第八話
スウリンのおかげで、
奴隷商人は以前よりも、豊かに。
彼が売買する奴隷たちは、
他の商売敵の扱うそれよりも、
格段に血色がよく、快活で、
品があり、愛嬌もあり、
謙虚で、素直で、他を思いやり。
スウリンの特徴を、巧妙に模倣して。
子供たちは、したたか。
非力だからこそ、
生き延びようとする本能が貪欲に働き、
スウリンから柔軟に学び、吸収する。
どうすれば、大人から愛され、守られ、
可愛がられるのかを。
奴隷といえば、以前は家畜同然に扱われたもの。
ところがスウリンが来てから、生活水準は、
著しく向上。
干し果実の一件は、発端に過ぎなかった。
一事が万事、この調子。
服も、食物も。
スウリンにだけ与えようとしても、徒労。
もらったものをスウリンは右から左へ、
そのとき手近にいる子へ渡してしまう。
奴隷商人がスウリンを特別扱いしたくても、
当のスウリンが、それを許さない。
仲間全員に行き渡るまで、
最後まで受け取ろうとしないから、
全体の環境が改善されていったのだ。
結果、人材は質がよくなり、価値は高まり、
それを扱う商人も、潤うようになっていった。
スウリン、希望の光。
本名を、名乗らなくても。
辺りを明るく照らし出す。
たとえ名乗らなくても、
いくら秘めていようとも、
薔薇が、薔薇であるように。
気高く咲き匂うように。
スウリンは、どこにも売られず、
奴隷商人と共に、あちらこちらを旅して回り、
二年の月日が流れた。
スウリンは、名を名乗らなかったから、
いつしか皆から舞姫と呼ばれるようになっていた。
弱冠七歳、とはいえ。
二年の間、毎日のように舞い続けていれば、
技能は、おのずと練れて来る。
二年も寝食を共にすれば、絆も、より強く。
「父さん、大きくなったらあたしをお嫁さんにしてね」
スウリンに言われ、相好を崩した奴隷商人は、しかし。
スウリンが大人になるまで身を慎んでいられるような、
聖人君子では、なかった。
一夜の戯れに買った街娼と肌が合い、
身請けして、旅に加えた。
女は、奴隷商人とは肌が合ったけれど。
スウリンとは、気が合わなかった。
奴隷商人がスウリンを、女以上に可愛がるのが、
癪に障った。
「よせよ、あんな子供に嫉妬か?」
奴隷商人は女をたしなめたが、却ってそれが火に油。
おまえとあいつは違うんだ、と。
女を抱き寄せる奴隷商人。
その言葉は、女の胸には、
「おまえは身体だけ。
あいつはもっと特別な存在なんだ」
と響いた。
それから数日後。
女は、罠を仕掛けた。
自分と奴隷商人が睦み合っているところを、
スウリンが目撃するように。
女を組み敷き、精を放つその瞬間に。
奴隷商人は紗幕の向こうに、スウリンを認めた。
スウリンは、ぱっと身を翻し、走り去った。
見られた。
女をむさぼる獣と化した、この姿を。
あの子に。
以来。
スウリンと奴隷商人の間に、
ギクシャクした空気が。
そんな折、
一行は東方の大都市、璃按に着いた。
「あの子を売っておくれ。言い値で買うよ」
奴隷商人とはギクシャクしていても、
皆の前では、けなげにも明るくふるまうスウリンは、
この日も皆に望まれて、道端で踊りを披露していた。
それに目をつけた妓楼の女将が、
取引を申し出てきたのだった。
高級妓楼。
売るのは身体よりも、むしろ、
芸と機知と愛嬌と色気。
歌舞音曲に洒落た会話、極上の酒、賭け事遊び、
等々。
「悪いようには、しないよ。
あの子を咲き誇らせてあげよう。
大輪の花に、ふさわしく」
女将の言葉を、一旦は退けた奴隷商人だが。
深夜。
改めて女将のもとへ。
すやすやと眠るスウリンを、腕に抱えて。
「いくら払えばいいんだい」
単刀直入な女将の問いに、奴隷商人は、
「金はいらん。大事にしてやってくれ」
「……たしかに、引き受けた」
急遽、用意された寝床に、スウリンを横たえる。
あどけない、寝顔。
奴隷商人の頬に、自嘲の笑み。
こいつが年頃になったとしても、
おれはこいつを抱けないだろう。
神聖視しすぎている。
ふ、このおれとしたことが。
そんなガラでもないくせに。
「あばよ、天使」
夜明けを待たずに、奴隷商人は、
一行を連れて、街を出た。
「父さんは?」
スウリンが目覚めた頃には。
もう一行は、街を遠く離れ。
「ここはどこ? おばちゃんは、だれ?
父さんは、どこにいるの?」
女将を質問攻めにしても、埒があかない。
「あっ、こら、お待ち!」
女将のスキをついて、スウリンは部屋を飛び出した。
「だれか! その子をつかまえておくれ!」
女将の声に従う大人たちの間をすり抜け、表へ。
「父さん! 父さん! 父さん!」
呼ばわりつつ迷走するスウリンを抱きとめたのは、
すらりとした、少年。
……父さんじゃない。
少年を見上げる紫色のつぶらな瞳に、涙があふれる。
そのまま、父さん、父さんと繰り返しながら、
スウリンは、号泣し続けた。