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契約と解放

まだまだまだまだ続くぜ!

 わたしの呼吸が整うのを彼は先ほどと同じ格好で座ったまま見下ろして待っていた。

「落ち着いたか?」

 どこか愉悦を含む問いかけに、誰のせいでッ、と吐き捨てそうになった言葉をかろうじて呑み込む。けれど彼は小さく(わら)って言う。

「誰のせいかと言われれば、俺だな。だがそれがどうした。何か問題が?」

 本心でそう言っているような口調に驚いたのもあるが、それよりもわたしが口に出していなかった言葉に返答されたのに驚いた。すると彼はまた喉の奥で小さく嗤う。

「言っただろうが。思考がダダ漏れだ、と」

 片方の口角だけを上げて笑っている彼の言葉に眉根を寄せる。顔に出ているということだろうか。なおも低く笑い声を上げている彼は本当に愉しそうだった。

「まあいい。それよりもお前にこれをやろう」

 言って彼は片手をわたしの方に差し出す。訝しんでその手を見つめていると、上に向けられた掌の上に黒いモノ、精霊と思しきモノが集まってきた。ふよふよと漂うそれはいくつもの粒が集まったように見えていたが、不意に彼がそれを握り込み、再度目の前に出された時にはひとつのテニスボール大の黒い塊になっていた。

 どうなっているのだろうかと、まじまじと見つめていると黒い塊はいきなり収縮されビー玉サイズになり、それを彼が摘み上げる。

「これは見ての通り、精霊を集めて固めて創った“精霊の核”だ。分子である精霊は核に集まる習性をもつ。これを―――」

 そこで一端(いったん)言葉を区切った彼は素早く“核”を握り込むとそれを親指で弾き飛ばした。あろうことか、わたしの方へ。

「わっ!」

 驚いて後退ろうとしたがそれよりも速く黒いビー玉がわたし目がけて飛んで来るのにとっさにぎゅっと目を閉じた。けれど予想していたような痛みはなく、不思議に思って恐る恐る片目を開けて辺りを窺う。デコピンの痕はまだ少し痛いがそれ以外はこれといって変化はないように感じた。

 疑問符を飛ばしまくっているわたしをよそに彼は続ける。

「今ので“精霊の核”をお前に埋め込んだ。しばらくはお前の“核”に馴染ませる必要があるが、何、すぐに慣れるさ」

「…何、したの?」

 今更ながらの警戒をしながら問いかけると彼は先ほどと同じように手を差し出す。

「手を出してみろ」

 意味が解らないままに言われた通り片手を前に出した。

「その手に意識を集中させるんだ。精霊を集めるイメージをしながら」

 言われるまま、彼の周りに集まる黒い精霊をイメージしながら自分の手に意識を集中させる。するとわたしが差し出している手の周りにいくつかの黒い精霊がふよふよと集まってきた。最初の印象が印象だっただけに思わずびくりとしてしまったが、ふわりと触れたそれに不快感や嫌悪感はない。いうなれば、綿あめの中に手を突っ込んでいるような感覚だ。……うん、ちょっと嫌かも知れない。

(ふう)のされていないお前は精霊たちにとって害以外の何者でもないからな。“精霊の核”をお前の“核”に埋め込むことで少しはマシになるだろう」

 「俺の分子も混ぜたしな」と付け加えた彼はやおら立ち上がる。その動きを追っている最中でわたしもはっとした。足音が近付いている。先ほどの男だろうか。

「ふむ…ひとつ、教えておいてやろう」

 一瞬どこか遠くを見るようにした彼はそこだけが見える口元に不敵な笑みを浮かべて言う。

「これからお前が会う人間はお前の敵ではない。その手を取るも振り払うも、お前次第だがな」

 言ってやはり慈しむようにわたしをなでた。だが何かを思い出したようにするとじっとわたしを見下ろす。

「今のは“契約”だ。俺はお前を守る盾となり、敵を切り裂く刃となろう。だがお前が俺を従えるわけではない。その逆もまた(しか)り。俺は手を貸すだけでお前のものではない。それをゆめゆめ忘れてくれるな」

 わたしの頭をぽんぽんと叩いて彼は手を離した。そして再度にやりと嗤う。

「俺はお前に死なれると困るのだ。丁度良い余興を見つけたんだからな。―――そう簡単に死んでくれるなよ?」

 縁起の悪いことを言う彼に思わず顔をしかめた。すると彼は小さく笑い、なんの予備動作もなく後方へと地面を蹴る。

「じゃあな」

 その言葉を最後に、彼は精霊と同じようにはらはらと霧散して闇に消えていった。あまりにも突然のことにわたしはしばらく固まっていたがふと思い出してがっくり項垂れる。


「結局誰なのか聞いてない……」






 いくらもしない内にやって来た男は力なく項垂れているわたしを見て不思議そうに問いかける。

「どうした?気分でも悪いのか?」

「気分?…そうね、最悪かも……」

 うふふふふとやや遠くを眺めながら心の中で悪態を吐く。


 くっそぉぅ…。覚えてろよあの性悪め!



 思い出したらとことん腹が立ってきたのでひとり暴れる。それを少し離れたところで男が眺め、次いで見られていたということで羞恥に悶絶し、しばらくしてようやくやっと落ち着いたわたしは呆れたような苦笑を向けられた。

「気が済んだか?なら出るぞ」

「う?」

 暗くてよかった、今絶対に顔真っ赤だ、とか考えていたわたしは急に声をかけられたことで変な声を出してしまった。それにまた赤くなったが男は顎をしゃくって扉を示す。


「旦那さまがお待ちだ。お前を連れて来いとさ」


 男の言葉にわたしは頭の中がすっと冷めていくのを感じる。



 さて、わたしはこれからどうなるのだろう。

 解放されるのか、それとも―――――


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