第七話
やみくもに疾走するスウリンは、
大人の男にぶつかった。
逆行を背負ったその男の懐へ飛び込んだ形になり、
そのまま抱きとめられた。
「とうさん」
たしかに年恰好は族長と酷似。
しかし、もちろん別人。
スウリンに父と間違えられた男は、
これ幸いと小さな身体を抱えあげ、連れ去った。
男は、奴隷商人だった。
スウリンが押し込まれた薄暗い小屋には、
十数人の子供たちが。
皆、うなだれてうずくまり。
すすり泣く合間に、父母や兄弟を恋しがる。
スウリンは、自分だけが不安なのではないと知った。
その途端、胸に込みあげてきたのは。
打ちひしがれた子供たちを、
どうにかしてなぐさめたい、という、
抑えがたい気持。
その昔、踊り子が、初対面の族長を前に感じた、
あの衝動。
母さんは、父さんに、何をしてあげてた?
いつも、外から疲れて帰ってくる、父さんに。
母さんは。
「ねえ、見て!」
唐突にスウリンは叫び、
手を打ち鳴らして皆の注目を集め、
小屋の中央に踊り出て、くるくると回転。
回れるだけ回った果てに、
片ひざをつき両手をひろげて、ぴたりと止まり、
輝く笑みで、一同を見渡す。
はずむ息、上下する肩が、
必死のほどを、物語る。
熱意は伝わり、笑みは広がり、拍手が。
スウリンは立ち上がり、一礼の後、
一人一人のすぐ傍を駆け抜けて、また踊りだす。
拍手は、たちまち手拍子に。
「うるせえぞ! なにやってんだ!」
見張りの男が怒鳴り込み。
数人の子供たちが凍りついても。
その気配にも気づかぬほど没頭していたスウリンは、
舞い続け。
大半の子供たちは舞手に呑まれ、巻き込まれ。
結局。
見張りもスウリンを止めることは叶わず。
最後は拍手まで送る始末。
「あっ、おかしら!」
横から奴隷商人が、ぬっと現れたところで、
ようやく見張りは我に返り。
慌てて、つい今しがたまで夢中で叩いていた手を、
引っ込めた。
奴隷商人はスウリンを傍に呼び寄せ、名を訊ねた。
スウリンは、名乗らなかった。
あたしの名前を、知らないなんて。
このひとは、父さんじゃない。
以来。
スウリンは他の誰にも、本名を名乗らずに通した。
奴隷商人はスウリンに干し果実を与えた。
するとスウリンは子供たちの群に舞い戻り。
「はい」
手前にいた子へ、今さっきもらった干し果実を、
惜しげもなく。
奴隷商人は、つかつかと子供の群に歩み寄る。
子供たちは怖気づいて、後ずさる。
子供たちの形づくる輪の中で見つめ合う、
奴隷商人と、スウリン。
奴隷商人は、スウリンを見下ろして、不機嫌に。
「おれは、おまえにやったんだ」
スウリンは、平然と。
「じゃあ、もっとちょうだい」
奴隷商人は、こめかみに青筋を立てながら、
懐から袋を取り出し、もうひとつ与えた。
「はい」
スウリンは、また、手近な子へ。
袋の口を握りしめた奴隷商人の手が、
ぶるぶると震えはじめる。
「もっとちょうだい」
とスウリンは言葉にこそしなかったが、
その瞳が、明らかに、そう語りかけていた。
奴隷商人は、やけになったような勢いで、
袋ごと、スウリンの鼻先へ突きつけた。
スウリンはそれを受け取り、袋の口をひろげて、
中身をひとつずつ子供たちに配って回る。
「……おい」
奴隷商人は、見張りの男に言いつけた。
「こいつら全員に行き渡る量の干し果実を持って来い」
「えっ、いいんですか、おかしら」
仰天する見張りを、睨みつけて言うことを聞かせ。
瞳をきらきらさせて子供たちに食べ物を配る、
スウリンを改めて見つめなおす。
こいつは全員に与えるまで、自分は食べないつもりだ。
どんな育て方を、されてきたのか。
どんな愛され方を、してきたのか。
その行動で、一目瞭然。
こいつは、姫だ。
スウリンが、奴隷商人の視線に気づき、振りかえる。
スウリンは、奴隷商人に微笑み、おもわず口走る。
「ありがとう、とうさん」
とうさんじゃないのは、もう知ってしまったけど。
でも、このひとは、とうさんみたい。
おっきくて、ちょっとおっかなくて、でも、やさしいの。
「おれはおまえの父さんじゃないぞ」
と答えても、よかった。
それが、真実でもあったのに。
奴隷商人は、意外にも。
「……おう」
と、照れたように、応じた。