第五話
子供の成長は、早い。
幸福な月日は、翼ある者の如く、飛び去ってゆく。
五年など、あっという間。
スウリンは手のかからぬ、素直な明るい子。
父にも母にも子守サーシャにも、
あらん限りの愛情を注がれ。
愛らしさは日ごとに増すばかり。
このような日々がずっと続くと思っていたのに。
積み重ねたものが崩れるのは、一瞬。
絹商人に身をやつした暗殺者が、
踊り子と愛児とくつろいでいる族長の命を、奪った。
その暗殺者とはサーシャの、かつての恋人。
あなたを取り返しに来た、と。
暗殺者はサーシャに手をのべた。
サーシャはその手をふりはらい、
踊り子とスウリンを庇って真剣を抜いた。
「今のわたしには守るべきひとがいる。
行くならこの母子も共に、でなければ」
「おれはあなたを迎えにきたのだ、姫」
他の者など知らぬ、
ましてやこの男の愛妾や子供など、と言い放ち。
短剣を投げて踊り子の心臓を、突いた。
踊り子はその背で我が子を庇い、
我が子ともども、床へ倒れ伏した。
「おのれ、なんということを!
おまえは鬼かッ!」
「そうだ、あなたを取り戻すために、
おれは、鬼になった」
「おまえとは、行かぬ!」
泣きながら、サーシャは暗殺者へ切りかかった。
暗殺者は刃を刃で受ける。
散る火花。
戯れで、
族長相手に木刀を振るう機会しかなかった姫将軍と、
暗殺の実践を積み重ねてきた、かつての恋人。
サーシャが敵う道理はない。
なれど、引けぬ。
せめてスウリンだけは、なんとしても守る!
力任せになぎ払われた剣を、
間髪入れず構えなおし、暗殺者の、
かつての恋人のふところへ、飛び込む。
手応えが、あった。
サーシャは相手の顔を見上げた。
微笑んでいた。
「何故、よけなかった」
そう訊ねたサーシャの口から、血が。
「あなたこそ、何故です」
「わたしは、腕が、鈍ったのさ……」
生き延びる、つもりだった。
生き延びて、スウリンを。
スウリンは、スウリンは、何処。
かすむ目で、必死に探す。
スウリンは、居た。
母の背の陰から、頭が。
母譲りの、金色の巻き毛。
そして、柱に寄りかかり、
かろうじて身を支える、正妻を見つける。
サーシャは気力を振り絞って、正妻の視線を捉えた。
正妻を必死に見つめながら、スウリンを指差す。
あの子を、助けて。
正妻は頷き、スウリンのもとへ駆け寄ってゆく。
それを認め、ようやくサーシャは安堵の息をつき。
その一息が、最後。
かつての恋人の重みを受けて、
姫将軍は、床に沈んだ。