表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

二話 緊急クエスト:生きろ

 現状について根拠のある仮説を立てた事で、混乱はほとんど収まった。苔むした古木の根本に背を預け、膝を抱えて座り込み、ぼんやりと落ち葉が積もった地面を眺めながらこれからの事について考えた。


 一度死んで、原型を留めないレベルで別の肉体になった。大前提として元のように暮らすのは不可能。記憶を頼りに元鞘に収まろうと実家に押し掛けるのは、なんというか、潔くない。第一体質的に一般人にとけ込んで暮らすには無理がある。

 せめて家族や友人に別れの言葉ぐらいは言いたいが、中の人と似ても似つかない容姿の少女から別れを告げられても困惑するだけだろう。手紙を出す程度にして……いや、死者から手紙を送っても十中八九新手の詐欺の手口と思われるか、恐怖され御祓いされる。関わらないのがお互いのためだ。ちょっと寂しいけれど、こっそり様子を見るぐらいで止めておこう。


 元の生活に戻らないとして、だが。まず生存する必要がある。こんな有様にはなったが死ぬのは御免だ。

 肉体も菌もエネルギーが無いと働かない。エネルギーを得るには食事をとる必要がある。つまり食料を確保しなければならない。

 食料を確保してエネルギーを貯めたら、菌を使って現在地確認。とにもかくにも人里に降りる。文化圏の人里に到着すればまあなんとかなるだろう。

 私も現代っ子だ。いくら人類の範疇を超えた肉体を持つとはいえ野生児として野山を駆けて生きていくつもりはない。身の振り方は人里に降りてから考えよう。スレ立てしてみたりしてね。【人生】不思議菌の保菌者になったんだけどどうすればいい?【二周目】とか。


「さて!」


 気合いを入れ、立ち上がる。方針が決まった以上、いつまでもグダグダしている訳にはいかない。食料を探さなければ。

 足の裏に感じるカサカサと乾いた落ち葉の感触におっかなびっくり歩き、木の根本や木漏れ日の中に生える草をチェックしていく。


 サバイバルの勉強をした事はなくても、聞きかじった知識をかき集めれば確実に食べられると分かる野草はそれなりにある。

 分かるのはタケノコ、アミガサタケ、キクラゲ、シイタケ、マツタケ、アケビ、ドングリ、クリ、クルミ、フキノトウ、フキ、サトイモ、ワラビ、ゼンマイ、ヨモギ、ツクシ、タンポポ。季節が春だからアケビ、ドングリ、クルミは除外。竹が見当たらないからタケノコも外して、無管理の森で採れるとは思えないマツタケも除外。

 セリも分からなくはないが、毒セリとの見分け方をフワッとしか覚えていないし、スズランとギョウジャニンニクの判別もうろ覚えで、ムラサキツユクサは毒は無かったはずだが確信がない。自然薯は地下の可食部は見分けられるが地上部が分からない。


 ある日森の中熊さんに出会ったらどうしようと風の音や森に木霊する鳥の鳴き声にびくびくしながらあっちへふらふらこっちへふらふらと歩き回る。探索開始後すぐに見つけて引っこ抜いたゼンマイを数本持って全裸でうろつく事数分、沢を見つけた。積もった落ち葉の絨毯の間を縫うようにして石がむき出しになった地面が蛇行して続いていて、水が浅く緩やかに流れている。


 おお。沢だ。水源だ。

 人間は水さえあれば一週間は生きられるという。私は最早人間とは呼べないが、サバイバルする事を強いられている現状、水があった方がなにかと良い。


 沢縁にひざまづき、両手に冷たい水をすくって飲む。からっぽの胃にひんやりした液体が流れ込み、人心地ついた。生水だが仕方ない。

 植物の生育には水が欠かせない。水あるところに植物あり。沢縁に何か生えてないかなと見回すと、特徴的な巨大な葉っぱを見つけた。フキだ。茎は食用になる。

 水源についで食材も発見とは幸先がいい。これも宇宙人(仮)の加護か。

 喜び勇んでいそいそと群生するフキに寄り、二、三本引っこ抜いたところでふと思い出した。


 ゼンマイもフキも、煮ないと食べられない。


「くっ!」


 その場に崩れ落ちた。なんという落とし穴。


 フキもゼンマイも煮ると灰汁が出る。灰汁が出る食材は、灰汁抜きをしないと酷い事になるらしい。下痢か、嘔吐か。よく覚えていないが最低でもそのあたりは確定だ。とても生では食べられない。

 煮るには水と高熱と容器が必要で、高熱を出すためには火が必要。

 マッチもライターもないが、頭の隅に残っていたネット知識のおかげで多分火は起こせる。


 その名も舞錐式。

 短冊状の板の中央に穴を空けて錘をつけた堅い棒を通し、板の両端と棒の上端を紐か蔓で結ぶ。棒の下端は柔らかい木に当てる。

 蔓を棒に巻き付けると板が持ち上がる。その状態から板を下に押すと、巻き付けた蔓がほどけると同時に棒が回転し、その勢いで蔓が逆方向に巻き付く。

 これを繰り返せば堅い棒と柔らかい木の接触部に摩擦熱がたまり、発火する。


 非力な子供や女性でもできるという謳い文句が印象に残っている着火法だ。多分今の私でもできる。道具はそのへんの木を使えばどうにでもなる。

 ……しかし火がついても、煮炊きのための容器がない。鍋も釜も皿もない。


 フキとゼンマイは、食べられない。


 せっかく採ったのに。せっかく採ったのに。

 数分沢縁の石の上に突っ伏し、それから気を取り直して復帰する。

 野草の全部が全部灰汁が出るわけはない。生で食べれる野草もあったはず。「煮る」ではなく「焼く」ならハードル下がるし、生か焼くかで食べれるものを探そ……見つけた。

 早い。林立するフキの根本に座り込み、目線を下に向けた瞬間、石の間から顔を出すセリを見つけた。セリはサラダに使われる事があり、生で食べられる。


 なにか怖いぐらいトントン拍子に進んでいる。作為的なものを感じないでもないが、山裾なら沢は多いだろうし、沢縁にフキやセリが自生しているのは不思議でもなんでもない。なるようになっているだけだ。


 さて、セリは生で食べられる優等生な山菜なのだが、見た目がよく似た毒セリと同じ場所で育つお茶目さんでもある。見分けるには引っこ抜いて根っこを調べなければならない。

 と、いうところまでは覚えている。

 セリを何株か引っこ抜き、根を水で洗う。すると二種類に分けられた。根っこが太く、中にタケノコのような節があるセリ。根っこが細く、節がないセリ。

 石の上に並べた二種類のセリを睨む。どちらが毒セリだったか、覚えていない。


 毒にあたる確率は二分の一。賭けとしては悪くはないが……毒セリの毒性がどの程度だったかも覚えていない。今はエネルギー不足で菌が活動していないから、菌による解毒は効かない。賭けに失敗し、一口食べて致死量に達したら笑えない。

 セリを食べるのは他の食材が見つからなかった時の最終手段にしよう。うむ。

 再び立ち上がり、私は食材探索に出かけた。絶対食料不足なんかに負けたりしない!








 森の厳しさには勝てなかったよ……


 大自然をナメてました。夕方、手ぶらで沢に帰還。収穫ゼロ。

 最初が少しうまくいったからって調子に乗ってた。探せばタンポポかツユクサぐらいすぐ見つかるだろうと楽観的に考えていた。


 そもそも発達した森では木々に光を遮られ地上に光が届き難く、草の数自体が少ない。更にタンポポは日当たりの良い場所で育つ植物。ツユクサがどうだったかは忘れたが、とにかく安全に食べれそうなものは全く見つからなかった。黄色くて丸っこいキノコとか倒木にへばりつくように生えてるパサパサした白いキノコとか、キノコ類は沢山あったんだけど。知らないキノコを食べるなどという消極的な自殺はしたくない。森は恐ろしい所じゃあ、おらお家に帰りてぇだよ。

 三食たっぷり食べてぬくぬく育った飽食現代っ子に一日絶食は堪えた。体力の無い少女の体でほとんど丸一日歩き回り、気力も体力も尽きている。

 何か食べないと明日はきっとまともに動けない。おなか空いた。


 よろよろとフキの群生地に潜り込み、朝石の上に放置したままでちょっと萎びた二種類のセリに手を伸ばす。

 手が迷う。右か、左か。


「南無三!」


 せっかくだから私はこの右の節が無い方を選ぶぜ。自然界では装飾過多で派手な奴は大抵毒がある。俺は根っこが細くて節の無い清楚な右のセリを信じる。

 口にぽいっと入れて、むーしゃ、むーしゃ。……むむむ、この味は!

 口に染み着くような苦みと微かな渋さ! ぐしゃっとした半端な食感の中から時折顔を出す柔らかな苦みが舌を苦しませる!

 うん! 不味い! 流石品種改良されていない野生品種なだけある!

 でも吐くほど不味くもない。食べられる不味さだ。


 丸飲みにしてしまいたい衝動を抑え、消化をよくするためによく噛む。噛んでいる間に舌が痺れてきたとか、お腹がゴロゴロ言い出したとか、そういう事もない。

 三分ぐらいどろどろになるまで噛んでから、意を決して飲み込む。

 あああああ、やっちゃったやっちゃった。もう後戻りできない。


 その場で丸くなり、びくびくしながら待つ。

 五分が経ち、十分が経ち、三十分が経った。体に異変はない。

 毒はなかったようだ。良かった、50%の女神は微笑んでくれたらしい。

 既に日は沈み、刻一刻と暗くなり視界が悪くなってきている。俺は急いでセリを片端から引っこ抜き、洗い、おとなしい根っこの方を口に詰め込んだ。しかし少女の口は小さく、あまり量が入らない。ええいまどろっこしい。


 もっさもっさとセリを頬張り腹をいっぱいにして、沢の水で口に残った苦さを流した頃には辛うじて足下が見えるぐらいに暗くなっていた。すぐに何も見えなくなるだろう。

 日が暮れてから急に空気が冷たくなってきている。地べたにそのまま寝たら風邪をひく。私は沢から数歩離れた位置で落ち葉をかき集め小山をつくり、その中にもぐり込んだ。葉っぱがちくちくと肌を押すが我慢我慢。

 落ち葉布団から頭だけ出し、目を閉じて眠る体勢にはいる。森の静かなざわめきが妙に心細さを煽った。


 昨日(?)は四方を壁に囲まれた部屋で羽毛布団にくるまって低反発枕を使って何の不安もなく寝てたってのにたった一日でこの差。ああ諸行無常。

 しかし実際、たいした錯乱もせずすぐに現状に順応した行動ができた私は実は凄い奴だったんじゃなかろうか。よく学友に「エキセントリックだ」「風変わりだ」と言われて一体私のどこが変なんだろうと思っていたが、確かに変だったのかも知れない。まあ錯乱や混乱へのアンチプログラム的なにかが菌に組み込まれている可能性もあるけど、知恵を駆使して頑張ったんだから少しぐらい自分を褒めても……などと考えている内にいつの間にか寝ていた。我ながら図太い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ