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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅤ(かえ担当)
23/66

第二話

 廊下を曲がり切ったところで、夢龍ムロンは睡蓮に追いついた。

 夢龍に左手首を掴まれて、睡蓮は立ち止まった。

 ふたりとも、息があがっていた。


 睡蓮は、夢龍を振り返らない。

 うつむいて、泣きじゃくる。

 疾走して乱れる呼吸、上下する背中、嗚咽で震える肩、そこに降りかかる金髪。


 とらえた手首から伝わる体温、折れそうに細い骨、なめらかな肌の感触。

 そして、恋焦がれる女が間近で放つ、芳香。



 興奮した睡蓮からは、麝香の匂いが立ち昇る。

 夢龍はくらくらと眩暈を覚え、身を投げるような勢いで、睡蓮にすがりつく。


「睡蓮……ッ!」

「……あっ……」


 背後から抱きすくめられて、睡蓮は驚き、怯えて身じろいだが。

 たくましい男の腕の檻からは、簡単に抜け出せない。

 ほどなく睡蓮は、抵抗をやめた。

 自分に想いを寄せてくれる男のぬくもりに、屈したのだった。


 ああ、このひとは。

 なんて、暖かいのだろう。

 睡蓮は、うっとりと瞳を閉じた。

 夢龍は、その耳元に熱くささやいた。


「睡蓮、きみが本当は、誰を好きでも、おれは、構わない」

 睡蓮は、ハッとして、今とじたばかりの瞼を上げた。


「きみが、たとえ、たとえば……銀月インユエを、愛していたとしても、おれは……頼む、おれを選んでくれ、おれは、きみが誰を好きでも、きみを愛してる。きみが欲しい、他の女じゃ駄目だ、どうしても必要なんだ。だから……」


 睡蓮の瞳から涙がこぼれた。

 それは夢龍の手の甲へ、落ちた。


 夢龍は睡蓮のあごを持ち上げて、自分のほうを向かせた。

 夢龍は睡蓮に、ゆっくりと顔を近づける。

 睡蓮は、彼がなにをしようとしているか察したけれど、抗わなかった。


 むしろ、待ち受けた。

 その瞬間を。


 しかし、ふたりの唇が重なろうとした刹那。

「若様、どうかもう、そのあたりでご勘弁を」

 護衛の男が、夢龍の肩を掴んで、阻止。


 もう一人の護衛が、その隙に睡蓮を引き離す。

「この娘は、娼妓とは違いますので」

 夢龍と、そう大差ない体格で、その背に睡蓮を庇って。


 睡蓮と夢龍が部屋を飛び出した、そのとき。

 女将が密かに目配せをして、彼らに後を追わせたのだった。

 彼らは役目を、心得ていた。

 そして今、毅然として、それを遂行した。


「……わかったよ、悪かった」

 夢龍は、おとなしく引き下がった、が。


「睡蓮、いま言ったこと、本気だから!」

 屈強な二人の男に挟まれて立ち去る睡蓮の背中に、叫ぶ。

 睡蓮は、夢龍を振り返った。

 立ち止まりはしなかったけれど。

 護衛の男たちが、それを許さなかったのだ。


 夢龍と睡蓮は、傍目には、引き裂かれる恋人たちのようにも見えた。

 真実は、どうあれ。

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