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四話 三日間詰め合わせ

 生まれ変わって三日目にもなると、朝起きた時に混乱する事もなかった。素直に落ち葉布団から這いだして……


「!? っだぶらっしゃああああ!」


 服の中によく分からん昆虫が潜り込んでいるのに気づき、悲鳴を上げて服をはぎ取り地面に叩きつけた。

 うおおおおおおおおおおぇっ。背中がぞぞぞっとした。全身の鳥肌が収まらない。


 森の中に住むという事は昆虫とルームシェアするに等しい。虫も暖かい物体に寄ってきただけだろう。わかっちゃいるけどそれとこれとは話が別。

 これでも中学生まではばーちゃんの畑の手伝いでブイブイ言わせた経歴の持ち主。蛙、ミミズ、ダンゴムシまではいけるが、ナメクジや蜘蛛を筆頭とした節足動物共は触れない。ほんともう勘弁してください。

 まともなマイルームが欲しい。でも家を建てるほど長く居座るつもりはなくそんな労力を費やす価値があるか疑わしいという……家を建てて体力消耗したせいで死んだら馬鹿としかいいようがない。


 服を衝動的に破り捨ててしまったのでまたフキの葉を使って新調し、竈の石に張り付いてパサパサに乾燥したセリを食べる。

 なんだろう、苦さよりも煙さが勝ってなんともいえない新感覚な味になっている。でもカロリーはたくさんとれたはず。

 三日目の朝食未消化の時点で-7000kJ。体の脂肪を使って適正値よりも痩せながら動いている状態だ。これをプラスにしないと菌はエネルギーを貯めてくれない。遠い、遠いよ……


 食べ終わったら口に残った煙っぽい後味を沢の水で飲み下す。多少スッキリした。

 朝食後は暇になる。土器が乾くまで特にやる事もないので、体力温存のためにも動かない事にする。私は日向を探して横になり、日向ぼっこ&二度寝と洒落込んだ。

 おやすみなさい。







 起きると太陽は空高くのぼっていた。

 そしてなぜか赤くなり、ひりひりする肌。

 あ、あれ? なんで?


 かぶれたか。いや、今日はセリとフキしか触っていない。

 虫刺されか。いや、それにしてはまんべんなく赤くなっている。

 服をめくって調べてみると、服の下は赤くなっていなかった。赤くなっているのは露出していた肌の、日に当たっていた片面だけ。


 分かった。これ、日焼けだ。

 私の肌は白い。肌が白いという事は色素が薄く、日光に弱いという事だ。

 ああまた油断した。黄色人種と白色神種では焼け方が桁違い。春の日差しですらこうなるとは。

 手は擦り傷だらけの上にカサカサ、肌は赤剥け。散々だ。これからはなるべく日陰にいるようにしよう。


 昼食にまた煙臭いセリを頬張り、食料探しに出かける。セリはこの昼食で食べ尽くしてしまった。

 付近の地上部は粗方探して食べられるものは無いと分かっているので、名前も知らない植物を見つけ次第引っこ抜いて地下茎を確認していく。里芋か自然薯目当てだ。芋類は炭水化物を多く含み、腹を満たすにはもってこい。

 サツマイモは痩せた土地でも育つ優良作物で、ジャガイモ栽培を始めたイギリスでは百年で人口が倍になった。まさに芋無双。食糧難を救うには芋ほど適したものはない。森の中でも里芋か自然薯ぐらいあるだろう。ばーちゃんが山で採ってきた自然薯でトロロ作ってた思い出があるし。


 草を引っこ抜いては根っこを見てガッカリする事数度。どうせまたハズレだろうなと諦め気味に引っ張った草の手応えがやたらと重かった。

 もしやと枝で掘ってみると自然薯が顔を出す。キャーッ! 炭水化物さん! ステキ!


 掘り出した自然薯はスーパーで時々見かけるものの半分ぐらいの大きさだった。自然薯は秋が旬。今は春だから小さいのも仕方ない。むしろ半分もあって良かった。

 自然薯の葉の形を覚え、日が暮れるまでうろちょろ森の中を探し回る。迷って沢の場所が分からなくなったら死ぬので遠くまでは行かなかったが、最初に見つけたものより一回りか二回り小さいものを四本見つけた。合わせて四食分にはなりそうだ。


 両手いっぱいに自然薯を抱え、大満足で拠点に戻る。早速沢で土を洗い落とし、食べる事にする。自然薯捕獲レベル0、実食。

 打製石器で皮を削りとり、白い身を丸かじりする。一口食べるたびにねっばぁ~と糸を引いた。べたべたする。

 もっちゃもっちゃ咀嚼しながら思う。どう考えても主食として丸かじりするもんじゃないよねこれ。本来なら擦り下ろしてトロロにしてご飯にかけるとか、一口サイズに切って味ポンつけて食べるとか、そういうものだよ。味薄いし。


 ああ岩塩ふったステーキが食べたい。焼き魚に醤油もいい。でも動物捕まえる罠の知識なんて無いし、沢には魚なんていない。私には山菜しかない……

 ……いや逆に考えるんだ。山菜があると考えるんだ。

 山菜があるから餓死せず済む。食材に感謝するんだ。ありがとう。私の血肉になってくれてありがとう。私を生かしてくれてありがとう!


 感謝しても味がイマイチでネバッネバなのは変わらなかったが、謙虚になれた気がする。そう、この広大な森の中で、私なんてちっぽけな存在だ。機械鎧の錬金術師も言っている。人間はとるに足りないちっぽけな存在に過ぎない。しかしそのちっぽけな存在が集まって世界をつくっているのだと。

 うん。

 お腹いっぱいになると悟りを開いたつもりになる余裕も出る。寝よ。日も落ちたし。

 春でも朝晩はそれなりに冷える。ああ、落ち葉布団の中あったかいナリぃ……








 四日目の朝、エネルギー量は-7500kJになっていた。更にマイナスが増加してはいるが、日焼けと手の擦り傷の治癒にエネルギーが持っていかれなければ収支プラスになってたっぽい。

 擦り傷はとにかく日焼けは考えれば回避できた。まったく馬鹿な事をしたものだ。日陰に居る癖をつけないと。世の白人女性の気苦労が忍ばれる。


 しかし今日はセリ無し三食炭水化物だからプラス収支が期待される。日焼けや擦り傷の痛み痒みもほとんど収まっているし、明日明後日には完治するだろう。菌が働いていなくても治癒が早い。これが若さか。


 近場の自然薯はとり尽くしてしまったし、薪も十分あるので、歩き回る理由は無い。

 朝食に自然薯をたらふくかじり、日除けのためにフキの群生地の中に潜り込む。


 寝っ転がりながら耳を澄ませると、森の静けさと音がよくわかった。静かだからこそ風の音や鳥の鳴き声がよく聞こえる。

 街中で普通に暮らしていると耳を澄ませて周囲の音を聞き取ろうとする事なんてそうない。しようとしても車のエンジン音だとか家電が動く低い音があるため何も聞こえないという状況はまずない。こうして森の中でぼんやりするのも貴重な経験になる。命がけの森林浴なんて一生したくなかったけど。

 フキの葉の下を流れる沢の水をなんとはなしに眺めていると、上流からホタルの幼虫が一匹流れてきた。幼虫は水流に翻弄されながらもじたばたともがき、なんとか沢縁の苔にしがみつく。

 それを見てホタルって喰えるのかな、という発想が出てきた自分に戦慄する。現代日本人にはハングリー精神が足りないというが、こういうハングリー精神はいらなかった。

 探せばけっこういるもので、目を凝らせば名前も知らない昆虫が石の隙間や葉っぱの裏にいた。暇で暇で仕方ないので意味もなく昆虫を観察するか、自然薯を貪り喰うかで四日目は過ぎていった。







 五日目、-6100kJ。昨日の収支は+1400kJだった。流石炭水化物、セリにできない事を平然とやってのける。

 自然薯は完食してしまったので朝食は抜きだ。空きっ腹に水を入れて誤魔化し、もの悲しい気分で土器をチェック。濃い灰色だった土器は乾燥して白っぽくなっていた。中まで乾いているかは知らないけど、そんなに厚く作ってないしたぶん大丈夫。焼成の準備に入る事にする。


 竈には灰がたまっている。この灰が地面との間で断熱材の役割を果たす。灰の上の中心に土器を置き、周りに薪を組む。舞錐式発火装置で種火を作り薪に移すと、土器はすぐに赤い炎に包まれて見えなくなった。


 炎の熱気で空気と肌が乾く。沢の水を飲んだり浴びたり肌に塗りたくったりしながら火の勢いを落とさないように薪をくべ続ける。煙がそよ風に棚引いて流れてくるので、風向きの変化に合わせて風上を陣取り続けた。それでもけっこう煙い。

 火は先端の方が温度が高いので、本当なら棚か何かで高低差を作って下から炙るように焼いた方が良いのだが、そんな設備を作る材料も時間も無い。本当に単に焼いただけの極めて原始的な土器だ。その分お手軽でもある。


 三時間ほど焼いて、薪をくべるのをやめる。土器が埋もれた灰は火が消えても近づくだけで熱い。

 自然に温度が下がるまでの間、煙の匂いと煤が着いた体を洗い、また服を新調した。フキ服は素材が葉っぱなだけあってすぐボロボロになる。たき火の熱で乾いてパリパリなった古着を代えない理由はない。

 新しい服で山菜を採りに行き、小脇にワラビとゼンマイを山ほど抱えてもどる。灰の山に手をかざすとまだ熱が残っていた。


 竈用に石を引っ張り出したため、沢はその分窪んで深いところが何カ所かできている。その中にワラビとゼンマイを重石を置いて沈めておいた。こうしておくと水溶性の有害成分が抜ける……といいなぁ。まー毒が強くなる事はなかろう。脂質や蛋白質、炭水化物が溶け出す事もない。


 灰山のそばにへにゃっと座り込み、暖をとる。ぬくい、ぬくい。

 更に二時間ほど経ち日が傾きはじめると、灰の熱も収まった。木の枝で灰をかき回し、中から土器を引っ張り出す。灰まみれの土器をフキの葉で拭うと、薄紅色と黒の斑に焼き上がっていた。縁の方にちょっと皹が入っているが、水漏れする位置ではない。おっけ、及第点だ。


 早速灰まみれの土器を何度かすすいで綺麗にし、水を入れて竈に設置。薪を組んで火をつける。

 やがてというほどの間もなく、水はぐらぐらと沸騰した。

 よーしよしよし。


 ウキウキと水に浸しておいた山菜を投入。煮立たせるとだんだん灰汁が浮いてきて水が濁った。フキの葉を折って作った蓮華のような何かで灰汁を掬いとり、更に数分。灰汁が出なくなった所で、木の枝で作った箸を伸ばした。ゴクリ……

 期待半分不安半分で食べたワラビとゼンマイは美味しかった。苦みがなく、セリとは比べものにならない。パックに詰めてスーパーの総菜コーナーに並べてもいいぐらいだ。


 食べている内に不思議と涙が出た。ありがとう、ありがとう。私生きてるよ。

 お腹いっぱい暖かな食事をとった後は、ちょっと早かったが生まれ変わってから一番満たされた気持ちで寝床に入った。

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