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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅣ(りょう担当)
18/66

第一話

 卯月も半ばすぎ。

 

「名づけ子の晴れ舞台を見ないって手はないだろう」

 

 夢龍(ムロン)にそう釘をさされ、しぶしぶやってきては見たものの、銀月はすこぶる機嫌が悪かった。

 名づけ子「睡蓮」は売りもの買いものの妓女と違い、酒楼の踊り子だが。いや、踊り子だからこそ、自らの貞操と引き換えに、彼女のこれからを引き受ける男が必要なのだ。

 そんなことは先からわかっている。

 ただ、それが銀月の考えより、ずっと早かっただけだ。

 

 睡蓮の勤める陽花楼の店先に作られた特設舞台。

 今宵は、数十もの灯篭と色鮮やかな幟に飾られている。

 その舞台真正面は、夢龍のような旦那候補たちのための席であり、書類審査を通過した三十人という数に合わせて長椅子が用意されていた。

 銀月は、旦那候補に名乗りをあげた夢龍のために用意された場所、朱布が引かれた長椅子に夢龍とともに腰を下ろした。

 そして、苛々と左親指の爪を噛みながら月の出を待っていた。

 

 くしくも今宵は二十三夜。

 陽花楼の女将・房子(パンジャ)は、女性(にょしょう)だが、店の経営に抜群の才がある。

 客に二十三夜待ちをさせながら、舞台が始まるのを今か今かと待たせるという趣向なのだろう。

 

 二十三夜待ち ―――――― 。

 深夜に上がる下弦の月に願いをかけると、その願いは叶うという。

 もし、今宵の月が願いを叶えてくれるというのなら、この馬鹿騒ぎをこそ止めさせて欲しかった。

 璃安中の男どもを集め、自身をセリにかけるなどなんたること。

 しかも、それを嬉々として行うのが、七才の頃より妹のように可愛がってきた睡蓮とは。

 もう少し若かったら、長椅子を振り上げて舞台を粉々にしているところだ。

 銀月は、怒りのため、膝頭がぶるぶる震えてくるのを強く両手で押さえつけながら、きっと顔をあげ、舞台を睨みつけた。

 

 大体、何故ひとことの相談もないのだ。

 この間だってそうだ。

 睡蓮が呼んでいるからといわれ、陽花楼に出かけてみれば。

 さんざん待たされたあげく、当の睡蓮からは、『あたしを子供扱いしてる』とか、『女としてみていない』とかさんざん言われ、ついに『銀月の馬鹿。知らない。帰ってよ!』と言われる始末だ。

 彼女の行く末についての相談だと思い、勢いこんでいった自分がまるでバカみたいだ。

 

 そして、何故わからないと思う。

 母が亡くなってからの銀月の人生はすべて睡蓮を守るためにあり、彼女がいるから、銀月は、現世に留まれるのだということを・・・・。

 十年前に出逢って以来、お互いが一番大事と思っていたのは独りよがりだというのか。

 銀月は陽花楼の若い衆や小女が飾り立てていく舞台を見つめながら、大きく吐息をついた。

 

「そろそろ月が昇りそうだな」


 という夢龍の言葉に我に返った銀月が右方へ首をめぐらせると、なるほど東の地平がうっすら明るくなっている。

 

 刹那、月の出とともに流れ出したのは二胡の音。

 高く低く、朗々と歌いはじめる。

 ついで琵琶。そして、古筝(こそう)に楊琴。

 仕舞いは()の笛だ。

 二胡により、しめやかに始まった楽は古筝、楊琴が加わる頃には転じて朗らかとなり、仕舞いの竽の笛により、見事に調子が速められていく。

 そして、舞台袖で奏されているだろう楽が最高潮に達した頃。

 舞台中央に現れたのは四人の乙女。

 いや、少女といっていいだろう。

 彼女らは十才から十五才ほどの齢なのだから。 

 西の胡国(*1)の後宮の女たちが、王の御前で踊る時に召すという肌も露わな衣装を身に纏った彼女らは、少女期特有のほのかな色気を醸し出していた。

 

 薄紅に金糸の縫いとりのある短い上衣。

 同色の裾のふくらんだ下衣は紗のごとく足が透きとおって見え。

 両肩から二の腕の巻きつけられた領布(ひれ)は、ぶしつけな群集の視線を遮るかのように淡く膨らみかけた胸のあたりをさまよう。

 たとえ、幼くても女は男の視線を惹きつける術を知っているのではないか。そう思ってしまうくらい、彼女たちの舞は蠱惑的だった。

 楽に乗って、差し出す手も揺れる腰も、男が生唾を呑んでしまうことを計算しているかのごとく思える。

 

 そんな彼女らが舞っているのは「姉妹飯節(ズーメイファンジェ*2)」。

 蔡では古くから豊穣の祭りの際に踊られるものだが、見目麗しい少女が肌も露わな衣装で舞うと、まったく違うものに思えるから不思議だ。

 けれど、踊りが佳境に入り、再び二胡の音だけの静けさを取り戻すと、乙女らはその表情を一変させた。

 娼婦から巫女へ ―――――― 。


 四人の少女子(おとめご)らはぴたりと身体を寄せ合うと、四人ともに天上へと左の(かいな)を振り上げた。

 自分たちの祈りよ、天に届けといわんばかりに。

 豊穣を祈る神はもちろん、天山山脈に住むというテングリ。

 乙女らは輪になると、肩にかけた領布をしゅるりとはずし地に伏して、「西の善きテングリ」「東の悪しきテングリ」に祈る。


 ―――― 蔡の国の未来に幸あれと ―――― 。


 そして、乙女らの舞は終わった。

 

 おそらく、ここに集った男たちは等しく思ったことだろう。

 自身が女という生き物を理解できることは一生ないと。

 彼女らのうちにある二面性を「淫」と「聖」とでも呼ぶとしたら、ふたつを併せ持つなど男にはけしてできぬことなのだ。

 

 場がしんと静まり返り。

 その一瞬のち、われんばかりの拍手、拍手。

 乙女らは腰を折って、拍手と歓声に応えた。

 年齢に即した、普段通りの表情(かお)で・・・・。

 集った観客のすべては前座がこれほどの水準ならば、真打ちである睡蓮の舞は、いかばかりであろうかと、胸を弾ませる。


 そして、それはまったく裏切られなかった。

 刹那、会場のすべての明かりが消され。

 なんだ?とおもった観客がきょろきょろすると、思っても見ない方角から、ほの白く点々とした明かりが灯り。

 すると、突然、舞台後方から聞こえるさんざめき。

 ああ、これは、この花街に訪れた夜を表しているのだと、勘のいいものが幾人か気づいたころ。

 茉莉花まつりかの妖精が姿を現す。

 チマ・チョゴリ(*3)に似た胡服を纏った花の精はその(かしら)に茉莉花の花冠(かかん)を、その両手におおぶりな茉莉花の枝を手にしていた。

 総じて茉莉花の花は深夜に花開く。

 そして、舞台中央に現れた花の精も今目覚めたばかりといわんげに瑞々しかった。

 

茉莉花モーリフォア


 好 一朶(花) 美麗的 茉莉花

 好 一朶(花) 美麗的 茉莉花


 芬(香)芳 美麗 滿枝芽

 又香 又白 人人誇


 讓我來 將儞(汝)摘下

 免被風雨打」


 【訳】

 誰もが好きだという香り高い純白の茉莉花。

 咲いたばかりのその一枝をわたしが摘み取りましょう。

 雨や風に打たれぬように。

  

 

 一体、誰が想像したろう。 

 妖艶さを誇る踊り子が古民謡を歌うなど。

 おそらく、この場にいる誰しもが想像しなかったはずだ。

 それは名付け親である銀月さえ、まったく予想できなかった。けれど、彼女の意図は十分に呑み込めた。

 これはたぶん、睡蓮の挑戦。求婚者たちへの ―――――― 。

 

『わたしは白い茉莉花。

 でも、あなたの色に染まるなんて思わないでちょうだい。

 私はあなたに摘み取られても、けして自分の色を変えたりなんかしないから』

 

 そして、後ひとつ。

 これは睡蓮さえも気づいていないかもしれないが。

 妖艶な踊り子の中に隠されている無垢な自分をこそ欲してもらいたかったのだろう。


 けれど、そんな睡蓮の思惑が鈍い感性の市井の男どもに届くわけもなく。

 それどころか、いつにない彼女の姿に劣情さえ抱く始末だ。

 それは銀月の隣に坐している夢龍にしても同じこと。

 彼は今、睡蓮の白い胡服をはぎとって、己の下で啼かせるという夢想の途中だと思われる。


 銀月は純白の衣装を身につけた睡蓮を目にする前。

 彼女を欲しいと思う男たちは誰からも愛される睡蓮を娶り、自身の甲斐性を誇りたいのだと思っていた。

 けれど、今宵の白雪のごとき睡蓮は男たちの隠されていた狂暴さに火をつけてしまった。

 男の身の内にいる獣。

 それは無垢なもの、神聖なものに対して牙をむく。

 思いっきりズタズタに汚して、辱めてやりたいと。


 銀月も彼らと同じ男だ。

 ここにいる誰もが睡蓮を得た後、何をしたいと思っているのか容易に予想がつく。

 彼女を屋敷の奥に閉じ込める、あの二粒の紫水晶が他を見ることがけしてないように。

 そして、夜ごと女にしたてていく。自分の愛撫のみに反応する、無垢さと妖艶さを併せ持つ女に。

 例えていうなら、自分専用の、寝屋の相手だけをする人形としたい、といったところだろうか。

 それがここにいる、老いも若きも男に共通した望みなのだ。

 世間体という仮面の下、どんなにうまく隠したとしても、その獣はほんの些細なことでこうして姿を現す。


 銀月は舞台に視線を向けることなく、顔を伏せたまま立ち上がった。

 もう、名づけ子「睡蓮」が男たちの欲望にさらされていることが耐えられなかった。

 けれど、隣にいる夢龍は親友が立ち上がったのにすら気付かず、かつて、見たこともないほど、ギラギラした目を舞台上の睡蓮に向けている。


 会場から、求婚者たちの群れから離れた銀月は先ほどと違った意味で、両膝が震えていることを気づく。

 自分は何か、取り返せない間違いをしでかしたのではないかという心地がしきりとする。

 そして、睡蓮と出会って以来。

 いや、彼女が年を追うごとに美しくなっていくその姿を見る度、己にさえ気付かせないよう隠し続けてきたもの。

 それは今、この時に出口を見つけ、間欠泉のごとく吹き出そうとする。

 それでも、銀月は自身の魂が彼女を呼ばってしまうのに逆らいたかった。


 睡蓮を汚したくない。

 その一心で ―――――― 。


 よろけた銀月が思わず隣接した妓楼の柱にすがると、暗闇の中にこちらを見つめる二つの目に気付いた。


蓮姫(リョンフィ)か?」


 黒いチャドル(*4)で全身を覆った女は睡蓮と同じ陽花楼の女。

 表向きは『占術師』などといっているが、その実態は・・・・。

 (くら)き闇に堕ちぬいた銀月だからこそ知る彼女の真実の姿。

 

 銀月は自身を差し招く蓮姫の後を追いながら、運命が音をたてて回り始めたのに気づかないではいられなかった。




 *1 胡国:野蛮な国の意。ここではペルシャをさす。


 *2 姉妹飯節(ズーメイファンジェ):中国ミャオ族に伝わる祭り。本来はバレンタインに似たお祭りらしいです。でも、「誓言」ではテングリに捧げる豊穣の祭りにしてしまいました。ま、豊穣の祭りも、男女の祭りもあんま変わんないということで。


 *3 チマ・チョゴリ:李氏朝鮮時代の女性衣装


 *4 チャドル:イスラム教徒の女性が頭から全身をすっぽり覆う、伝統的な服。黒地の布で作りベール状である。

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