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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅡ(りょう担当)
9/66

第一話

今夜からは宝來のシーズンになります。


そうですねぇ、宝來のシーズンは、少しだけエロいのが特徴でしょうか?

感想なんぞをいただけると踊りを踊って喜びますので(なんの踊りだよ!)ほんの一行だけでもいただけるとうれしいです。

 月黒の夜  ―――――― 。

 甘くねっとりとした風の吹く。

 例えるなら、色っぽい年増のもとへ夜這いたいような春の宵。

 妓楼が軒を連ねた花街は、さっきまでの喧騒はどこへやら。すっかりと闇に沈みこんでいる。

 軒下に飾られた吊り灯篭が風に揺れ、赤い柱の下には(おんな)がひとり。幾人(いくたり)かの酔客の袖を引いてはぴしゃりとはねつけられる。

 すでに亥の刻。

 この時刻に客がついていないようでは、あまり芳しくないご面想なのかもしれない。

 

 刹那、くすりと笑う声。

 その、女にしては低い声を辿ると、妓楼の二階に婀娜な(おんな)

 窓の桟に腰を下ろし。客を引く妓女(なかま)の様子をとんと興味がないと、いったげにを見ている。

 ああ、だが、この妓なら、他人に興味が惹かれないのもさもありなん。

 象牙のごとき白い肌。

 紅を佩かずとも赤い口唇は、男の口づけを待ちわびているよう。

 くっきりと伸びた眉は意思の強さを感じさせるが。扇形に伸びた長い睫毛に、通った鼻筋。赤い牡丹が描かれた単衣に打ちかかる緑の黒髪さえ、溜め息が出るほどに美しい。

 おそらく、後宮にあっては傾城、傾国といわれる種類の女。

 ただ、惜しむらくは妓の背があまりにも高すぎる。六尺はゆうに超えているだろう。


 「銀月(インユエ)様。何がおかしくていらっしゃいますの?」


 月琴を弾いていたもうひとりの妓がふいに手をとめて、声をかける。

 なんと、彼女が呼びかけた名は男名で。

 傾国の美女と思われた妓女は女ではなく、この妓楼の客だった。


 「いや。神というものはまったく、人を平等に創らないものだと思ってね」


 凄まじい程の美貌が、真実そう考えているとは到底思えない、ありきたりの笑みを浮かべるといった。

 やはり、応じた声は男のもので、なんとも低くて甘やか。

 しかも、とってつけたような微笑さえ、ほれぼれするほど。

 妓はそんな男に「まぁ・・・・」と、言ったきり、目を奪われてしまい、声がでない。

 彼女自身も千金に値する美女と謳われているというのに。 


 銀月と呼ばれた男は、少しく眉を寄せると、再び窓の外に目をやった。

 その眉を寄せた様で、ようよう男だと知れる。

 なぜなら、彼の眉の縦皺は女が浮かべるものにしては、あまりにも剣呑すぎた。

 銀月が女物の衣裳を纏っていたのは、馴染み客は相方である妓の衣裳を身に付けるという、花街ならではの決まりゆえ。彼自身が好んで召していたわけではない。

 

 刹那、障子をほとほと叩く音がして。

 銀月に見ほれていた妓はふと我に返り、「どなた?」と、苛立たしげな返事をした。


「姐さん。御母さんがお呼びですぅ」


 おそらく、半玉といわれる妓女見習いの少女の声。  

 妓は盛大に眉を顰めると、「今、行くと伝えてちょうだい」と、抑揚を抑えた声で答えた。

 本当は半玉を怒鳴りつけたくて堪らないのを我慢しているためか、妓の口元がわなわなと震える。

 よほど、寝屋ごとへと続く銀月との時を妨げられたのが悔しかったのだろう。

 だが、妓の心持ちもわからぬではない。

 この銀月という名の璃安一の豪商の息子は、ひとりの妓を長く呼ぶことがけしてなかった。

 二、三ヶ月ほど通うと、ふいっと妓楼に姿を見せなくなり、気づくと違う妓楼の客となっている。

 そんな所業は、他の客ならば、噴飯ものだが、銀月の父の名と、彼が馴染みとなった妓女が一躍人気が出ることから、妓楼の女将達は表立って文句が言うことができなかった。

 しかも、この冴え冴えした美貌だ。妓女達から絶大なる人気がある。

 

 けれど、銀月にしてはめずらしいことに、ここ半年ほど同じ妓の元へ通っていた。

 そのうえ、香丹(ヒャンダン)と呼ばれるこの妓女が一牌(イルペ *1)だったことから、銀月が妾に迎えるのでは噂されていた。

 しだいに、香丹もその気になり始め。

 それゆえ、彼女はこの、どこに真実(まこと)があるのかわからない男の気を惹こうと必死で。銀月が登楼した今宵、ほんの少しも彼の傍を離れたくはなかった。


 本当にしぶしぶ、香丹は月琴を置いて立ち上がり。

 つかの間、紅い唇をあわせて、「わたくしのいない間に帰ってはイヤですよ」といい、襦裙(じゅくん)の裾をするりと翻した。

 香丹の階下へおりるトントンと音がして。

 銀月は懐から出した手巾で、妓の紅で染まった口唇を拭い、そのまま闇へと放った。

 

「ふふっ。どうも醜いねぇ。彼女に通うのもこれが最後かな」


 銀月は、左の口角を上げると、香丹が聞いたら昏倒してしまうような言葉を平気で言い放った。

 もちろん、この男に香丹を娶る気など、さらさらない。

 何故なら、銀月にとって女は花。

 花は蝶の訪れをひたすら待っているもの。

 しかも、花は摘み取って、つかの間愛でるものであり。

 わざわざ、自身の庭に植え替える必要などあるまい、というのが銀月の持論である。

 

 銀月が常より長く香丹に通ったのは体の相性がよかったこともあるが。

 日中、一牌(イルペ)とすまし返った女が、寝屋の中で、驚くほど淫蕩になることの落差に興が惹かれたからだ。

 けれど、香丹の眉をしかめた様に興ざめ、そろそろ次の花へ翅を広げ飛びたちたかった。

 いや、もうとうにこの妓には飽きていた。

 それでも、銀月が香丹に冷ややかな態度をとらなかったのは、彼女の身体にまだ未練があったからだ。 

 今宵の銀月は彼女の中に熱い自身を穿たねば、花郎女(ファランニョ *2)を買わねばならないくらい、女が欲しかった。

 

 まったく、男というものはつくづく面倒のかかる生き物だと思う。

 ことさら若い男は・・・・・・。

 ひとたび、精が溜まれば、吐きだすまで他事が考えられぬのだから。

 もし、それさえなければ、女などという身勝手で、ずるがしこく、自身の安泰しか頭にない汚らわしい生き物を抱かずともすむものを・・・・。

 銀月が先ほど、『神というものはまったく。人を平等に創らないものだ』と、うそぶいたのは売れ残った妓女に、ではなく、己に対して・・・・。

 女のほとんどが触れられねば、欲情せぬのと違い、男は女を一別しただけで、欲情する。

 いや、若いうちならば、始終そのことが頭を覆っているだろう。

 それは銀月とて同じ。

 妓の白く柔らかな身体を思うさま貪り、熱く湿った女陰を自身で何度も貫きたかった。

 

 けれど、香丹の用事は容易に終わりそうにない。

 なにせ、上得意が登楼しているのを承知で呼びつけるほどの用なのだから。

 どうやら、ここの女将は香丹ほど愚かではないらしく、その気のない銀月に代わり、他の金主を見つけたのだろう。

 なぜなら、香丹は今だ美しいが、銀月とさして変わらない年。

 花の盛りは短い。ならば大輪の花を咲かせているうちに摘み取らせるべきなのだ。

 銀月は取りあえずの手慰みに香丹が先ほどまで奏していた月琴を膝の上にのせると、弾片(*3)で、爪弾いた。

 二弦をともに爪弾くと、さすがに一牌。完璧な調弦がなされている。

 

 刹那、勢いを増した風にのり、ひとひらの柳絮(りゅうじょ)

 銀月の髪に絡むと、また風に乗った。

 柳絮とは柳の綿のような実のことである。

 早春、首都・璃安中を風に乗って舞い散り、一面をうめ尽くしていく。

 銀月は弾片を置くと、再び自身の髪に絡んだ柳絮をつまみとった。

 ふいに、目交を柳絮のごとく儚げな微笑がよみがえり。

 銀月は我知らず、詩を一篇、口ずさんだ。


 二月 楊花 軽復た微

 春風 揺蕩して 人の衣を惹く

 他家かれは 本 是れ 無情の物

 一向に南に飛び 又北に飛ぶ         


 [訳] 旧暦二月。柳絮が軽やかにまたひそかに、春風に揺られて、人の衣に纏いつく。

 もともと、感情を持たぬものゆえ、南へ飛んだかと思うとまた北へと飛ぶ。

 それに比べて、世のしがらみの中にいるわたしは・・・・。

 

 それは銀月が十五の年、齢三十ほどで身罷った母の好んだ詩。

 彼女はこの詩をどんな心持ちで詠ったのだろう。

 ―――――― 今となっては知るすべはないが。

 けれど、いかに十年の時が経とうとも、銀月にとって母を失った悲しみはつい昨日のごとく。けして、色あせることがない。

 母、劉氏を殺した父と、その妾・明華(ミョンファ)への変じない恨みとともに。


                  

 *1 一牌:最高級の妓女

 *2 花郎女:最下層の遊女

 *3 弾片:月琴のバチ

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