課外授業と予想外
各雨期と乾期は三ヶ月ずつ。その三ヶ月をそれぞれ「始め月」「中月」「終わり月」と呼ぶ。新年祭を行うのは「第一乾期」の始め月。“日本”風に言うなら一月一日。そこから「第一雨期」「第二乾期」「第二雨期」と続いて一年となる。
今は夏真っ盛りな第二乾期の中月。しかし“夏”とは言っても暑くなるわけではなく、それどころかこの世界はほとんどの地域が一年を通して大きな気候の変化がない。故に『暑くなる』と言っても長袖が半袖に変わるくらいの気温変化だ。そしてそもそも気候の変化が激しくないため、この世界には『春夏秋冬』という『四季』の概念自体が存在しない。寂しいなと思う反面、虚弱体質なわたしとしては「助かった」というしかないような気もする。ほら、気温の変化とかで熱出しそうだし。
まあ、それはさておき。ここ、シルバニアンス王国は国土の大半が地母神グランディアの加護下にあり、一年を通して実り豊かため「豊穣の国」として有名だ。
つまりは、常春&常夏(そこまで暑くならないから初夏?)状態なのである。国土的にもそんな状態なので国民も飢えを知らない。故になのか、頭の中もある意味で常春状態なのだ。そして悲しいかな、わたし自身もそうだったらしいと知ることになる。
現在目の前に座っているのは薬学の先生、リーザ・メメンさん。だぼっとしたローブとフードを目深にかぶり、大鍋の前で低く笑っている姿がよく似合いそうな『魔女』と呼びたくなる見目をしている。しかしその実、フードの下の顔は大きな目の愛らしい女性で、加えて極度の人見知りと怖がりなのだ。初対面の時なんてこっちが謝りたくなるほど蒼い顔をしていたし。実際は彼女の方が土下座する勢いだったが。
「きょ、今日は、実際に生えている薬草を、みぃに行きたいと思いますっ」
なぜ四歳児にそこまでビビる必要があると疑問に思うが、彼女の言葉にそんな思考は吹っ飛んだ。
「先生」
「はいぃっ!」
なんか立場が逆転してるぞ、先生。
「見に行くって…お屋敷に自生している薬草はどれもそれほど珍しくもないですし、我が家には薬草園もありませんが」
ここ最近はバーンが一緒のおかげか、屋敷のいろんなところに行けるようになっていた。メリルはわたしが怪我をしそうなところには近付かないし、近寄らせもしないので行動範囲は結構限られていたのだ。けれどバーンとふたりだけだと「だめですよ」と言ってくる人物がいないので今まで行ったことのない場所にも行くことができるようになったのである。
行動範囲が広がり楽しい毎日を送っているがついつい自分が虚弱体質なのを忘れてしまい、結局はバーンにおぶられて帰ってくるということを繰り返していた。その度にメリルが蒼くなって赤くなって、最後には半泣きになるのである。
ホントすみません。
閑話休題。
思わずじっと先生を見つめしまっていたようで彼女はガクブルと震えていた。
「いいぃぃえそうではなくっ、お屋敷の外に、わたしがいつもお世話になっている薬草園へお邪魔する予定ですぅ!」
震えた声が早口に言う。その瞬間、わたしは自分の顔が輝いたのを自覚した。勢い良く立ち上がろうとして失敗し、机に額を打ち付けてしまったがそんな痛みなど忘れてすっくと立ち上がる。
「ホントに?!お屋敷の外に出られるんですか?!」
勢い込んで聞いたわたしにやはりガクブルしながら彼女は壊れたようにコクコクと頷いた。
右を見て、左を見て、後ろを見て、
「…はあぁ……」
溜め息が出た。そんなわたしの隣で先生はやっぱりガクブルしている。
わたしは今、王都の東の端に位置する王立造芸園へと来ている。ここでは珍しい作物や花の栽培、並びに繁殖をしており、その一角で同じように薬草も栽培されているのだ。王立というだけありその草花の種類は豊富で質も良く、ちゃんと料金さえ払えば一般市民にも提供されるらしい。
実に興味深く楽しそうな場所ではあるのだが、わたしは現在ブルーだった。
右を見る。少し離れたそこに立つのは伯爵家の私兵騎士だ。左を見る。右に同じ。後ろを振り返ればやはり同じく、こちらはふたりの男性が付かず離れずの位置にいる。
……なんだこの物々しい雰囲気は。
ここに来るまで馬車で三十分ほど。最初は大人しくしていたがさすがに暇になり、外の様子でも眺めようかと締め切られたカーテンに手を伸ばしたところ、同乗していた騎士さま(今、左に立っている美青年)にやんわりと止められた。窓の外が見たいのだと申し出ても微笑みながら「もうすぐ着きますので」とか「もう少しだけご辛抱ください」とか言うだけで取り合ってくれないのでもう途中で諦めたよ。
そうして辿り着いたのがここ。初心に帰って目をキラキラさせていたのだがすぐに現れたこの物々しい人たちに心底げんなりした。先生は隣でガクブルしだすし。
なんなんだよもう……。
その時はそれぐらいのことしか考えていなかった。