十三話 異文化交流
集落を観察し考察した結果、縄文人と接触するには物を贈るのが一番だという結論に至った。具体的には毛皮。
縄文人はほぼ全員麻服で、毛皮を身につけている者は一人しかいなかった。その一人も腰に巻いているだけだ。
夏だから暑苦しい毛皮なんて着ていない? それもあるだろう。しかし、毛皮の入手が難しいのも間違いない。
この時代の人間が熊を狩るのは難しい。小柄なツキノワグマでもワンパンでヒトの頭を吹っ飛ばせる。銃を撃っても上手く急所に当てないとそのまま襲ってくる生物を槍で倒す。命懸けだ。とても気軽に狩って皮をとれる相手ではない。
猪を狩るのも難しい。奴の突進を貰ったら普通にはらわたをぶちまける。頭部の骨は厚く、正面から槍で突いてもまず致命傷を与えられないし、猛スピードで突っ込んでくる猪を華麗にかわして側面を突く!というのも相当の技術がいる。猪狩りも命懸けだ。
鹿狩りは安全だが、逃げるので狩るのが難しい。槍を投げて当たればラッキー。
狼狩りは無謀。奴らは夜行性だ。逆に狩られて終わる。
罠を使えばもう少し簡単に狩れるとは思うが、罠がチャチなのか。その発想が無いなんて事はないはずだけども。とにかく縄文人は毛皮をあまり持っていないと思われる。なめしているかも怪しい。なめしていない皮はすぐに使えなくなるから、消費ペースが早く、供給不足に悩まされるはず。
つまり、毛皮は貴重品である。貴重品でないとしても需要が高い。私は熊と猪の毛皮を贈り物として持っていく事にした。
陶器は置いていく。どう思われるか分からないからだ。白くツヤツヤした器を不気味に思うかも知れないし、珍しがるかも知れない。
縄文人が知らない物を一か八かで贈るより、縄文人が知っていて確実に喜ぶ物を贈りたい。ここでギャンブルをする意味はない。手堅くいく。
集落偵察の二日後の昼、接触計画を練り終わった私はタマモと最後の確認をする。
「猪革持った?」
「もった」
タマモが両手に抱えた猪革を私に見せる。
「集落に着いたらどうする?」
「だまってアマテラスについてく」
「攻撃されたら?」
「にげる」
「よろしい。じゃあ行こうか」
「お~」
私は丸めた熊革を担いで歩き出した。
タマモに菌を作用させて対岸まで浮かせて送り、自分は大ジャンプで渡る。あとはまっすぐ歩くだけ。そんなに遠くないし、一直線なので迷う事はない。
今回のミッションは簡単だ。タマモと私の存在を好意的な形で集落の住人に認知させる。それだけ。
私は人型だが、白髪碧眼神顔で、縄文人が人間と判断するかは甚だ疑問。タマモは見た目からして余計なオプションがついたあからさまな人外。贈り物をしてもどういう反応が来るかは未知数なところが大きい。
案外無関心に「きょうみないね」とスルーされるかも知れないし、「ゆずってくれ、たのむ!」と熱烈に毛皮を欲しがるかも知れないし、「ころしてでもうばいとる」と襲われるかも知れない。他にも崇められる、怖がられる、逃げられるなど、予想されるパターンが多すぎる。
私だけでもタマモを連れていても、どちらにせよ反応が分からないため、顔見せは同時に済ませる事にしたのだ。
二十分ほど歩き、集落に到着。外に出ている人はいなかったが、どうしようか考える前に一人の男が土器を持って住居から出てきた。何気なく毛皮を掲げ持って森と集落の境に立つ私達を見て、土器を取り落とす。
口をぱっくり開けて言葉もないほど驚いていた。
えーと。何か言った方がいいんだろうか。細かい対応は想定しても無駄、と考えてきていない。
私はどうしようか迷ったが、向こうもどうしようか迷っているらしい。初見の体勢のまま、お互い微動だにせず睨めっこに移行する。誰か助けて。いや、ここはこっちからグイグイ押すべきか。でも下手に刺激して悲鳴でも上げられたら困る。
こちらから行くか向こうの動きを待つか迷っていると、男が出てきた住居から女が不機嫌そうに顔をだし、割れた土器を指さしながら男に何か言った。
男はちらりと女を見ただけで答えない。不思議に思ったらしい女がこちらをみる。
男の焼き直しだった。
奇妙な沈黙の雰囲気が伝わったのか、他の住居からも人が顔を出しはじめる。全員硬直する者を見て不思議そうな顔をして、視線を辿り、私達を見て固まった。
そうしてものの数分で集落の住人全員と睨めっこの構図ができてしまった。
えええええ……
なにこの雰囲気。なんとか言って下さいよ。その視線の意味はなんなの? 「変な奴だ、とりあえず見張ろう」? 「ひぇぇ動いたら喰われる」? それとも私と同じでただの成り行き?
意味を図りかねていると隣のタマモが私の服を引っ張ってきた。喋る事を禁じているので、不満そうな顔での無言の抗議。そうだね、このままだと埒が明かないね。
私達は視線を浴びながら集落に十数歩踏み入り、道の真ん中に毛皮を置いた。そしてまた元の場所に戻る。住人達は毛皮と私達を見てヒソヒソと言葉をかわした。
しばらくヒソヒソしていると、毛皮を腰に巻いた男がそろそろと置いた毛皮に寄ってきた。私達をちら見しながら爆発するのを恐れているかのようにそーっと毛皮に手を伸ばす。
住民と私達、全員の視線を独り占めした男は、毛皮を二枚同時につかむやサッと抱えもってタテ穴住居の陰に隠れた。
住人達からオオーッと感嘆の声が漏れ、男の近くの住人がどやどやと男が隠れた場所に集まる。集まらなかった住人は私をガン見したりそわそわと男が隠れたあたりを見たりしている。
んんんんん?
これはどうなの?
好感触?
好感触なの?
悪印象は持たれてないよね?
右手を上げてみる。住人達は一瞬ザワッとして静かになり、右手に注目する。
右手を下ろす。注目がとけた。またヒソヒソいいはじめる。
わ、わからん。いいよもう、私もヒソヒソやっちゃうもんね。
私はタマモの耳に顔を寄せてヒソヒソ囁いた。
「タマモ、喋っていいよ。小さな声でね」
「んむー。毛がわ、とられた」
「あげたの。言ったでしょ贈り物にするって」
「うー……」
タマモは不満そうに唸った。タマモさん、抑えて抑えて。にこやかににこやかに。
「毛皮はまた捕りにいくから」
「くきゅーん。分かった」
「良い子だ。どうする? タマモはもう帰りたい?」
「にあ。アマテラスにおまかせ」
「……そう」
タマモの意見は参考にならん。
目線を集落に戻すと、頭から熊の毛皮をかぶった男が住居の陰からこちらの様子を伺っていた。私と目が合うと緊張した面もちになり、住居の陰から出て若干カクカクした足取りでこちらにやってくる。そんな男を住人達は固唾を飲んで見守っていた。
男が私の二メートルほど前で立ち止まる。男は小柄だった。恐らく160cmもないだろう。現代との栄養状態の差が伺える。それでも私よりは頭二つ分ぐらい高い。
まじまじと観察していると、男はひざまずいた。手の平を上にして両手を前に投げだし、頭を深々と下げる。その体勢でなにやらモニャモニャ言った。
言葉は分からないが態度が語っている。
これは明らかに臣従か崇拝のポーズだ。
ふむ。神顔と狩猟困難な猛獣の毛皮が合わさって最強に見えた、という感じか。さしずめタマモは従者か眷属。
異民族、神、森の精霊。具体的にどう見られたかは分からない。しかし臣従・崇拝ポーズをとられて無視すれば、臣従・崇拝を拒否したと取られかねない。ここは受諾の意を示すべきだろう。
もとより縄文人と和気藹々とした気軽な関係になれるとは思っていない。本人ですら人間の顔じゃないと確信する顔面で人間にとけ込むのは無理だ。チンパンジーの群に人間がとけ込むぐらい無理だ。条件次第では出来ないこともないかも知れないが、まず無理。
臣従・崇拝。いいじゃないか。菌のエネルギー徴収もはかどりそうだし。嫌われて迫害されるよりずっといい。
私はひざまずいた男のガサガサした頭を撫で、踵を返して森の中に戻った。これでいいはず。
目的は達成した。帰ろう。後ろは振り返らない。今はただこのとてつもない気疲れを風呂で落としたい。
翌日、昨日と同じ時間帯にタマモと一緒に集落を訪問する。今度はだるまさんが転んだ状態にはならなかった。まだ遠巻きにヒソヒソはされているが、昨日はよりずっと雰囲気が柔らかい。
集落の小道をゆっくり歩いて間近から縄文生活を観察していると、二人の女が住居と住居の間の空き地に座り込んで土器を作っているのを見つけた。
近づく。手を止めてひざまづく。
離れる。起きあがって土器作りを再開する。
近づく。手を止めて(ry
ちょっとおもしろい。
数度繰り返すと向こうも学習したらしい。近づいてもひざまづかなくなる。ちらちらとこちらの様子を気にしながら粘土をこね、器の形にしていく。
見ていて分かったのだが、彼女達は粘土に細かい砂を混ぜていた。最初は不純物混ぜるなんて何やってんの馬鹿なのと思ったが、考えてみれば納得。
粘土は乾いたり焼いたりすると収縮する。砂は乾いても焼いても収縮しない。粘土に砂を混ぜる事でヒビや変形の原因となる収縮を抑える事ができるのだ。
その発想はなかったわ。縄文人ってすごい。改めてそう思った。
女二人は粘土をカラーコーンのような形に成形すると、ひそひそ相談しながら模様を付け始めた。爪で引っかいたり、縄を転がしたり、石を押しつけたり。なんだか楽しそうだった。模様作りをお洒落か何かと捉えて楽しんでいるように見える。
縄文土器の文様には呪術的意味が云々な学説があったけど単なる娯楽っぽい。学者涙目。
しかしそうか。土器作りといってもこの程度の感覚なのか。これなら陶器の技術を広めても大丈夫そうだ。
集落の住人は昨日の接触によって菌に感染していて、その親愛度は1~5。一日合計10.8MJのエネルギーが私に流れ込んでくる。一人あたり最低の1なら20kcal、5なら100kcalを一日にチョロまかしているのだ。
飽食の現代日本ならいざ知らず、稲作も伝わっていない縄文時代にこれは痛い。不作の年に、菌にエネルギーを吸われたせいで餓死! 十分あり得る。
菌に感染させてしまった以上、エネルギーを吸わせてもらっているのと等価かそれ以上のものを彼等に与えるのは礼儀。
私は彼等に陶器と、漁に使う網の技術を与える事にした。
退屈そうにしていたタマモと一緒に河原に引き返し、手頃な石を見繕う。タマモが両手に一つ。私はタマモが両手でやっと持っているものと同じぐらいな石を三十個、菌を使って宙に浮かせて運ぶ。
どこかに消えたと思いきや、ふわふわ浮かぶ石を引き連れて戻ってきた私達を見た住人達は恐れおののいていた。
いちいち相手はしない。一方的に押しつける。
私達は女二人が土器を作っていた場所に石を下ろした。土を集めて盛り、傾斜を作る。そして石を積んだ。
石を積み終えて土を被せていると、熊皮男が現れた。私とタマモの顔色を伺いながら、私達の真似をして土を盛りはじめる。野次馬をしていた住人達がオオーッとどよめいた。どよめいてないで君達も手伝っていいのよ?
男の手伝いもあり、日が傾く前に釜作りは終わった。予定より早く終わったため薪集めもしておく。森に入ってしこたま集めた薪を釜のそばに積んで、この日は帰還した。
次の日また昨日と同じ時間帯に集落を訪れると、釜の周りに薪の山が増えていた。私が見ている前で少女が薪を一掴み持ってきて、私達に気がつくと恭しくひざまづいた。そして薪を積み、去っていく。
「え?」
「まき、ふえてる。良かったね、アマテラス!」
「あ、うん」
いや、あの、そんなお供え物みたいにされても。薪はあって困るものでもないけどさ。
好都合といえば好都合なので、早速陶器作りを実演する事にした。
持ってきたのは結局焼いていなかった陶器一セット、舞錐式発火装置、釉薬の原料になる石、それを砕く堅い石、釉薬を作るための木の容器。
私達がやってきたと知ると、また住人達がわらわら集まってきた。その中に熊皮男を見つけたので手招きする。この男が一番とっつきやすい。
手招きされて注目を浴びた男は挙動不審にキョトキョトしていたが、自分が呼ばれていると察すると寄ってきた。
男とタマモを侍らせ、野次馬にも見えやすいようにして実演をはじめる。
まず石を砕いて粉を作り、どろっとした灰粘土水に入れ、よく混ぜる。それを陶器にぬりたくった。
陶器が乾くまでの間に火を熾し、釜の中に灰を作っておく。断熱材にするためだ。
一センチほどまんべんなく灰が積もる頃には陶器も乾いていたので、釜に入れて薪を組み、本格的に焼く。
焼くのは三時間。時々灰を掻きだし、薪を追加するだけの単調な作業だ。タマモは煙の臭いを嫌って早々にタテ穴式住居の内外を無遠慮にチョロチョロしはじめたし、オーディエンスの皆様も一時間もすると飽きたのか散っていった。他にやる事あるだろうしね。
私に招かれたせいで離れるに離れられない熊皮男をお供にキッチリ焼き、釜を閉じた。勘の良いタマモが丁度森からふらりと戻ってきたので、連れだって帰る。
今日までの様子からして、明日まで放置しても釜を壊される事は無いだろう。今度は土器が供えられているかも知れないが。