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家族

暗い。暗いよぉ……。

明るくしたいのに(T^T)

 あの後、結局は部屋に連れ戻された。まあ、別にいいけどさ。


 そして現在、朝食後。薬学の先生が来るまでの空き時間にわたしはメリルと向かい合っている。

「聞いておられるのですか?お嬢さま」

「はい、ちゃんと聞いています」

「なら目を見て答えてください、お嬢さま」

「ぅ…はい……」

 さり気なく逸らしていた目をメリルに向けなおす。そこに見えたのは怒りの形相ではなく、不安げな表情だった。そんな彼女に再び目を逸らしてしまった。

 昨夜の脱走(チガウ)を見つけたバーンは明朝、そのことを一番にメリルへと報告したらしい。それを知ったメリルの取り乱しようが目に浮かぶようである。

 彼女の役目、立場、わたしに対する接し方から察する心情、そのどれもが理解できるわたしとしては、だからこそ弁明はしたくはなかった。

 薬学の授業に関しては専門外なため手を出すことはできないが、それ以外の読み書きや常識(マナー)の授業はメリルが請け負っている。身の回りの世話も任せてしまっている身としては頭が上がらない相手だ。一般家庭のような子どもの「(家事)お手伝いするー」はこれまで一度も認めてもらえなかったためすでに諦めてはいるが、ならば彼女の負担にはなるべくなりたくないのである。

「…お嬢さま」

「………ごめんなさい」

 俯いたままの謝罪は消え入りそうな小さなものだった。本当ならちゃんと相手の顔を、目を見てしっかりと謝罪の言葉を告げなければならないのだろうが。


 しばらくの沈黙の後、メリルはわたしの前に屈み込んだ。同じ高さになった榛色( はしばみ )の目で彼女は真っ直ぐにわたしを見る。

「お嬢さま、わたくしは怒っているのではありません。不安で(うれ)いているのです。 お嬢さまはまだ幼くあらせられます。人恋しくなることもあるでしょう。ですが、いくら月の明るい夜だからといっておひとりで母屋へ(おもむ)こうとなさらないでください。暗い夜道、どこで何があるかわからないのですから」


 …ん?


「もし今後も同じようなことがありましたらわたくしか、せめてバーンさまに一言声をかけてください。 よろしいですね?」

「あ、はい。これからは決して夜にひとりで出歩いたりはしません」

 何か話の方向性が違う気がするが…まあいいや。


 今度こそしっかりとメリルの目を見て反省と約束と謝罪を告げた。



 その夜、今回の件を知った兄がうるさかったのは言うまでもない。






 あんな夢を見たせいで恋しくなったのか、わたしは寝室のベッド脇に備え付けてあるナイトテーブルの引き出しから小箱を取り出した。四歳児であるわたしの両手にやや余るシンプルな、けれど細かい意匠の凝らされたオルゴールのような木箱の蓋をそっと持ち上げる。中に入っているのは若草色の布に包まれたブローチと一対の指輪だ。指輪の片方はひどく焼け焦げほとんど原形を留めてはいないが。

 それらをそっと指先でなぞりながら持ち主たちの姿を思い浮かべる。



 母・フィリアはわたしの目の前で刺殺(さしころ)された。腹部を貫通しそうなほどの深手に加え、凶器には即効性の毒物が塗ってあったそうだ。体内に含まれると同時に感覚器官を麻痺させるというものだったという。当時二歳だったわたしには何をすることもできず、ただ目の前で母が死ぬのを眺めるしかできなかった。ディーが生まれて半年もしない頃だったと思う。

 その半年後、父・スタットリスは焼死体でわたしたちの目の前に横たわっていた。下級騎士であった父は夜半警邏(けいら)最中(さなか)、数名の仲間とともに襲撃され瀕死の重傷を負わされた上で生きたまま焼き殺されたそうだ。後には元が誰だか判断できない状態になった父の遺体だけが残っていたという。この時、応援を呼びに行った二名と、負けを確信した父により逃がされた残り三名は手傷を負いながらも生存したそうだ。今どうしているかは知らないが。

 父は母が亡くなってすぐ、以前からこうなることを予想していたように絶縁状態だった実家に連絡を取り、妹夫婦へ手紙を出していた。『もしも自分に何かあった場合は子どもたちを引き取ってやってほしい』と。

 結果として、その悪い予感は見事的中してしまい、わたしたち兄弟は半年の内で立て続けに両親を失った。すでに学院へ通っていた兄たちは院を辞めてでもわたしやディーのそばにいると言ってはばからなかったという。

 わたしは当時のことを幼いながらも妙にはっきりと覚えているが更に幼かったディーはほとんど記憶にないようだった。それでも義父母(りょうしん)を親とは認めても“家族”とは認めていないらしい。彼らを父・母と呼ぶのも「ねえさまがそうするならぼくもそうする」と言ったほどだ。わたしへの異様な懐き具合はその辺りに起因しているのだと思っている。兄たちのわたしたちに対する溺愛ぶりも似たようなものだろう。


 幸せだと思う。

 けれど、悲しい気持ちも、寂しい気持ちも一向に薄まる気配はなかった。

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