表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

一話 アブダクション(推定)

 前略、階段から転げ落ちたら森の中にいた。


 頭上は鬱蒼とした古木の枝葉に遮られ空は見えないものの、普通に視界が利く程度には地上に光が届いている。気温は少々ひんやりとするが丁度良い。そんな森の中、カサカサした落ち葉が降り積もった地面に俺は全裸でぺたんと座り込んでいる。

 いや……全、裸?

 自分の体を見下ろす。古傷と日焼けの跡が綺麗サッパリ消えていた。それになんだか体型がおかしい。縮んでいる。


「えっ……あれ?」


 思わず漏れた声もおかしい。聞き覚えの無い、年端の行かない少女のような声。


「テステス、ボイステストボイステスト」


 喉に手を当ててもう一度発声してみても、喉に何かつまっていたとか声が裏がえっていたとかそんな事はなく、通学路で友達とはしゃいでいる少女のような声がでた。


「……え?」


 なにこれ夢かいや感覚がリアル過ぎる夢じゃない電脳世界は技術不足2012年だからいや影で開発いや披験体に選ばれる理由が幻覚か違うとも限らない麻薬で脳がここどこだろうやばい分からない不安だ携帯がない財布もない馬鹿なありえないということはありえない現状は人為的なものとは思えなうああああああああああぁああぁあぁあ誰か私を助


 ……まて。

 落ち着け。落ち着こう。一度頭を真っ白にしよう。深呼吸だ。


 …………

 …………

 …………


 よし。

 問題を一気に解決しようとするから混乱するんだ。順番に片づけていこう。


 ここは夢か?

 頬を抓る。痛い。起きようと思っても起きられない。現実だ。

 知らぬ間に麻薬か何かを吸引してラリッて錯乱中の可能性は?

 極めて低い。頭をやられている状態でこんな考察ができるとは思えない。

 思考能力が正常で、現実であると仮定する。いや、仮定とかそんな婉曲な事にするとまた混乱する。断定してしまおう。ここは現実で、私の頭は正常だ。

 何が起きたか……は、幾つかの要素に分けて考える必要がありそうだ。


 ①なぜここにいるのか。

 ②ここはどこか。

 ③少女化している気がする。

 ④……④はないな。


 なぜここにいるのか。記憶を辿ってみよう。

 2012年十二月の日曜日、スーパーで豚汁用の豚肉と野菜を買った。うむ。雪が降っていたので、スリップしないよう慎重にバイクを運転して帰宅。うむ。買い物袋を持ってアパート二階へ続く階段を上がる途中、足を滑らせる。うむ。気持ちの悪い浮遊感と共に全身の血が一気に引いて、頭部になんだか凄い衝撃が来た、気がする。うむ。

 で、瞬きするとこうなっていた……うむ?

 ちょっと訳がわかりませんね。途中まではしっかり繋がってたのに。


 記憶が確かなら俺は頭部を相当危険な感じで打ったはず。たんこぶ作ったぐらいなら記憶が途切れるわけがないから、意識不明、ないしは死亡が予測される。

 ここは現実で、私の頭は正常だから、意識不明で夢を見ているとか脳のへんな所を壊して白昼夢を見ているとか、そういう事はありえない。一度意識不明になり回復したとすれば、アパートの階段付近か病院で目覚めないとおかしい。しかしここは森。

 意識不明のセンはない。

 死亡した場合。死因からして脳死は揺るぎない。脳死した人間は思考できない。しかし今私は思考していて、矛盾する。

 死亡のセンもない。

 …………。

 あれ、可能性が全部消えた。そんな馬鹿な。


 物理科学的に可能かどうかだけで考えるなら、意識不明になった私の頭部から脳を摘出、少女の頭に移植。施術後容態が安定したら森に置き去りにする事でつじつまは合う。が、いくら医学の世界は日進月歩だとはいえ人間の脳移植は色々な意味で無理があるし、さらにそれを私にする理由がなく、生かして森に置き去りにする理由もない。やっぱりあり得ない。

 わけがわからないよ。ああだめだ、もうフワッとした理屈ぐらいしか思いつかない。

 オカルト的に生まれ変わりとか。それにしては赤ん坊の記憶がすっぽり抜けてるけど。

 SF的に宇宙人にアブダクトされて改造を受け、キャッチアンドリリースされたとか……うん? ……うむ。これが一番納得できるような気がしないでもない気配がする可能性がないこともないな。

 宇宙人にさらわれて改造されて捨てられた。こう考えておこう。宇宙人ってスゲー!


 次、ここはどこか。

 一見、森に見える。名前は分からないが木が生えていて、落ち葉がつもっている。葉の特徴からして広葉樹。現代の舗装された道路やフローリングに慣れた身としては虫や菌が潜んでいそうな落ち葉の上に腰を降ろしているのには違和感と忌避感があるが、他に座る場所もないので仕方ない。

 植生は……よく分からない。木を見ただけで地域を特定できるほど植物知識はない。ただ、落ち葉の間にちらほら生えている雑草は名前は分からないまでも見たことがある種類のもので、木も同じだ。根っこを動かして歩いている木とか、奇声を上げる草とか、そういうものは見あたらない。

 ここは日本か中国かそのあたりと推測。冬だったはずが春か秋ぐらいの気温になっているが、改造手術を受けている間に時間が経過したとかそんな理由に違いない。ここは地球ではなく、宇宙人によって地球に酷似した星にビオトープ的目的で連れてこられた可能性も微粒子レベルで存在しているが、人間は環境を作るより壊す方だし、話がややこしくなるのでここは地球だと思っておく。


 では具体的にどこなのか。人里が近ければ全部宇宙人のせいにして交番にかけこめばいい。白神山地とか富士の樹海とかだったら最悪だ。十中八九のたれ死ぬ。

 木に登って現在地を確かめてみる事にした。立ち上がり、近くに生えていた節と枝が多く背の高い木に手をかけて……手、ちっさっ。足みじかっ。力よわっ。本当に身体能力まで少女に……いや、今は考えるな。一つずつ解決するんだ。

 筋力的問題でもたもたしながらも、木のてっぺん近くまで登れるだけ登り、周囲を見回す。


「あああああ……」


 失望の声が出る。周辺には森しかなく、遠くにも山しかなかった。道路が見えるとか電波塔が見えるとか、そういう事は全くない。

 うあああああ、いきなりほとんど詰んだ。どうしろってーの? 三日で飢え死にするわ。ツキノワグマにガブッとやられて死ぬ可能性もある。食べられる野草知識もないから、そのへんの草食べて飢えを凌ごうとしても毒にあたって死にかねない。運良く食べられる野草を見つけても、全裸の上に住居なし。雨に当たって体力を奪われ、夜風に当たって風邪をひき、暖もとれずに衰弱死。十分ある。

 絶望的な結果になったが、今できる現在地把握は終わった。暗澹たる思いを抱きながら地上に下り、ごつごつした木の幹に背を預け、膝を抱えて座り込む。


 最後の問題、少女化している気がする。

 胸から腹、足の先まで確認。体毛がまったく生えておらず、剃った痕もない。肌は白く人間の皮膚とは思えないほどスベスベしていて、適度に脂肪がついている。押してみると凄くふにゃっとしていた。軽くひっかいてみるとすぐに赤くなる。

 体にかかった腰まで届く白髪は絹糸のように細くサラッサラしていて、生え際を手で触ったり引っ張ったりした限りではヅラではなく頭皮の毛根から生えているように思う。

 腰は微妙にくびれ、胸は膨らんでいるとはっきり言える程度。立ち上がって確かめた身長や頭身のバランス的には多分7~9歳、いっても10歳ぐらい。腰と胸からして第二次性徴にさしかかっているようだから、早熟なようだ。筋力は肉体相応。

 総合して、私の記憶にある「自分の体」とは似ても似つかない。遺伝子レベルで全く別の少女の体になっている、という結論になる。

 ああああああ、最悪だ。せめて大人の体だったらよかったのに。

 成人のものとは比べるべくもない細腕を見ていると狸にも勝てなさそうな不安感がある。

 強いて利点をひねり出すとすると、この年齢なら食事量が少なくて良いという事と、生理が来ていないから周期的体調不良にも悩まず済むという事か。まあ風邪でも引いたら体力無いからすぐポックリ逝く危険性もあるんだけど。

 しかし前向きに考えた所で厳しさは変わらない。少女で、一人で、サバイバル知識がなく、衣服も持ち物もなく、見知らぬ森。ハード通り越してルナティック。せっかく死亡確定からコンティニューしたっぽいのにまた死ぬ可能性が高すぎる。コンティニューに二回目は期待しちゃあいけないですもんね名も知らぬ宇宙人さん。

 空想と現実をごっちゃにするのは良くないが、ネット小説に登場するような都合の良い能力があればいいのにと思わずには……いられ、ない?


 ……あった。いやあった気がする。もっと正確に言えば自覚した気がする。

 なんといえばいいのか、手足の動かす感覚を脳内に思い描くように、この体が持つ特徴が半ば体感的に思い浮かんだのだ。

 どうやらこの体、マイクロマシンとウイルスの中間的何かに感染しているらしい。


 仮にその何かを「菌」と呼ぼう。

 この体は菌の感染源であり、母体でもある。菌の働きによってこの体は常に最善の状態に保たれる。風邪や病気とは無縁であり、ミンチにされても再生する。体格体型は変化せず、老いもしない。

 しかし菌は基本的に母体からエネルギーを得て活動するため、飲まず食わずではすぐにエネルギーが枯渇して菌の働きが停止し、普通に餓死する。

 なお、菌は得たエネルギーをほぼ無限に貯蔵できるようだ。実際は10^69Jまでらしいが、無限みたいなものだ。宇宙の理論上の質量エネルギーが確かこんな数字だったし。

 そして菌が貯蔵したエネルギーを用いて母体は様々な現象を起こす事ができる。


 ①物理的に不可能な結果を起こすものでない。

 ②菌が貯蔵しているエネルギーが十分である。


 この二つを満たしていればあらゆる現象を起こす事ができる。


 とまあ、大雑把に言語化してまとめるとこういう体質というか病気というか苗床というか、そんな体な訳だけども。

 正直、ものすごく不気味だ。

 凄いとか嬉しいとか、それ以前に不審さが目立ち過ぎている。

 さきほど菌をマイクロマシンと表現したが、どうも感覚的にはマイクロよりも遙かに微少な機械、というか構造体らしいと理解できる。金属製かどうかも怪しい。

 どうあれ二十一世紀初頭の人類では確実に製造できない、人類よりも数万歩先に進んだ超科学の産物だ。

 そんなモノの苗床になった体。母体と菌は共生っぽい関係にあるから、害があるわけでもないのだろうけど、重要なのは、


 私が、

 それを、

 理解できている。


 という事なのだ。

 こんな「菌」が自然発生するとは到底考えられない。明らかに人類とは比べものにならないほど高度に発達した知的存在の創造物。その高度な知的存在(それは宇宙人かも知れない)は、死亡した私の記憶か魂かは分からないがとにかくそんな感じのものを回収し、新しい肉体を与え、菌を与え、更に自分の体について理解できるよう記憶を植え付け……なぜか森に置き去りにした。

 意図が読めない。


 これほど自然に記憶を植え付ける事ができるなら、その体を使ってあれをしろこれをしろという指令を本能レベルで植え付ける事も容易いはず。もしかすれば自覚できないだけで深層意識に既にそういう指令が与えられている可能性もあるし、死亡前の人生の記憶も創られたり改竄されたりしている可能性だってある。

 でも、私は今何かをしなければという意志が全くない。強いて言えば不安五割混乱三割その他二割。

 つまり、私をいじくり回した知的存在は、やるだけやった後、「好きに生きればいい。後は知らん」とばかりにポイ捨てしたのだ。

 とんでもなく高度な処置を施しておいて、唾を道ばたに吐き捨てるがごとく無造作に放置。本当に、わけがわからない。


 ……いや、そうか。

 こんな事ができる高度な知的存在からしてみれば、人間なんて単細胞生物みたいなものだろう。私に施した処置も、彼らにしてみればシャーレの上の寒天培地で菌を繁殖させる程度の労力しか割いていなかった、と考えるとしっくりくる。超高度な「菌」の割に普通の人間程度の効率の生化学異化によるエネルギー貯蔵しかできなのも、それしかできないのではなく、あえて菌の機能を制限した気まぐれか、実験か。

 気まぐれに私を採取し、改造して、飽きたかお眼鏡に叶わなかったかで捨てた。あるいは自然環境にリリースして経過観察している。

 あると思います。

 でもできれば人の生活圏に捨てて欲しかったよ……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ