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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅦ(りょう担当)
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第八話

「玉凰と言うそうだな、睡蓮を攫った女は?」


 銀月は、蓮姫の向かいの席に着いたとたん、間髪いれずにそう言い放った。

 古びた茶屋は、以前と変わらず鼻をつく獣蝋の匂いに満ちている。


「表向きはそう名乗っているようですが、真実の名は、柚姫。わたくしの双子の妹なのです」


 チャドルに隠された蓮姫の表情は見えない。

 だが、抑揚を押さえた声からは強い憤りが感じられる。

 銀月ですら知っていた、蓮姫の踊り子のとしての未来を閉ざしたのがその双子の妹であることを。


「お前の妹が何故、睡蓮を?」


「少し長い話になりますが、ご静聴ください」


 そう言うと、蓮姫は、卓子に置いた急須から湯呑に茶を注ぎ、その片方を銀月に勧めた。そして、自身は、一口茶をすすってから話し始める。


「妹は、柚姫は、我の強い子供でした。己が一番注目されていないと気がすまないといったような。子供の頃なら可愛い我が儘と許されましょうが、長じれば、輪を乱すだけの存在となる。

 あれは、十六の頃。妹は恋をしました。

 相手は、女将の情人。姿がよく、面倒見のいい男は、踊り子たちの人気者でした。

 最初は、皆の憧れの的を一人占めしたいといった幼い感情だったのでしょうが、誘惑しているうちに いつしか本気になってしまったのでしょう。

 そして、その男も女将との仲がしっくりいってなかったせいか、柚姫になびきました。

 ふたりはおそらく、本気で愛し合っていたと思います。

 けれど、どんな忍び恋もいつかは皆に知れるもの。女将がふたりの恋を知るのにそんなに時間はかかりませんでした。

 花街では、妓女と使用人の恋はご法度。それは、踊り子であっても変わりません。

 女将は、目をかけていた男の裏切りに激怒し、陽花楼からも璃安からも男を追放しました。ですが、それは周りを、花街の旦那衆を慮ってのこと。

 その後、あなた様もご存じな事件が起こり、柚姫は、わたくしの顔と足に傷を与えた咎で、奴隷に売られました。

 そして、そこをまんまと逃げ出し、男を追いかけた柚姫は、自身の男がすでに死んでいることを知りました。

 その瞬間、柚姫は、鬼となったのです。

 自身の男を殺したと女将を恨み、復讐するためだけに生きる鬼に・・・・」


「なるほど、恋の恨みか。それは確かに面倒臭いな。

 だが、女将を恨む理由はあっても、お前を憎む理由はあるまい?」


 その逆はあっても・・・・。

 銀月は、その言葉を発しない代わりに、ちらりとチャドルごしに蓮姫の顔を見た。そこにはいつもと変わらず落ち着き払った女がいる。


「いつも一番でいたい女にとって、自分とそっくりな女など邪魔なだけなのですよ。

 そして、自分が邪魔だと思えば、相手も自分を邪魔と思うだろうと考えるのが人間の常。そのせいか柚姫は、わたくしが自分たちの恋を告げ口したと信じ込んでいます」


「・・・・・・」


 おいおい、そんな馬鹿なと思った銀月だが、ひとりっ子として育った自分にわからぬこともあるのだろうと、とりあえず口をつぐんでおいた。


「そういったわけですから、この先も睡蓮と英愛は狙われることでしょう。

 彼女らは、わたくしと女将の一番の弱点ゆえ」


「ああ、そうだろうな。

 ならば、わたしに頼みたいのは、柚姫と官吏どもの切り離しか?」


「はい、できますれば。

 そして、睡蓮は、この事件が解決するまで、李家の囲いに置かれたほうがよろしいでしょう。わたくしどもも英愛ひとりなら目が行き届きますので」


「ああ、そう手配した。仮住まい先では何かと行き届かないだろうからな。

 ところで、お前は、最終的にどう決着をつけようと思っているのだ?」


 銀月がそう訊ねて来ることを見越したように蓮姫は、数枚の紙を差し出してくる。

 そこには、柚姫によって大なり小なり利益を得た官吏たちの名前がずらりと並べられている。


「大事をなさんとする時に、大規模な官吏の移動は控えるべきかと。

 (やん)礼部尚書だけは、早々消えて頂きたいものですが、揚礼部尚書はお飾りの尚書、ゆるゆる事を行っても差し支えがないのではありませんか?」


 蓮姫は、筆頭に書かれた揚礼部尚書の名を指差した。


「ああ。だが、人を害してその地位に就いたものは、一掃せねばならん。

 ハイエナに新しい蔡国をうろつかれては堪らぬからな」


「はい、櫂王太后陛下がお作りになる新しい国は、清く正しく美しくあらねばなりません」


 蓮姫はそう言うと、チャドルの中でにやりと笑ったようだった。


「ああ、お前の言う通りだ。

 さてどう始末をつけるかだが・・・・」


 銀月は、自国・蔡の政治制度を思い浮かべてみた。

 唐の制度たる三省六部を模して作られたものだが、唐と同じように刑部だけでは、官吏やそれと結託する商人の不正は取り締まれず、近々作られたのが御史台だ。

 確か、夢龍の上の妹が御史台の役人に嫁いでいるはず。

 たびたび、夢龍に頼みごとをするのは、業腹だが、人付き合いの悪い自分には頼みとする人材がいない。仕方ない、夢龍に義弟を紹介してもらおう。そして、その後押しを県正(県知事)である大伯父に頼めばいい。

 そう結論すると、銀月は、再び口を開いた。


「わたしは、この事件のすべてをあきらかにした上で、法に則り、処断するべきだと思っている。二度とこのような不心得者を出さないためにもな」


「もしや御史台に?」


「ああ、御史台初の大仕事となるわけだが、なんとしても解決してもらわねばならない」


「はい、それがよろしいでしょう」


「それでお前はどうする? 妹と対決する手立ては整ったのか?」


「いえ、わたくしはただの占術師ゆえ、呪術を使う妹に太刀打ちできるかどうか・・・・」

 

 初めて蓮姫が浮かべる不安そうな表情に、銀月は思わず知らず答えていた。


「これは確かな情報ではないのだが、ジュンガルに名のある方術使いがいるそうだ。

 足の悪いお前には不憫だが、ジュンガルまで行ってみたらどうだ? 今は、どんな藁でも掴むべき時だろう?」


「ジュンガルに方術師が?」


「ああ、旅の仲間に訊いた話なのだが。

 真実はどうあれ、今年に入ってからの高官たちの頓死にその方術師が関わっているのではないかと噂になっている。

 お前の手下の一人はジュンガルの出だろう? 行ってみたらどうだ?

 それに・・・・余分なことかもしれんが、中華からよい医者もやってきているそうだ。ついでにその体も診てもらってくるといい」


 銀月は、照れ臭いのか鼻をこすりながら言った。


「・・・・・・・」


 自分は、この顔と足のせいで、陽花楼の私室から出ずに一生を終えるのだと思っていた。それが自身の運命とまで思い定めていたというのに、まさかこの男に、遠々しい気持ちしか抱いてなかったこの男に、ほんのわずかだとしても、希望を投げかけられるとは。蓮姫は、返すべき言葉を失っていた。


「陽花楼が再建するまで英愛を我が家で預かっても構わないぞ。睡蓮が喜ぶだろうしな」


「・・・・はい


 数瞬の逡巡の後、ようやくそう答えた蓮姫は、顔をあげ、思い切ったようにチャドルをその面から取り払った。


「あなた様は、わたくしのこの顔を気味悪いと思われていたのでは?」


「ああ、すまない。

 以前、お前とこの店で会った時、そういった誤解をさせたと思ったのだが、誤解を解く機会がなかった。

 わたしは、十五の頃からお前を知っている。お前が誰より舞に精進し、睡蓮たちを可愛がっていたこともな。

 だから、あの時、そんなお前を手ひどく痛めつけた妹とやらがひどく腹立たしかった。

 そして、何よりも先を諦めたようなお前が痛ましかった・・・・」


 銀月は、ほんの少しも目をそらさず、蓮姫を見つめている。彼の言葉が真実であると後押しするように。


「・・・・もしかしたらずっと調べてくださっていたのですか?」


「まぁな・・・・」


 ますます鼻をこすりながら言う銀月に蓮姫は、思わず吹き出していた。


「あなた様は、存外、人がいいのですね。

 さすがあの(・・)夢龍様の友人といいますか・・・・」


 蓮姫は、笑いが止まらないといったふうにクスクス笑い続けている。


「あのバカと一緒にするな!

 だが、お前、ようやく声を立てて笑ったな。

 あれ以来、笑わなくなったお前を、房子も、英愛も、睡蓮も心配してるんだぞ」


「はい、皆がわたくしを心配してるのを知りながら、どうしても笑うことができませんでした。わたくしもおそらく、柚姫と同じように、自分を憐れむ病に冒されていたのでしょう」


 銀月は、そう言って晴々と笑った蓮姫を久しぶりにきれいだと思った。


「ああ、そうかもしれんな」


「はい。わたくし、銀月様のおっしゃる通り、ジュンガルに行ってこようと思います」


 もし、方術師がいなくても、いい医者がいなくても、行動を起こすことがこれからの自分を変える一助となるだろうから。


「ああ、お前は、わたしと睡蓮の取り持ち役をしてくれたからな。

 これでその恩は返したぞ」


 と、銀月は、ばつが悪そうに言うと、立ち上がった。こんこんと眠り続ける妻が待つ我が家に帰るために。

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