オトモダチ?
雨期が終わり、夏がやってきます。(この世界に夏という概念云々の前に四季という概念自体がなかったっ)
“日本”でいうところの梅雨明けです。
そんなある日、我が家の住人が増えました。
「バーンバルド・ルフトヴァルと申します。どうぞ、バーンとお呼びください、お嬢さま」
そう言ってわたしに頭を下げているのはひとりの少年だった。黒と言って差し支えないほど濃い深緑の髪を短く整え、それとは対照的に深紅の瞳は目の覚めるほど鮮やかな色をしている。
彼のことは以前からすでに聞いていた。騎士の家の子で、行儀見習いのようなもので我が家に来るのだと。それを聞いてわたしは少しわくわくしていたのだ。騎士見習い、ということにも興味を引かれたのかも知れないが、それ以前にわたしの周りには年の近い子どもがいなかったのが原因だと思う。
ディーはひとつ下だとはいえ弟だ。血縁者である。そして“神の真名の加護”の件でわたしはほとんど屋敷から出たことがない。そのため、年の近い知り合いというものがいなかったのだ。
しかし今回、もしかしたら初のお友達ゲットなるか?!と喜んでいたのだが……。
当の本人を目の前にして思わず逃げ腰になってしまう。聞いたところによるとわたしよりも六つ年上、現在十歳だというが、さすが騎士を目指すだけあるのか、随分とガタイが良い。身長は高く胸板もすでに厚みを持っている。
………しかし、なんだろうか。この、妙な圧力は。
確かに体格差による圧迫感は否めないが何か違う気がする。それに目を見るに、わたしに対する敵愾心や加虐心は感じない。と、いうより、なんだこの虚ろな目は。
そこまで観察して思わずはっとする。気のせいだというのはわかっているのだが、彼の方から何やら黒いオーラが流れてくる気がしたのだ。重苦しくどろりとした、負のオーラが目の前の少年の背後から垂れ流されている気配がする。
思わず一歩後退ってしまった。
仲良く…なれるのだろうか?
というかしない方がいいのか?!
死亡フラグはへし折っておきたいのだが……。
バーンが来てからわたしの一日の予定が少し変わった。
今まで一人で食べていた朝食をバーンと一緒に食べるようになった。その後、午前中は薬学や読み書きといった座学をして、お昼は屋敷にいる家族で食べ、場合によってはバーンも混じる。昼食後はバーンを引き連れ運動も兼ねた屋敷探索を行い、現在屋敷の見取り図を作成中だ。
時間があればお互いのことをぽつりぽつりと話し合う。基本無口なバーンだが聞いたことにはちゃんと答えてくれるし、わからない話も理解しようとしてくれるので、ささやかなことだとはわかっているがとても嬉しい。
さすがに夕食は別々だが、食後は一緒に遊ぶ。前世の記憶にある、チェスやオセロといった簡単なボードゲームだ。フロルやディーも加わる場合はすごろくやトランプに切り替わるが。ちなみに全部手作り紙製だ。
余談だが、フロルが初めてチェスやオセロを見て遊び方を聞いてきたので説明するといきなり抱き締められ
「もうほんッとおにセラは天才だよ!ああ、すごい。可愛いだけじゃなくって頭もいいなんて。もうホントに食べちゃいたいよ」
なんて発言をされてディーとバーンを盾にしたのはご愛嬌だ。
まあ、本気で逃げたが。
ちゃんとディーとバーンが匿ってくれたのは嬉しかった。
後日、トランプやチェスといった前世の玩具がわたしの名で特許申請され巷で一世を風靡したらしいが、わたし自身がそれを知ったのはもっとずっと後だった。