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十話 狐ェ

 感染から十日、タマモがけむくじゃら原始狐人に進化していた。

 手足はまだ肉球だが、人間っぽく指が長くなる兆候が見られ、土踏まずが発達して安定した二足歩行を見せるようになっている。

 声帯が変化の途上にあるのかあまり鳴かず、時折私の言葉を真似しているのではないかという音を出す。顔はいかにも「狐から進化した原始人です」というような濃い造形をしている。白目の割合が増えたおかげで表情が分かり易い。

 背筋がしゃっきり伸びた事に加えて身長も伸び、私の顎の高さに頭のてっぺんがきている。一メートルぐらいか。


 総じて原始人の狐バージョン。ケモ度3。十日でここまで変わるとは恐ろしい。

 さて、タマモの変化を見てばかりではいられない。今日は粘土を成形する。

 といっても特別な何かをするわけでもない。程良い湿り気を帯びた粘土を土器の形にしていくだけだ。

 深鍋、小鉢、壺を二セット。作ったら石室に入れて陰干しする。


 釉薬の実験も今の内にしておく。

 釉薬とは陶器に塗って耐水性を増し、見た目の美しさも増す塗料だ。科学的に合成された専用塗料なんぞ作り方を知らないし作れもしないので、やはり原始的なものでいく。

 原料は水、粘土、灰、石。まず石器で木を削って作った窪みに水を入れ、粘土を混ぜてベースにする。これに灰、粉末にした石を分量を変えて混ぜていく。

 灰や石の中の特定の成分は高熱で溶けてガラス質になり、耐水性を増す事になる。この時成分の違いで発色が変化する。


 流石に聞きかじった知識でどんな石が良く、どんな発色をするかまでは覚えていないので、種類の違う石の粉末を分量を変えつつ複数種類の調合を試していく。

 できた釉薬は粘土の欠片に塗りたくり、たき火に入れて焼く。一時間ほど焼いたら取り出し、確認。

 凸凹した粘土の外殻ができただけのもの。半端にガラス質ができささくれた鱗のようにボロボロ剥がれたもの。触るのも躊躇う汚らしい色合いになったもの。ガラス質?が薄くて脆く、軽く引っかいただけで削れるもの。

 失敗は多かったが、最終的に白いガラス質を安定して出せる釉薬ができた。ありがとう、現代知識。相変わらず事ある毎に役に立つ。








 菌に感染して二週間、タマモは毛深い狐人になった。もう類人狐なんて言わせない。

 目や鼻、口はほとんどホモ・サピエンスの形になり、昨日あたりから全身の抜け毛が激しい。手足の指は長く伸び、爪や関節に獣の名残を色濃く感じるが、間違いなく人間の手足と呼べる。


 総じてケモ度2。いよいよ人間っぽくなってきた。

 知能・言語機能もますます人間に近づき、最近は暇な時に枝を持って石をつついて転がして遊ぶ事が多くなった。石器を渡せば自分で肉を削いで焼く事ができる。

 単語をたどたどしくも発音できるようになり、会話が成立するようになったのは嬉しい。


「おはよう」

「オハヨゥ」


 朝起きると私に抱きついて寝ていたタマモが怪しい発音で挨拶を返す。

 身長は私の目の高さまで伸びており、丸くなって寝るのはもうやめている。胸元に潜り込むかわりに体をすり寄せるようになったため、朝起きると抜け毛が一張羅と敷き布団(二頭目の鹿の毛皮)にびっしりついていて困るのが最近の悩みだ。


「あーあー、またこんなにしちゃって」

「ゴハン。ゴハン」


 ぶつぶつ言いながら毛を抓みとっていると、タマモが服を引っ張って催促してくる。

 タマモは身長が伸びてからは私以上に食べるようになっていた。凄まじい食欲。変異が安定したら食料調達を手伝ってもらわないとやってられない。

 私と一緒に危なっかしい箸使いで焼き肉を食べたタマモは、満足そうに息を吐き、私の後ろに回って背中に張り付いた。


「アマテラス、アソヴ」

「遊ぶ、ね。遊ぶ。ごめんなー、私はこれから仕事するんだよ」

「アソブ、ナイ?」

「ん、遊ばない」

「きゅーん……」


 タマモは耳と尻尾をうなだれさせてしょんぼりとしながら背中から離れた。

 アマテラスは私の名前だ。タマモに呼ばれる名がないと困るので自分でつけた。

 私の顔立ちはどの人種とも一致しない。が、女性体で、神顔。生まれ変わる前の名前を使用するには違和感しかなかったので、女神の名前を拝借する事にした。

 アスタルテ、アルテミス、フレイヤ、ヘカテー、ペレ、マドカなど、女神の名前は数多い。中でも日本の神の名を選んだのは、中の人が日本人であり、生まれ変わった先の土地も日本列島であったからだ。


 発達した科学は魔法と見分けがつかないという。懐中電灯でさえ平安時代に持っていけば妖術師、縄文時代に持っていけば神だ。超科学の産物を身に宿す私がこの時代で神の名を名乗っても支障はない。

 そもそもこれが神の名前だなんてこの世界の住人は知らないし、実際神紛いの現象を起こせるわけだし。


 さて、本日の仕事は登り釜作成。最低レベルの土器ならとにかく、陶器を焼くとなると高温が必要になる。高温を得る手段は燃料を変える、釜を使う、の二つ。

 手に入りそうな燃料として炭が挙げられるが、生憎と蒸し焼きにする、という事以外製法知識がない。炭でどの程度温度上昇が見込めるかはっきりしなかったし、わざわざ試行錯誤して確保するまでもないと判断。


 そこで釜だ。水や空気は温度が高いと上に行く。坂を這い登るように釜を作ると、上方に高熱がたまる。この原理を利用した釜を登り釜という。

 普通は山の斜面などの傾斜を利用するのだが、近場に利用できそうな斜面がないので河原の石を積んで傾斜を作る。一つ積んでは陶器のため~、一つ積んでは私のため~。


「む?」


 菌で動作補助をしつつせっせと重い石を運んでいると、タマモがてってけ近づいてきた。なんぞ。


「タマモ、シゴトゥ」

「えーと、もしかして手伝ってくれる?」

「? ……タマモ、シゴトゥ」

「仕事ね、仕事。仕事、を、手伝う。はい」

「シゴト、ヴォ、テツダヴ」

「まぁ大体合ってる」


 頭を撫でてやるとタマモは嬉しそうにパタパタ尻尾を振った。その勢いでまた抜け毛が飛び散る。

 偉いぞタマモ。これが現代だったらジュースを奢ってやるところだ。


 タマモに石を集めさせ、私が積む。大きな石で大ざっぱに作ったら、隙間には小石を詰め、更に砂利を詰める。長さ二メートル、幅五十センチ、高さ一メートルほどの釜になった。

 長いイモムシのような形の釜の下部、側面には空気穴をいくつか作っておいた。そこと煙を逃がすために上部に作った隙間を塞いでしまわないように注意しながら粘土を被せていく。タマモと二人がかりで河原の地層から削りだし、かなり乱雑に釜を覆った。そして落ち葉や木の枝を釜に被せる。粘土を焼いて隙間を完全に埋めると同時に雨に強くするのだ。炎はみるみる釜を覆って燃え盛った。





 菌に感染して三週間。タマモは体毛が綺麗さっぱり抜け落ち、狐耳と尻尾がついているだけの可愛らしい少女になった。

 生意気にも私より十センチぐらい身長が高くなった所で成長がストップしている。それで単なる狐だった頃と同じように私の膝の上に乗りたがるもんだから重くて仕方ない。見た目よりは軽いけど。

 外見年齢としては小柄な十一歳程度で、これからこの見た目が変化する事はない。菌が継続的にエネルギーを搾り取り続けるために、老いないように遺伝子を改造してしまったのだ。福次作用として癌や病気にもなりにくい。ただし遺伝子が変化しただけなので、私のような再生能力はなく、死ぬ時は普通に死ぬ。


 早朝、朝食を食べ終えた私が釉薬を塗った陶器を釜に運んでいると、タマモがちょろちょろまとわりついてきた。ちなみに敷き布団にしていた鹿革を服に仕立てて着せてある。全裸ではない。


「アマテラス、それ、なに?」


 陶器に鼻を寄せてスンスン匂いをかぐ。嗅覚は狐の時と変わっていないらしい。なんとも都合の良い話だ。


「これは陶器っていってね。焼くと堅くなるんだよ」

「やく? かたくなる? ……もえる、ない?」

「燃えない」

「なんで?」


 なんでって。そりゃあ可燃性成分が含まれてないからさ、と答えたところで分かるまい。三単語を繋げて喋るのがやっとのタマモには説明が難しい。


「もうちょっと勉強すれば分かるようになるよ」


 不思議そうなタマモの顎の下を掻いて誤魔化した。

 釜に陶器を運び入れたら、薪を入れていく。空気の流れが悪くならない程度にたっぷり入れ、着火し、釜の口を三分の二ほど閉じる。ほどなくして煙を出すためにもうけた上部の隙間からもうもうと煙が出始めた。


 タマモが早々に煙の臭いを嫌がって石室に逃げ込んだため、私は一人で火の世話をする。

 釜越しにもかなりの熱気が伝わってきて参った。昨日の雨で塗れた釜の表面から湯気が立ち上り、見る間に乾く。

 釜の中に平たい木で扇いで空気を送り、頃合いを見て灰を掻きだし木を追加する。三時間ほど延々と火の面倒を見続けた。

 時刻は昼前。空気穴を全て塞ぎ、冷却に入る。あとはもう自然に温度が下がるまで放置だ。

 一応失敗に備えてもう一セット陶器を待機させてあるが、これで失敗したら泣く。


 焼いている途中、釜から掻きだした灰の中には炭っぽいものがゴロゴロ混ざっていた。生まれ変わる前にバーベキューで使った炭より随分軽く、スカスカしている。

 ふむ。ほとんど完全燃焼して熱になったという事だろう。別に炭作りが目的じゃないから大いに結構。


 炭と灰をひとまとめにして、石室に戻る。三時間もじっと火の番をしたせいで精神的に疲れた。タマモや、労っておくれ。

 しかしタマモは私を見るや眉根を寄せて一言。


「アマテラス、くさい」

「ぐはぁ」


 泣いた。


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