愛情を感じることはあっても蔑ろにされたとはわたし自身が思っていません。事実はどうであれ、自分によくしてくださった相手に対して見殺しにするようなことはわたしにはできません」
オジサマの群青色をした瞳を真っ直ぐに見返して告げると彼は一瞬、驚いた顔をしたがすぐに相好を崩した。
「…というのは建前で、実際はわたしがかかわった人物が死ぬのを見殺しにするというのは寝覚めが悪いので」
何やら急激に恥ずかしさが込み上げてきたので慌てて言い訳を口にするとオジサマははっとしたような顔をする。そして「そうか、お主……」と呟くと眉間にしわを寄せた。
どうしたのだろうかと首を傾げているとオジサマは急に立ち上がるとわたしを軽々と抱き上げ自身の肩の上に座らせる。その際にわたしが奇妙な悲鳴を上げたのはご愛嬌だ。
「セラフィローネと言ったか!お主は儂が引き取ろう!リグファーバル、構わんだろう!」
「断る」
何やらひとりで盛り上がっているらしいオジサマの言葉にお祖父さまは底冷えする低い声で即答、一刀両断にした。よく見ると額に青筋なども浮かんでいるらしい。それにわたしがびくびくしているのを知ってか知らずか、オジサマは愉快そうに大声で笑い始めた。
取り敢えず……
高いところは怖いので下ろしてくれると嬉しいです、オジサマ。