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最後の任務




 グレイグー。


 ナノテクノロジーリスクの一つであり、文明の滅びの一形態でもある。

 21世紀が終わる頃。

 数千年、もしかしたら一万年近くもかけて人類が育て上げた文明は、巨大隕石の衝突ではなく、核戦争でもなく

ましてや異星人の襲来でもなく、疫病でもなく。

 ナノサイズの極微小機械・ナノマシンの暴走によって引き起こされた“グレイグー”によって静かにそしてあっさりと終焉を迎えつつあった。

 きっかけは100年経った“今”となってもわからない。

 どこかの国で行われた秘密兵器の実験が失敗したからだとか、宇宙人の仕業だとか生き残った人々の間で色々な説が囁かれていた。

 只確実に言える事は、人類は衛星軌道上からも見える程大きな“シェルター”と呼ばれる建造物の中でしか生きられなくなったと言う事だ。

 "シェルター”は巨大は球状で、地上には半分が露出している。

 一見ドームのようなその形は、骨細工のように幾重も内部に向かって同じような球状の壁が中心に住まう人類を守るべく設置されていた。

 一方シェルターが設置された広大な平野では、延々と続く深い森が広がり巨大なシェルターを侵食するようにその周囲を覆っている。

 本来グレイグーが起きると、地表地下問わず星そのものが自己増殖を繰り返したナノマシン群体に飲み込まれてしまう。

 しかしシェルターの周囲数百キロは一見、何の変哲もない森が広がっていたのだった。

 その理由はシェルターが発するナノマシン制御の為の信号にあるとされている。

 シェルターを中心として全天方向にナノマシンの増殖抑制信号が、周囲数百キロに渡って発信されておりその影響でかろうじて

グレイグーの海に沈んだ地表に、まるで衣服にたらした染みのようにかつての自然の姿が残っていた。

 その自然を維持するための雨や植物、生物たちの生態系がどのようになっているのかは不明である。

 シェルターを囲む広大な森の外、まるで水のような灰色のナノマシンの海から一体どうやって雲が発生し、雨となり、森に降っているのか

調査を行うだけの余力が人類に残されてはいなかったからだ。

 彼らにできることはせいぜい幾重もの壁に守られたシェルターの内側、外宇宙移民用に開発されたシステムで稼働する居住区にこもる事である。



 バジルはそんなシェルターの防衛部隊“オーダー”の一員として長年ここ、ゼノビア・シェルターを守ってきた。

 今年で50歳になる彼は、20年前に妻と娘を事故で亡くして以来ずっと防衛任務に明け暮れる毎日であった。

 防衛任務。

 そう、ここゼノビア・シェルターでは常に“防衛”を行う必要がある。

 いや、世界中のいくつ残っているかわからないシェルターでも同じように“防衛”を行う必要があるだろう。

 分厚い壁を地中にまで幾重にも張り巡らせ、外宇宙航行システムを応用したその内部は外界と完全に遮断され

更に忌々しいあのナノマシンの海からも身を守る信号を発信し続けていても、“外敵”は存在するのだ。


『こちら司令部。0521バジル応答せよ』

「こちら0521バジル。通信波良好」

『最終隔壁防衛部隊が撃退した敵残党がそちらに向かった。数は3。第8隔壁まで後退してから向かい撃て』

「了解。0527番までを率いて敵3を殲滅する。ルート6上にある隔壁開口の開放を要請する」

『司令部、0521バジルの要請を確認・受諾する。速やかに任務を遂行せよ』


 長年親しんできた宇宙服のような強化防護服の中で、バジルはしわがれた声で了解と答えた。

 今回もなんとか“アレ”を撃退できたようだ。

 安堵と共に、部隊の新兵達への通信を始める。

 強化防護服の肩の部分と一体になったヘルメットの目視窓に、先日任官したばかりのルーキー達の名前が六つ浮かび上がった。


「こちら0521バジル。各自指令は聞いていたな?」

『はい!』

「相手は3。訓練通りにやれば問題ない。接近だけはするな。連中は強化防護服などお構いなしに“侵食”してくるからな」

『了解です!』

「手順はB。0525から27までが燃やせ。他は足止めだ。ルート6は移動しやすい地形だ。安心して跳べ。通信は切るなよ? いくぞ」


 危なっかしい部下達に手早く指示と助言を出して、バジルは強化防護服の移動制御にとりかかった。

 背負った巨大なバックパックの四つの噴射口から瞬間的に空気が吹き出して、元々宇宙服であった防護服ごとバジルを空中に跳躍させた。

 その四肢、両肘と両膝から先に設置されたゴツい鉄の塊には姿勢制御用の噴射口が付いており、空中でバックパックと同じように空気を噴出し

次いで着地の衝撃が彼を襲う。

 常人ならば気絶してしまうであろうその衝撃にバジルは眉ひとつ動かさず、すぐさま次の跳躍を行った。

 通信機からルーキーたちのうめき声が聞こえてきたが、彼は気にもとめない。

 強化服のヘルメットの内部は意外と広く、通信機や色々な警告灯が並びその中に一枚の写真が貼りつけられていて

着地の衝撃に剥がれかけた右下の隅が小刻みに揺れていた。

 写真に映る三人は暗く陰気な防護服の中で満面の笑みを浮かべている。


『目標ポイント、到着です』


 防護服の女性型アナウンスに、バジルは手にした大きな銃を構え跳躍を停止させた。

 部下のルーキーたちはまだ、かなり後方だ。

 司令部から送られてきた敵の位置もまだまだ遠くであり、彼は僅かな猶予を使ってヘルメットの中、計器類で淡く照らし出している

明かりを頼りに20年間行ってきた儀式を行うことにした。


「エイミー、サラ。仇は取るからな」


 つぶやきは、通信機を通して他の者に聞かれないよう殆ど声にならないものであった。

 遅れて、ルーキー達がやって来る。

 繋いだままの通信機から彼らの荒い呼吸音が耳にうるさい。


「司令部、こちら0521バジル。全員位置についた」

『こちら司令部。そちらの位置を確認した。現在の敵の座標を送る』

「こちら0521バジル。了解」

『0521バジル。敵の数を修正する。そちらに追い込んでいる追撃部隊により、敵数1に変更』

「了解。司令部、追撃部隊はどこか」

『2351ジャック麾下5名の部隊だ』

「了解。ジャックにはあとで奢らせてもらうと伝言を頼む」

『0521バジル。私用の通信は許可できない』

「司令部。見逃せ。今日は俺の最後の任務だ」

『訓練兵の前だぞ、バジル』

「こいつらもこれが終われば正規の隊員だ。最後くらい、威張らせろよ」

『0521バジル。私用の通信は許可しない。命令を復唱しろ。君は重大な隊規違反を侵している』

「こちら0521バジル。なぁ、アレックス。機嫌を直してくれ。生理か? それとも生理が来ないからカリカリしてるのか? となりに座っているのアニーを見習って、もう少し現場の年寄りには優しくしてもいいと思うが。」


 通信機の向こうから、どっと笑い声が起きる。

 ルーキーたちのものだ。

 司令部からも笑いが漏れてきている。


『こちら司令部。帰ったら覚えておきなさいよ! 退役パーティでアンティークの鉛玉をケツにぶち込んであげるわバジル!』

「それは楽しみだ。だが弾薬は貴重品だからな、君の可愛いナックルで我慢しとくよ。――司令部、敵マーカーが交戦エリアに侵入した」

『こちら司令部。交戦を許可する。ご武運を』

「こちら0521バジル。了解した。これより索敵行動を開始する。通信を一旦遮断する。以上。……ルーキーども、聞いていたな?」

『はっ!』

「敵は1。マーカーはついているが過信するな。基本は視認だ。互いの位置を常に意識しろ」

『了解!』

「敵はどんな姿をしているのか、“決まってはいない”。仲間が喰われても躊躇なく仲間ごと撃て」

『了解!』

「いくぞ!」


 バジルは再び強化防護服を跳躍させた。

 ルーキーたちの防護服もそれに続く。

 見た目も性能も全くおなじ強化防護服であったが、二度目、三度目の跳躍で大きくバジルとルーキーたちの距離に差が開いた。

 通常ならばバジルの方がルーキーたちに会わせるのだが今回ばかりは別だ。

 最後の任務。

 敵の数も1。

 そして、なによりも相手はバジルの妻と娘の命を奪った事故の原因だ。

 20年前。

 ゼノビア・シェルターを守る隔壁はまだあと5つも残っていた。

 敵の進行もそれ程大規模ではなく、居住区も当時は最終隔壁の外にまで広がっていた。

 バジルの妻と娘はその日、最終隔壁から2ブロック外側の娯楽施設で事故に遭遇することになる。

 任務と訓練に追われたバジルが娘の誕生日に顔を出せず、妻が娘の機嫌取りとして娯楽施設へ繰り出していた休日での事。

 二人は突然外側の隔壁開口が開く音を聞き、どこに潜んでいたのかなだれ込んできた“敵”にあっけなく喰われたのだった。

 喰われた、というのはあくまで比喩で“分解・融合”されてしまったと言った方が正確だ。

 "敵”はナノマシンの海からシェルターが発する制御の為の信号を突破してやってくる、ナノマシン群体であった。

 何故突破できるものと出来無いものがあるのか、なぜ取り付いて“喰った”体を破壊すると機能停止するのかはわからない。

 牛、馬、猫、犬、鳥、そして……人間。

 喰った体をわざわざ過去に取り込んだあらゆる姿に変えながら、“敵”はシェルターの中心を目指し侵攻して来るのだ。

 その目的は不明。

 今を生きるだけで精一杯の人間たちに、その理由を突き止める余力なども無い。

 噂程度ではシェルターの中心に奴らのサンプルがあるからだとか、奴らの制御技術をもったエイリアンが人間を滅ぼして

惑星改造を行っているだとかは言われている。

 だがそれらはあくまで噂であり、シェルター周辺の森が無事であることや人間の施設のみを狙っている根拠などを

人類は何一つ証明できずにいたのだ。

 そして。

 妻と娘を失った“事故”から20年。

 ゼノビア・シェルターは最終隔壁を残し、なんとか生きながらえて今に至る。


『警告。隊列が乱れています。単独行動は危険です』


 耳障りなアラーム音がバジルの耳に響く。

 いつの間にか防護服の女性型アナウンスが抑揚のない声で警告を発していた。

 ヘルメットの視認窓の内側に表示されているマーカーは、自分と敵以外は表示されていない。

 ルーキーたちはかなり後方で必死に追いつこうと移動しているようだ。


『警告。隊列が乱れています。単独行動は危険です』

「敵索敵優先。位置を特定次第、隊情報にアップデート」

『コマンド確認。索敵開始。――終了。敵数1。場所を表示します』


 バジルの音声コマンドに強化防護服は素早く反応した。

 鼓動が高なる。

 敵の位置を示すマーカーは、奇しくも妻と娘が喰われた娯楽施設跡を示していた。

 距離にして約1km。

 二度ほど跳躍をすれば十分だ。

 殺してやる。

 俺の、家族を奪った場所で。

 この時、バジルは思わず20年ぶりに呪い続けた神に礼を口にした。

 跳躍。

 殺してやる。

 着地。

 もう一度、跳躍。

 殺してやる。

 着地。

 100メートルほど先に、“敵”の姿を確認。

 ……人型だ。

 それも小さい。

 殺してやる。殺してやる。

 銃を構え、照準をあわせる。

 数万度になるエネルギー弾によって、憎い敵は跡形もなく燃え尽きるはずだ。

 あとはトリガーにかかる指に力をすこし、込めるだけ。

 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる!

 よくも妻を、娘を!

 湧き上がる怒りで白濁する脳内に、ロック完了のアラームが響いた。

 同時に“敵”はバジルの存在に気が付いて凄まじいスピードで突進を開始する。

 敵との距離を示す数値は80を切っている。

 もう遅い。

 死ね!

 珍しく憎悪を口に乗せて、バジルはトリガーに力を込めようとした。

 距離は50。仕留めるには十分な距離だ。

 が、しかし。

 込められない。

 子供でも引ける軽さのトリガーが、引けない。

 望遠レンズを通して表示される“敵”の姿が、ヘルメットの内側に貼る写真の娘と同じであったからだった。

 距離は10を表示。

 バジルは……



『こちら司令部。0521バジル、応答せよ』

「こちら0521バジル。どうした? 任務完了の通信は入れたはずだが」

『これよりそのエリア一帯の焼却処理を行う。隊を率いて直ちに最終隔壁の内側まで退避せよ』

「了解。」

『強化防護服の洗浄は帰投後ポイントC-3で行え。それと……帰ったら覚えておきなさい、バジル! さっきの忘れていませんからね!』


 司令部とルーキーたちの笑い声が通信機から聞こえてきた。

 バジルは困ったように、いつものしわがれた声で了解と応答しまだ燃えている“敵”を一瞥して跳躍を行った。

 ルーキーたちは慌ててそれに続く。

 居住区に帰れば、彼の戦いの人生はとりあえず終わる。

 残りの余生は、平穏なものとなるであろう。

 跳躍の衝撃に耐えながら、ルーキーたちは去りゆく老兵に次々とねぎらいの言葉をかけて隊規違反を重ねていた。

 バジルは無言でその言葉を聞いて、跳躍を繰り返す。

 やはり、どうしてもその動きにルーキーたちはついて行けない。

 あるルーキーの、いつか自分たちもそんな人間離れしたような動きができるでしょうか? との問い掛けに

バジルはしわがれた声でできるさ、とだけ答えた。

 やがて全員最終隔壁へと到達し、わずかに開いた開口から中へと入っていく。

 隔壁の内側では防衛部隊がすでに基地への帰投準備を始めていて、バジルたちの隊がどうやら最後であったらしい。

 ゆっくりと閉じていく隔壁の開口を眺めながら、バジルは司令部へ通信を要請した。


「司令部。こちら0521バジル。全員最終隔壁の内側に退避を完了した」

『こちら司令部。退避を確認した。隔壁開口のロックを開始する。

……ところでバジル、甘いものは好き? 今日のパーティでケーキを焼いてみたの』

「アレックスが? 珍しいな」

『これで最期だもの、それくらいのサービスはしてあげるわよ』

「ありがたい。そのままベッドの中まで付き合ってくれないか?」

『リップサービスに本気になる老人って、みっともないわよ?』

「ひどいな。俺はまだ中年だぞ」

『私から見ればおじいちゃんよ。で、どうなの? 甘いの苦手なら先に言っといて』

「いいや、甘いものには目がない」

『クソ! 思い切り甘くしてやろうとおもったのに!』

「おいおい、そんな口の利き方じゃ嫁の貰い手が見つからんぞ?」

『大きなお世話よ。……バジル、最後の任務お疲れ様』

「ありがとう、アレックス」


 強化防護服の中で“少女”はしわがれた声でそう答えた。

 そして最終隔壁の開口はゆっくりと閉じられた。












 

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