第二話
年若い踊り子が族長の寵愛を受けて、まもなく。
踊り子は、族長の妻たちに呼び出された。
正妻と、側女が五人。
召使いがずらりと居並ぶ中。
孤立した踊り子は、まるで、咎人。
正妻は冷やかに踊り子を見下し、
側女たちも、それに合わせる。
わたくしに付くなら、悪いようにはしませんよ。
正妻は踊り子に誘いをかけた。
踊り子は最初、事情が呑み込めなかった。
妻たちが、かわるがわる、
みずからの立場を主張するにつれ、
ようやく、徐々に理解できるようになり。
と同時に、
居心地の悪さと違和感と疑問とが、湧き上がった。
踊り子は、その疑問を、
また、深慮なく、口にした。
「奥方様方は、族長さまを嫌っていらっしゃるのですか?
何故ですの?
ご自分の旦那様ですのに。
おなぐさめして差し上げようとは、思わないのですか?」
正妻の顔色が、さっと変わった。
側女たちは、うろたえた。
正妻は立ち上がり、つかつかと踊り子へ近づき。
手にさげていた扇を、ばちんと音を立てて閉じ。
きょとん、と首をかしげ、
あどけない表情を浮かべた踊り子の顔へ、
思い切り、振り下ろした。
一撃で、踊り子は床に倒れ込む。
間髪入れず、情け容赦もなく、
正妻は踊り子を打ち据える。
生意気な娘!
おまえのような、浅はかで卑しい女が、
男に媚びて、
わたくしたちの地位を、おびやかすのよ!
わたくしたちの尊厳を、おとしめるのよ!
「なにをしているッ!」
踏み込んできたのは、他ならぬ族長そのひと。
こんなこともあろうかと、
ひそかに密偵を送り込んでいた。
他の側女たちは、軒並み正妻に懐柔された。
それでもよかった。
族長に、未練も執着も、なかった。
妻などといっても、しょせんは戦利品か取引材料、
あるいは血をつなぐための、道具。
翻って、踊り子だけは。
渡したくなかった。
妻たちにも。他の誰にも。
「……奥向きのことに口を差し挟むなど」
「黙れ」
体裁を取り繕おうと開き直る正妻を、
族長が、一喝。
「この娘は、奥へ置かぬ。
以後、手出しも口出しも無用である」
ふるえおののく踊り子を抱き上げ、
妻たちを威嚇するかの如く睨みまわし、
族長はその場を立ち去った。
「かわいそうに、痛むか、すぐに手当てを」
ふたりだけの寝室へ連れ戻り、
医師を呼ぼうと立ち上がりかけた族長の首に、
踊り子は、すがりつき。
「わたくしが、おそばに、ずっと、います」
泣きじゃくりながら、族長の耳にささやきかける。
「もう、族長さまに、さびしい思いは、させません」
族長は、瞠目。
なんと、この娘は、
暴力をふるわれて怯えているのではなかった。
おれを、憐れんで、泣いている。
そうか、おれは、さびしかったのか。
ずっと、孤独であったのか。
やわらかく、ちいさく、あたたかい身体。
熱い涙が、族長の首筋を濡らす。
族長は踊り子を、抱きしめ返した。
いとおしげに、そっと。




