七話 思い出はいつの日も
翌日、十三日目の朝。私は根本から木っ端微塵になった木の残骸を前に顔をひきつらせていた。足下ではタマモが尻尾を丸めて縮こまり、ひゅんひゅん怯えた声を上げている。私だって怖い。自分がやった事だけど。
事の成り行きはこうだ。
縄文人との接触の前にまずは偵察して情報を集めようと思った。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。言葉がわからないまでも相手の事をあらかじめ少しでも知っていれば接触はスムーズにいく。
しかし私にスニーキング技術は無いし、段ボールも持っていない。情報収集中に見つかってしまうかも知れない。
見つかる→ギャー化け物ー!→棍棒でぶん殴られ、首が折れて死ぬ→再生する→うわあああ生き返ったー!→槍で心臓を突かれ、血を吐いて死ぬ→再生する→ぎゃああ(ry
有り得る。
古来よりアルビノは地域によって吉兆とも凶兆とも言われてきた。例えばアオダイショウのアルビノ、白蛇は縁起の良い動物として有名だ。反してアルビノが由来とされる吸血鬼は悪の象徴。
私は全体的に白く、外見的にも体質的にもアルビノと言っていい。
吉兆と判断されればいいけど、凶兆と判断されたら最悪昼夜問わず執拗に追い回されて血祭り。
ぷるぷる、私悪いアルビノじゃないよ! と主張したところで言葉が通じない。力でもって自衛するしかない。
私は肉体性能的には間違いなく貧弱一般人(少女)であり、大人の男と取っ組み合いになったらHBの鉛筆をベキッ! とへし折るように首の骨を折られて死ぬ。まともな手段で自衛は達成できない。
で、まともじゃない手段、菌を使った自衛の練習としてフィーリングで適当に1000kJ使って土を適当な木に叩きつけたら、肌を叩くもの凄い破砕音と共に文字通り木っ端微塵になった。耳がじんじんする。嘘だといってよバーニィ。1000kJってこんなに凄かったのか。
中にバイブでも入ってるんじゃないかというぐらいぶるぶる震える哀れなタマモを抱き抱えて撫で回し、宥めながら威力を調節してリトライ。
色々試した結果、丸っこい小石を200Jで撃ち出せば木肌が抉れ、拳銃並の殺傷力を得られる事が分かる。
また、砂利を一掴み50Jで投げつければ痣だらけになるぐらいの威力が出るようなので、自衛手段はこれでいく事にする。
これでバッチリだと砂利を一掴み握り締め昨日縄文人が現れた付近を見張れる木の陰に隠れた。川を挟んでいるから早々見つからないはず。
ところがいくら待っても現れない。毎日漁をしているわけじゃないのか。それとも場所を変えたのか。
じりじりしながら地面に伏せて待っていると、昼間なのになんだかあたりが妙に暗くなっているのに気づいた。空を見上げると黒い雲が上空に近づいてきているのが見える。
「あちゃ」
小さく呟き、慌てて飛び起きて屋根の確保に走り回る。生まれ変わってから一度も雨に降られなかったから油断していた。
雲の規模からけっこうな大雨が予測される。木の下にいてもずぶぬれだろう。
冷たい雨に打たれれば体力を消耗するし、眠れやしない。体をねじ込めるだけの大きさの木のウロでもあればと走り回ったが、そうそう都合良くあるはずもなく。仕方ない、こうなったら先行投資だ。
河原に降り、エネルギーを消費してでっかい石をいくつも動かす。Cの形になるように積み上げて、上に平らな石を屋根代わりに被せた。その中にタマモと山菜籠を抱えて潜り込むと、一分もしない内に雨がぱらつきだし、すぐに土砂降りになった。セーフ。
縄文人は空をみて雨が降ると予想し、やってこなかったのだろう。私は縄文人以下か。天気予報に頼りきった現代人の無能さが情けなくなる。
石室の中に座り込み、ざあざあと音を立てて降りしきる雨をぼんやりと眺める。石の上に直に座っているので尻が冷たく、痛くなってくる。ついでに気温も下がってきた。もこもこのタマモを抱きしめてカイロ代わりにする。それでも手足の先は冷えた。
雨は止まず、縄文人は現れず、やがて夜になった。石室は急拵えとはいえ寝転がって寝るだけのスペースはある。なんだか気が抜けた気持ちで肌寒さに震えながら寝た。
次の日に起きてもまだ雨は降り続いていた。雨足は昨日より弱まってはいるものの、空には切れ目なく雲が分厚く広がっている。
春から夏にかけての長雨。どうやら梅雨に入ったらしい。
石室に座り込んで遠目に川を見ると増水して水かさを増し、茶色く濁った水がゴウゴウと流れていた。縄文人もわざわざあの中に入ろうとは思わないだろう。つまり梅雨の間、多分縄文人は川にやって来ない。
川にやってくる縄文人をつけて集落を特定する予定だったが、尾行しなくても探す事はできる。ただ探す事ができるだけで、集落の位置の手がかりがおそらく川の対岸という事しか分かっておらず、探索効率はめっちゃ悪い。
別に遮二無二探しだそうと思うほど人恋しくはない。タマモがいるし。
梅雨が明けるまで大人しくエネルギー貯蓄に励もう。となると煮炊きのために土器が欲しい。
……土器は沢に置いてきてしまった。まさかこんな事になるとは思ってなかったもんだから。それに沢の位置なんて覚えてない。ぬかったわ。
フキ葉服もボロくなっている。下着はもうすり切れて使えず、上着も裂け目や穴だらけ。全裸の危機再び。やめてよ縄文人ですら服着てるのに。原始人どころか類人猿に逆戻りじゃないですかヤダー!
今の貯蓄量は36MJ。何も食べなくても九日は持つ。梅雨は大体五月~七月の二ヶ月=六十日だから、穴熊を決め込むには全く足りない。
まあ梅雨といっても丸々二ヶ月間雨が降り続ける事は無い。晴れ間が覗いた日にでも生か焼くかで食べられそうなものを探して喰い繋ぎつつ、新しく土器を作ろう。河原沿いの土手を探せば粘土くらい見つかるはず。
もしなかなか雨が止まないようなら雨に濡れて体力を消耗してでも食料を探しに出る。明日の朝ぐらいをタイムリミットにしておこう。
服は……食べ物を優先して探し、その途中でもし手頃なでっかい葉っぱがあったら新調しよう。フキか天狗の団扇のアレが狙い目か。なんて名前の植物だったか思い出せないけども。
雨音を聞きながらウトウトしていると、昼頃に雨が止んだ。石室から這いだして大きく伸びをし、空を仰ぐ。晴れ間は覗いていなかったが、雨の気配はない薄曇りだ。
雨上がりでつるつる滑る河原を転ばないように慎重に歩く。増水した川には近づかない。台風の後に増水した田んぼや川の様子を見に行って流されるというのは現代でもありがちな事故だ。落ちれば溺死する。
昼食は食べたから、乾燥山菜のストックは残り四食。明日の夕食でなくなる。そうでなくてもあまりチマチマ食べていては梅雨の湿気を吸って黴が生えそうだ。新しい新鮮な食料を確保しなければならない。なによりもこんなマズいのを主食にしたくない。
河原は日当たりがいいからか、森で見かけなかったヨモギとタンポポがすぐに大量に見つかった。ムラサキツユクサも繁茂している。河原やばい。
でもこれ、全部炭水化物じゃないんだよなぁ。乾燥させて体積減らさないと採算とれない。
食料を集める前に薪集めをした。雨に濡れてびっしょりの木を河原に並べて乾かす。一抱えもある大きな流木もあり、薪は大量に集まったが、どれもこれも濡れていて使い物にならない。
薪をせっせと運び河原いっぱいに並べたら、粘土を探す。こちらもすぐに見つかった。川沿いの土手が大雨で崩れて地層がむきだしになったと思われるそこの粘土は、沢付近にあった灰色のものより赤みがかっていて、柔らかい。灰色と赤色。多分成分の違いだろう。粘土の種類によって土器に向き不向きがあるのかも知れないが、知るすべはない。
雨期が明けるまでの二ヶ月間か、場合によってはそれ以上使い続けるので、今度の土器はクオリティを高めたい。
空気抜き一週間。乾燥一週間。釉薬を塗り。登り窯で焼く。
縄文土器の範疇を越えて陶芸知識を全て駆使するとなかなかの手間になる。
菌のチャージ分。乾燥山菜四食。体脂肪。全て限界まで使えば十四日もつ。土器というか陶器作成は焼成に一日かけると計十五日かかる。やりくりすればなんとかならんこともない気がするが、何が起こるか分からないからやりくりしないとアウトな状況にはなりたくない。
短期間で作れる手抜き土器で凌ぎながら本命陶器を作成する。これが堅実だ。
釉薬や登り窯は知識にあるだけで実際に試した事は無いので、失敗を想定して粘土は多く確保しておく。即席打性石器の活躍と、沢の地層より柔らかかった事があいまってけっこう簡単に掘り出せた。
それを石室に持ち帰り、不純物を取り取り水たまりの水をつけながらこれでもかとこねくり回す。両腕いっぱいに抱えるほどの粘土塊をひぃこらいいながら叩いて伸ばしてを繰り返しているといつの間にか夜になっていた。
私は粘土を平たくして大きな水たまりに沈め、起き出したタマモと入れ違いに石室に入って丸くなった。タマモがもう寝るの? 遊んでよと顔に鼻を押しつけてきたが、やんわり腹を押し返してお断りする。こちとら狐と違ってデフォルトだと夜目が利かないからね。
私が起きないと知るとタマモは不機嫌そうに狩りに出かけた。すまぬ。