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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅡ(りょう担当)
12/66

第四話

「ああ。夢だったのか・・・・」


 こんなところで、眠るつもりなどなかったのだが、少しうつらうつらしてらしい。

 紅杯に僅か残った酒を呑み干すと、銀月(インユエ)は頭をぶるんと振った。

 冷め切った酒はあまりにも苦く、夢の中の在りし日を思い出させる。

 母を亡くして途方に暮れた日。

 そして、睡蓮と初めて出逢った日を ――――――  。

 

 あれから、銀月は睡蓮を追ってやってきた酒楼の女将に彼女を託した。

 女将は睡蓮を大事に育てると固く約束したから。

 睡蓮はベソをかきながら、何度も銀月を振り返って『すぐ、会いに来てね』と繰り返していたが・・・・。

 銀月は睡蓮に大きく頷いてやってから、その足で大伯父である県正を訪ねた。

 睡蓮を守って生きると決めた以上、銀月にはどうしても後ろ盾が必要だったのだ。

 何故なら、このままあの屋敷にいても辿るのは母と同じ運命。

 よしんば生き延びられたとしても、睡蓮を守って生きていくことなどできようはずもない。

 

 母の伯父だという県正はいきなり訪ねたにもかかわらず、銀月の苦難を知ると、目に涙を浮かべ、『わたしの力の及ぶ限り、きみの後援になろう』と、約してくれた。

 

 それから。

 銀月の周りは急にめまぐるしくなった。

 なにしろ、李家の後継男子の存在を知るものは皆無だったから。

 すぐさま、県正である大伯父の主導により、元服の儀が盛大に執り行われ、李家後継・李銀月の名を大きく世に知らしめた。

 これで例え、大伯父が死のうとも、銀月が再び闇に沈むことはない。

 そう、明華がどんなに地団太を踏んで悔しがろうともだ。

 それに、万が一銀月が不慮の死を遂げようものなら、大伯父は間違いなく、捕縛の手を明華に向けるだろう。何故なら、県正は行政だけでなく、司法も担う役職だから。


 そして、その大伯父のおかげで、今の銀月がある。

 もちろん、李家の事業など継ぐ気はさらさらないが。

 こうして、妓と遊ぶ金を供出してくれるのだから、李家はありがたい金主ではある。


 銀月は大きく身じろぎした後、のっそりと布団をから這い出した。

 相方である香丹(ヒャンダン)は今だ深い眠りの中だ。

 さもありなん。

 銀月は室に戻った彼女をすぐさま押し倒すと、貪るようにあさましく幾度も抱いたから。

 そう、香丹が『もう、堪忍して』と、懇願するまで。

 

 銀月が起き上がって再び(ほう)を纏っていると、つと障子紙に暗い影が映る。


夢龍(ムロン)か?」


 銀月が影に向かって声をかけると、その人物はまるで、影絵のように手を揺らめかせた。


「少し、待ってくれないか」


 言いながら、銀月は髪を結いだす。

 蔡の成年男子はみな等しく長い髪を三つ編みに結う。

 それは戦の際、首を保護するためだといわれているが、 実際、銀月の髪も腰に届くほどだ。


「待たせたな」


 ようやく髪を結い終えた銀月が音もなく障子を開けると、そこには顔をにやつかせた親友・夢龍がいた。


「何がおかしい?」


 銀月が柳眉を逆立て詰問すると、親友は、

「おまえって顔のわりに激しいよな。

 何度、香丹ちゃんをあの世にいかせたんだ?」となおも顔をニタつかせる。


「ふん。女など、ただ精を吐き出すための道具でしかない。

 おまえだとてそう思うから、妓を買っているのだろう?」


 銀月は低く押さえた声で、吐き出すように言った。

 

「いいや、俺は違うよ。

 俺はただ、女の子と過ごす時間が好きなだけ・・・・」


 夢龍は銀月の言葉にぶんぶんと首を振ると、至極あっさりと言った。

 そして、夢龍は「それに・・・・」と、続けた。


「俺、妓を買うのは今日限りにしようと思ってる」


 銀月は親友の言葉に耳を疑ってしまった。

 何故なら、夢龍との縁は五年前、同じ妓を買ったことから始まったからだ。

 妓楼の女将の手違いで、同室に通された銀月と夢龍は妓を待ってる間、酒を酌み交わし、瞬く間に意気投合してしまった。

 もちろん、お互いの生家がともに貿易商で、しかも父に逆らい放蕩しているという共通点まであったことが急速に二人を近づかせたのではあるが。

 出会った晩、二人は妓楼をまんまと抜けだして、睡蓮の勤める酒楼で朝まで過ごした。

 それからはどちらがいうともなく、妓楼通いを共にしていたのだが・・・・。


 だから、銀月はその言葉がとてつもなく女好きな親友から出たとは信じられず、思ったままを口にする。


「どうした? 花柳病にでもかかったか?」


「おまえな。俺をなんだと思ってるわけ?

 ああ、もう。そうじゃなくて。俺、好きな女ができたの!」


「好きな女だぁ!? おまえが・・・・?

 大体、おまえに女の好みがあったのか?」

 

 銀月は間口がだたっぴろい親友の突然の言葉に驚き、回廊に響くほど声を張り上げた。


「しぃいいいいっ! うるさいよ、銀月。

 香丹ちゃんが起きちゃうだろう!」

 

 そういって夢龍は銀月をたしなめると、妓楼の外に引っ張り出す。

 夜明け前、今が一番暗い時刻。

 大通りには人っ子一人いない。

 銀月と夢龍は大門に向かう通りをゆっくりと歩きながら、最前の話を繰り返す


「それでどこの誰なんだ。

 おまえに好かれた不憫な女は・・・・?」


 銀月はもちろん、本心からそう言っているわけではない。

 夢龍は銀月と違い、男らしく精悍な顔つきだし。

 生家が裕福で、誰に対しても分け隔てのない性格の夢龍に好かれれば、たいていの女は狂喜する。

 けれど、内心は親友に一歩先んじられたようで、面白くない。

 なぜなら、銀月には愛だの、恋だのの感情がいまだよくわからないのだ。

 

「おまえ、いやなヤツだって言われない?」


「ははっ。言われるに決まってるだろう。

 うちの女どもなぞ、わたしを蛇蝎のように嫌ってるぞ」


 銀月は何をそんな当然なことを聞くんだといわんばかりに肩をそびやかした。


「ああ、そうだよな。じゃなくて・・・・。

 睡蓮なの、俺の好きな女は!」


「はぁ、睡蓮・・・・?

 おまえ、少女趣味だったか・・・・?

 だいたい、睡蓮はまだ子供だろうが」

 

「バ~カ!

 そんなことを思ってるのはおまえだけなの。

 睡蓮ちゃん、璃安じゅうの男どもから大人気なんだぞ!

 だから。早く行動を起こさないと、鳶に油揚なの。わかった?」


 夢龍はふと歩みを止め、銀月のほうを向くと、ほとほと呆れたといったように両手を挙げた。


「ふ~ん」


 銀月はとりあえず、肯定の返事を返しておいたが。

 本当は夢龍の言葉の意味をよくわかってはいなかった。

 銀月の中で名づけ子「睡蓮」は初めて会ったときのまま、ベソばかりかく子供だったから。 

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